ー渉ー ⑭
―渉―
僕達はともみに出会ってから毎日のように
あやめ公園の東屋に寄るようになっていた。
そして今日は湧き水の決選投票日。
桜も満開となり毎朝この公園に寄る生徒はごく僅かだが、
この時期は何組かのカップルが公園で時間を潰し学校へ向かっていた。
「まさか渉がともみを好きになるなんて予想外だった。
てっきり桜だと思っていたのに」
文太は今週ずっと同じ事を言っている。
「まあな、でも渉の気持ちは分かるぜ。
あの笑顔を毎日見られるなら俺だって付き合いたい気持ちになる」
洸平も今週ずっと同じ事を言っていた。
月曜日にともみが好きだと二人に報告した。
二人とも驚いていたが、「ともみならいいんじゃない」と、
上から目線で言われたのは少々腹が立ったが、
二人に認めてもらえた事は何よりも嬉しかった。
それと今週毎日のようにここで話している事がもう一つある。
「結局麻里と恵理子は誰の事が好きなんだ?」
麻里と恵理子もこの四日間いつもと変わらない。
むしろ僕達が意識しすぎて笑われる場面もあった。
僕の予想だと麻里と恵理子は公平と文太だと思っている。
カラオケでのやり取りがそう言っている気がした。
しかし僕にとってはどうでもいい事だ。
五日前に恋に落ちた人間にはともみ以外見えていない。
気付くと、ともみとの出来事が走馬灯のように頭の中を巡っていた。
「まあ考えても仕方なくね。そのうち分かるでしょ」
文太はそう言うと腰を上げ僕達は学校に向かった。
授業中ともみを眺めたいが、席が離れているので見えない。
しかも選択授業でクラスも離れ離れになってしまう。
この昼休みはともみを見られる貴重な時間だ。
僕達は昼休みになると南の門を抜け、右に曲がり、
川の縁に腰を下ろして弁当を食べ始めると、ともみ達が来た。
僕はともみを見ていたが洸平に突かれお弁当を食べる事に集中した。
全員が食べ終わると、「じゃあ決めようか」と、
桜の合図で各々担当になっていたペットボトルを並べていく。
昨日と一昨日は試飲の途中で空になり直接飲み比べに行ったので、
今日は各二本ずつ用意していた。二十二本のペットボトルが並べられた。
「ともみ始めようか」
「うん、始めよう」
僕達は各々選んだ十一種類を飲み比べていく。
水巡りももう九日目になっていた。そして今日が最終日だ。
みんなそれが分かっているかのように、静かに試飲していく。
僕は試飲しながらともみとの出来事を振り返っていた。
帰りのバスの中で見たあの笑顔、鳩の餌の時いきなり泣き出した事、
怒った時ほっぺを膨らます姿、
桜を見上げながら医者になりたいと語った横顔、すべて大切な思い出だ。
最後の一杯を飲み干し一つに決める。
周りを見渡すと僕が最後だったのか、
みんなの視線が集まっていたので黙って頷いた。
「じゃあ、せーので指をさそう。いいね」
桜が僕達の顔を見ながら確認する。
たかが水選びと思われるかもしれないが、
僕達の間には緊張が走っている。
「せーの」
僕達は各々違うペットボトルを指した。
好みは人それぞれだと思うが、
こうも被らないと自分自身の味覚を疑ってしまう。
「みんな違うものを選んだね」
「全部微妙に違うだけだからな。
きき水をやって同じ水を当てられる自信もないし」
「洸平、そんな元も子もない事言わないの。ねぇーともみ」
「そうだよ洸平君。せっかく一番を決めたんだから、湧水に失礼だよ」
「はいはい、すみませんでした」
洸平は桜に反抗しても、ともみには反抗しない。
僕達は最後にもう一度飲み比べる。
先程洸平が「きき水をやって同じ水を……」と言っていたが
まさにその通りだ。
この十一種類できき水をしたとしても当てられる自信はなかった。
もちろんともみに怒られるので言わない。
「ともみ終わったね。他にやりたい事ある?花見でも行く?」
「えーと、毎朝お花見しているから、
それにこの学校にも桜があるから満足だよ」
「毎朝花見ってどこでしているの?」
「家の近くの中学校の裏門。毎日景色が変わって楽しいよ」
桜と目が合った。きっとあの場所だ。
しかしバスが来るまでの間に見ているとしたら、
中学生達の通学時間だ。
中学生達はともみをどう思いながら横を通り過ぎるのか
不安にもなってくる。
「ともみってすごいな。
桜を見ているだけで楽しいなんて、俺には分からない」
「洸平君そんな事ないよ。桜って毎日違うんだよ。
花びらが咲いたり散ったり、
天気や風の吹き方によっても変わるんだよ。
それに桜の香は明るく幸せな気持ちにさせてくれる効果もあるんだから」
「へーそうなんだ。じゃあともみは今幸せなの?」
「うん、幸せだよ。みんなに会えたから」
「ともみ、かわいい」
桜はともみに抱きつき、頬をすり合わせる姿を見ながら、
できる事なら桜と代わりたいと思ったが、それは叶わない。
それに「幸せ」とはっきりと言えるともみが羨ましいと思った。
僕にもそんな勇気がほしかったからだ。
そんな事を思っていると呼び鈴が鳴り、僕達は校舎に向かった。
「ねぇー、来週からもみんなでお弁当食べない?」
麻里がいい提案をした。
「俺達は構わないよな?」
洸平が僕と文太を見てきた。
もちろん大賛成なので頷く。文太も僕に続いた。
「じゃあ決まりだね。桜もいいよね?」
「えっと、別に構わないけど」
「『別に』ならやめとこうぜ」
文太はそう言うと桜に耳打ちした。
「てめー、ふざけんなよ」
桜が文太に蹴りを入れるのかと思ったが、
ほっぺを膨らましたともみの姿が目に入ったのか
体がビクッとしただけだ。
「こんなバカ共ほっといて行こう」
桜はともみ達を引き連れ先へ行ってしまった。
「桜変わったな。今までなら文太の尻に足がめり込んでいた」
「ああ本当に俺達の願いの花言葉のように、
卒業までにおしとやかになるかも」
洸平と文太も僕と同じ気持ちだろう。
ともみと出会ってからどんどん変わっていく。
僕はそんな事を思いながらも、
ともみと二人で花見をして明るく幸せな気分になりたかった。
4月21日
今日は湧水の一番を決めたよ。
私は9番で渉君は2番。みんな違ったね。
これからは2、9番の湧水いっぱい飲まなくちゃね。
でも最後飲み比べしたらほとんど分からなかったんだ。
私って味音痴なのかな?洸平君に謝らなきゃいけないね。
桜に「お花見行く?」って聞かれた時、「満足」って言ったけど、
やっぱり渉君と行きたいな。
中学校の裏門のところで毎朝お花見して幸せな気持ちになれるのは、
あの時渉君がいてくれたおかげだよ。
ありがとう。
後ね、来週からも渉君達と一緒にお弁当食べる事になったんだよ。
麻里の一言のおかげだね。
ありがとう。
明日も幸せな一日でありますように。




