ー渉ー ⑱
「で、ともみとの初デートはどうだった?」
文太は早く話せと言わんばかりに身を乗り出している。
付き合う事になった経緯はラインで報告してあったが、
初デートについては何も話していない。
ともみと桜を見に行ったのはいいが、
あの笑顔を見る事ができなかったからだ。
「それに……」に続く言葉を聞いたのが悪かったのか、
そもそも「よろしくお願いします」
と言った事を後悔しているかも分からなかった。
もちろんその理由を聞く勇気もない。
ともみは僕の事を好きかどうかも半信半疑だった。
ため息交じりに初デートの事を二人に
話していたら時間になってしまったので、
学校に向かいながら話していた。
「ともみが何考えていても関係ないだろ。
そんな事直接本人から聞けよ。
それにともみの事だから小さな事を気にしているだけだと思うぜ。
俺達の想像の上を歩いているからな」
確かに洸平の言う通りだと思うがそんな勇気はない。
ただ何となくだが、洸平が不機嫌に感じた。
「そんな事聞けるはずないだろ。もし最悪な結果だったら……」
「じゃあ桜達に相談しろよ。何か聞いているかもしれないぜ」
やはり洸平も僕と同じ答えのようだ。
桜達に聞くしかないと思いながらも、
「今日の放課後までに考えておく」と言って僕達は教室に入った。
ホームルームが始まったのはいいが、
駅のホームで見かけたともみ達の姿がない。
何かあったに違いないと思ったが、
ホームルームが始まった今どうすることもできない。
ラインをしようとポケットから携帯を取り出したが、
何と打とうかと思っている内に一時限目が始まってしまった。
先生の声が念仏のように聞こえ時間だけが過ぎて行く。
すると扉が開きともみ達が入って来た。
「すみません。電車に乗り遅れました」
申し訳ない口調で桜が言い放ち、
それぞれの席に着こうとしていたが、
ともみの左頬が赤く腫れていた。
先生の「四人共電車に乗り遅れるなんておかしいだろ」
という突っ込みも無視して、何事もなかったかのように席に着く。
僕の席からはともみは見えないので、表情は伺えない。
仕方なく眺めていた携帯でラインをした。
『左頬どうしたの?』
『何でもないよ。ちょっと転んじゃって』
転んで顔を打ち付けるなんてともみらしいとは思ったが、
そんなはずはない。何かあったのだろう。
しかし、はぐらかす時は絶対に何も言わない。
気になって仕方なかったが、
何と言って聞けばいいか分からないまま、
あっという間にお昼休みとなってしまった。
「桜達どうして遅れてきたんだろ?
それにともみの頬赤く腫れていたよね?」
文太はお弁当のおかずを口に運びながら言った。
いつもの事だが僕達三人が先に来てお弁当を食べていた。
もしかしたらともみ達は来ないかもという思いと、
もし来たらともみに何を聞いていいのか分からず食が進まない。
遥遠くのカメみたいな雲が崩れていくようすをぼんやりと眺めていた。
「ごめん。遅くなった」
ようやくともみ達が四人揃ってやって来た。
嬉しさと、気まずさが一気に増す。
残したお弁当の事で何か言われるのも嫌なので
バックに弁当箱をしまった。
ともみ達は何事もなかったように座り
黙々とお弁当を食べ始めた。
ともみの赤く腫れていた頬も今は元に戻り、
いつものように小さいお弁当を食べていた。
ともみ達が遅れて来たのも何か原因があるのだろう。
誰も何も言わないこの時間が余計に緊張を増していく。
ゴールデンウィ―ク前はこの時間が何よりも楽しみだったのに、
付き合い始めてからこんな思いをするのなら
告白などしなければよかったとも思い始めていた。
全員が食べ終わると、「ともみ」
と僕達七人が揃って初めて、桜が口を開いた。
ともみは小さく頷き立ち上がる。
僕達三人は何が始まるのかと、顔を見合わせてしまったが、
そんな事気にせず僕の前に立ち、「渉君」と微笑んだ。
思わず「はい」と言って立ち上がってしまった。
久しぶりに見るあの笑顔ではっきりと
優しい口調で呼ばれたせいだろう。
鼓動が急激に上がっていく。
ともみの表情は先程と打って変わって真剣な表情に変わっていた。
何を言われるのだろうか、
最悪な展開を予想してしまい頭を大きく振る。
しかし、ともみが何も言わないこの時間のせいか
最悪な展開を拭いきれないでいた。
「渉君、私と付き合って下さい。よろしくお願いします」
ともみはそう言うと深々と頭を下げた。
目の前が真っ白になる。
最悪な展開を予想とはまるで正反対の事を言われたので、
洸平か文太に太ももの辺りを小突かれるまで
意識がどこかに飛んでいたかのようにも思えた。
僕の答えは決まっていたが落ち着く方が先だ。
ゆっくりと深呼吸をし、ともみを見つめる。
俯いていたので表情までは伺えなかったが、
スカートの裾を握り締めている両手は小刻みに震えていた。
「ともみ」
僕はなるべく優しい口調で語り掛けると、
ともみはゆっくりと顔を上げ、
今にも泣き出しそうな瞳でこちらを見つめてくる。
改めて深呼吸をし、
「こちらこそよろしくお願いします」
ともみは泣き出しそうになっていた顔をさらに崩し、
裾を握り締めていた両手を顔まで持っていき泣き出した。
僕は抱き締めたいという衝動に駆られたが、
みんなの前では流石に恥ずかしのでどうしようかと思っていると、
思いっ切り後ろから押され
自然にともみを抱き締める形となってしまう。
こうなったら仕方ない。
あの日桜の下で告白した時のように想いが伝わるように
僕はともみを強く抱き締めた。
あの時は勢いで告白して付き合い始めたが、
今はともみからも正直な気持ちが聞けてお互いが好きだと分かり、
心から嬉しさを伝えたかった。
みんながいるから少し恥ずかしかったが、
いなければともみと一緒に泣いていたかもしれない。
「渉、今度ともみを泣かしたら、
ともみに何て言われようと、ぶっ飛ばすからね」
「そうだぞ渉、ともみを泣かしたりしたら俺達も絶交だからな」
桜と洸平の声が遥遠くから聞こえた気がした。
僕は「あぁ」と小さく答えた。
そしてともみの笑顔を死ぬまで守り抜くと心に誓った。
何分経っただろうか。ともみが泣き止み、僕から離れていった。
「あの時みたいに濡らしちゃったね」
「そうだね。でも正真正銘、付き合い始めた日の思い出だね」
「うん、そうだね。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
洸平や桜に何か言われるかと思っていたが、何も言わない。
僕はどうしていいか分からず、その場で立ち尽くしていると、
「俺達からも報告があります」と、
声のした方に視線を向けると、洸平と麻里が並んで立っていた。
何が起きたのか理解できず、
僕は二人を見つめた。
洸平は意味深に一つ咳払いをした。




