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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
23/71

ー渉ー ⑯

「ともみ、お金いくら持っている?」

ともみは視線を桜から僕に変えた。


「えーと千円くらいかな」


「ごめん。その千円貸して」

僕は五百円、二人で千五百円。足りるはずだ。


「いいけど、どうするの?」


「タクシー代。ともみを実家に帰る前に明るく幸せな

気持ちにさせてあげる。

ごめん、順番が逆になっちゃったけど、この後空いている?」


「うん、大丈夫だよ」


「じゃあ、決まりだね」


僕達は大学西門の停留所で降り、

大学病院のタクシー乗り場に移動した。


「すみません、ここまでお願いします」

地図を運転手に見せ出発した。


「僕達千五百円しか持っていないんですけど行けますか?」


「千五百円もあれば大丈夫だよ。

それよりも高校生二人で何しに行くの?」


「それは内緒です」


僕達が向かう先はここから四キロ程の場所なので

歩いても行けるだろう。

しかし、ともみを驚かしたかったのでタクシーを選択した。


「ともみ、目を閉じていて」


「いいけど、何で?」


「いいから、信じて」


ともみは僕を見つめていたが、

僕が頷くとそのまま目を閉じて下を向いた。

大学病院を出て北に二キロ程行き、左に曲がり鳥居をくぐる。

後は山の頂上に向かって登っていくだけだ。


山の頂上付近まで来ると、思っていた通り桜が咲いていた。

今年の桜は遅咲きだったのでもしやと思い賭けてみて正解だ。

小学校の遠足で来た時に咲いていたのを

思い出して良かったと思う。


「まださく……」


「あー」と僕は叫んだ。

運転手のせいですべてが台無しになるところだった。

人差し指を口に持っていき、

ルームミラー越しに運転手に合図する。

運転手も僕がここに来た理由が分かったらしく、

それ以降は喋らなかった。


僕達はタクシーから降りるとお礼を言い、

ともみに下を見ながら展望台まで歩いてもらおうと思ったが、

花びらが舞っていたので仕方なく

公園のベンチに座ってもらった。


公園と言っても遊具はなく、

展望台とトイレと水道にテントサイトがあるぐらいだ。


「目を開けてもいいよ」


ともみはゆっくりと目を開けて、

周りを見渡すと笑顔が広がっていく。


「わー、桜だ」


ともみはベンチから立ち上がり桜の木の下まで走り、

思いっ切り深呼吸をして花びらと共に舞っていた。


僕はベンチの横からそんなともみを眺めていた。

来て良かったと心から思う。

あんな笑顔を見られるだけで幸せだ。


「渉君、ありがとう」


ともみはこちらを向いて叫んだ。

平日の夕方だけあって公園には誰もいない。


「気に入った?」


「うん、ちょっと前にタイムスリップしたみたい。

展望台に登ろう」


僕はゆっくりともみに近付き、一緒に展望台に向かい、

デートに誘おうと決心し、ともみの方を見ると、

桜の花びら達に笑顔を振りまいているので

心臓が跳ね上がってしまう。洸平の言葉が甦る。

やはり今言わなければならない。


僕は大きな深呼吸をして呼吸を整える。


「ともみ……」


ともみは僕の表情が硬かったのか、

真剣な顔で僕の方を見てくる。


「ともみ、付き合って下さい……」


あれ? 今何て言った? 

デートに誘うつもりが告白してしまった。

訂正しようと思ったが、

ともみの真っ赤な顔を見ると何も言葉が出てこない。

僕達の視線が交わり、その間に花びらがゆっくりと舞う。


僕達は無言で見つめ合っていた。

何枚の花びらが舞ったのだろう。

ともみの返答を待っていたが何も言わないので、

「付き合って下さい」の次に繋がる言葉を探しても

なかなか見つからない。

早くしないと遥向こうのアルプスに夕陽が沈んでしまう。


「突然ごめんね。びっくりしたでしょ。

気にしないで展望台に登ろう」


ようやく言葉が出た。しかし、ともみは何も言わない。

先程真っ赤だった顔の色も桜色に近い色になっているので、

少しは落ち着いたようだ。


「ともみ?」


もう一度声を掛けてみると、肩がビクっとなり、

俯いたと同時に口元が動き、口が閉じると、こちらを見つめてきた。


「渉君、私も大好きだよ。でもやっぱりダメだよ。

だって私だよ。ドジだし、かわいくないし、それに……」


「そんなのは関係ない」


話し終わる前に口を挟んでしまった。

そんな悲観的なところも、天然なところも、

方向音痴なところも全てひっくるめて好きだ。


僕はともみに歩み寄り気持ちが伝わるように抱き締めた。

僕自身も抱き締める気はなかったが、もう本能が止まらない。


「ともみが好きです。付き合って下さい」


さらに強く抱き締めると、鼻をすする音が聞こえてきた。

どうやら泣いているようだ。なぜ泣くかは分からなかったが、

嬉し涙だと信じる事にする。


「渉君、痛い」


その声でサッと手を緩め一歩後ずさる。

どうやら気付かないうちに余程強く抱き締めていたらしい。

まさか痛くて泣いていたのかと心配したが、

ともみの表情から何か違う温かさのようなものを感じた。


ともみはブレザーの袖で顔を拭き、

背筋を伸ばして僕を見つめ、「よろしくお願いします」

深々とお辞儀をして微笑んだ。


僕は反射的にまた抱き締めた。

声にならないこの喜びをともみに伝わるように優しく包み込み、

しばらくの間抱き締める。ともみはまた泣いていた。


「ごめんね。渉君の制服濡れちゃったね」


「そうだね、でもこれが付き合い始めた日の思い出だよ」


ようやく落ち着いたのか、ともみは僕から手を解き、

涙を拭いていた。僕の左肩の辺りは涙で色が変わっていたが、

涙で腫れたともみの顔の方が心配だ。

これからはハンカチをポケットに入れておく癖をつけよう。


アルプスの方を見ると太陽がもうすぐ沈みそうだ。

展望台からの景色をともみとじっくり見て今日という日を

目で焼き付けたいと思い、「展望台登ろう」と誘った。


「うん、でも疲れちゃった。明日でもいい?」


「明日実家に帰るんじゃないの?」


「そのつもりだったけど、

明日の夜にこっちを出るようにお母さんに頼んでみる。

明日今年最後の桜を見たいし、

渉君明日空いているでしょ。一緒に来よう」


「分かった。明日また来よう」


ともみから誘われるのは初めてだ。それだけで嬉しくなってくる。

デートに誘うつもりが、告白になってしまったが、

そんな事どうでもよかった。

ここからともみの家までの帰り道、明日のデート、

これから先はずっと一緒にいられるのだから。

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