ー渉ー ⑮
一定のリズムで傘に当たる雨の音が
こんなにワクワクさせられる日が来るとは思ってもいなかった。
明日からはゴールデンウィ―クだが、
それよりもはるかに楽しみだ。ともみとバスに乗れる。
あの日からバスで行こうとも考えたが、
桜に冷やかされるのは嫌だったため仕方なく自転車で通っていた。
しばらく待っているとバスが着て乗り込んだ。
特等席の隣に座り窓側の席を空ける。
後はともみが乗るまでこの席に誰も座らない事を祈るだけだ。
ともみが乗る停留所の大学西門の前まで来た。
祈りが通じたのか誰も座らず空いている。
立ち客には申し訳なく思うが、今日だけは許してほしい。
ともみがバスに乗ると特等席に座り誘導し、
「おはよう」と言って僕の隣に座った。
「始業式以来だね。一緒にバスに乗るの」
「そうだね」
素っ気なくなく返したつもりだが
声が上ずってないかと心配してしまう。
あの時とは状況が全く違う。
ともみは敬語で話し、僕もよそよそしかった。
しかし、今はともみに恋をしている。
この貴重な時間をただただ過ぎていくのがもったいない。
「ゴールデンウィ―クの予定は?」
「あまり帰りたくないけど実家に帰るかも。
それに行かなきゃいけない場所もあるんだよね。
どうしようかな?渉君は?」
「僕は特になし。ただの連休かな。
それよりも行かなきゃいけない場所ってどこ?」
「病院。私ね、退院してからも子供達に会いに行っていたんだ。
勉強を教えたりしにね。
あの子達『学校に行きたい』って言うわりにすぐ勉強さぼるんだよ。
信じられないよ」
そう言い終わるとほっぺが膨らむ。
やはりともみは優しい、好きになって良かったと思う。
時間があっという間に過ぎて行く、
いろいろな事を話したかったのに駅に着いてしまった。
「渉君、また学校で」
ともみはそう言うと、
階段下にいる洸平と文太に挨拶をして階段を上って行った。
「どうだった幸せなお時間は?」文太がにやけながら言ってきた。
「別に」と答えたが、まだ心拍数が上がっている。
東屋に行きバスでの出来事を話した。
「ともみっていい奴だな。普通子供達に会いになんか行かないぜ」
「あぁー」いつ退院したかは知らないが、
病気は中学校の時と言っていた。
高校に二年間は通っているはずなので、
少なく見積もっても二年以上子供達に会いに行っている計算になる。
「渉、ともみをデートに誘えよ」
僕は思わず「えっ」と声を出してしまった。
まさか洸平に真面目な顔で言われるとは思ってもいない。
「いや真面目に考えとけよ。
渉が躊躇している間に誰かに先越されるぞ。
ともみは純粋だから。告白されたら『はい』って言うかもしれないぜ」
確かに洸平の言う通りだと思った。ともみは誰よりも純粋な子だ。
それに目立つタイプではないが学力はずば抜けていて、
誰にでも見せるあの笑顔、
誰かがともみを好きになっていてもおかしくない。
休み時間にともみに勉強の分からないところを
質問している人が増えているのも確かだ。
「ともみが渉以外の奴と付き合う姿見たくないから頑張れよ」
洸平はそう言うと学校に向かって歩き出す。
そんな洸平の背中を見ながら「ありがとう」と
感謝の言葉を心の中で言った。
「俺も洸平の意見に賛成。頑張れよ、渉」
文太が僕の肩を叩き、追い越して行く。
そんな二人を見ながら、今日の帰りデートに誘おうと決めた。
学校も終わり、明子と合流して四人でマクドナルドに行き、
いつも通り窓際の席に座った。
明日から休みのせいか学生らしき人が多い。
「洸平、彩佳は?」
「もうダメかもしれない。
三年になってからともみに付き合ってあちこち行った事が原因らしい」
「それって川見さんの転校祝いみたいなものでしょ、
別にいいと思うけどなぁー」
「彩佳は嫉妬深いからな。
男同士ならともかく、三対四だったのもダメらしい」
「洸平、気にするなよ。
それぐらいで嫉妬する女より、もっといい女いるだろ」
「桜さんとかは?かわいいし、
口がちょっと悪いかもしれないけど、
すごく優しくていい人だと思うけどなぁー」
「桜はダメ。尻に敷かれたっていいと思うけど、
桜は重すぎ、骨が粉砕する」
「誰の尻が重すぎるって」
振り返ると桜が洸平の後ろから睨んでいた。明子も性格が悪い。
桜が後ろに来たタイミングであんな事言うなんて。
しかし、明子を様子を伺うと俯いたので、
もしかしたら洸平が桜に好意を寄せていると
思っていたのかもしれない。
「事実だろ。それとも尻に敷かれたいのか?」
「そんなわけないでしょ。
男なんて尻に敷いてなんぼのもんでしょ。
渉、ともみをよろしくね」
桜はそう言い切ると僕の後ろの席に腰を下ろした。
今の言葉が本心か照れ隠しか分からなかったが、
桜の将来の旦那さんは相当苦労するだろう。
「分かった」と言った瞬間、洸平に突かれ、
文太には足を蹴られた。デートの約束の件だろう。
二人はニヤついていた。
後ろにともみ達がいたのでたわいもない会話しかできなかったが、
一緒のバスで帰れるのは好都合だ。
しっかりと約束をしようと心に決めた。
バスの時間になり、僕とともみが席を立ち、
「また、ゴールデンウィ―ク明け」
と言ってともみとバス乗り場に向かった。
バスに乗り込むと、ともみが窓側の席で、僕が通路側に座った。
先程決心したはずなのにともみが横に座るだけで揺らいでしまう。
「デートに行こう」の一言なのにどうしても後一歩が踏み出せない。
こんなの初めてだ。今まで何人かの女性と付き合ったこともある。
もちろん告白もした。
しかし、ともみの前ではなぜか臆してしまう自分がいる。
バスが出発し、僕達は無言のまま景色だけが過ぎ去っていった。
朝降っていた雨もどこかへ行き、今は晴れ渡っている。
そんな景色が後押しするかのように、
「ゴールデンウィ―クは実家に帰るの?」
ようやく声が出た。後はデートに誘うだけだ。
「お母さんに聞いてみないと分からなけど、
やっぱり実家に帰ろうと思うの。お父さんには会いたくないけど、
こういう時しか子供達に会えないから」
「そうだね。その方がいいと思うよ」本心と真逆の事を言ってしまう。
また無言の時間が過ぎて行く。
しかし、実家に帰ると断言したともみを引き留める勇気はない。
気付くと大学西門の停留所の二つ前まで来ていた。
「桜が散って一週間経っちゃったね。
もう少しでいいから見ていたかったな」
前方には夢を語った桜がある。
ともみはその桜の方を眺めながら言った。
そんなともみを見ていると脳がフル回転を始めた。




