ーちはるー ⑥
帰りは来た道とは違う道で帰った。
ホテルのふもとまで来ると、
バンガローでできたお店の前に止まる。
屋根から氷柱のようにイルミネーションされているのが特徴だ。
看板にはアイスクリームの絵が描いてあるので
アイスクリーム屋さんなのだろう。
早速並ぶと父が好きなものを買うといいとお金を渡してきた。
『ニッチ』で教わったことの実践だ。
父と母はカップのアイスクリームを頼んだ。
私もそれでいいと思っていたが、
同じものを買ったと馬鹿にされる気がして、
ワッフルコーンのバニラ味を頼んだ。
店員は何やら話してきたが、
何を言っているか分からなかったので、一応笑っておく。
アイスを受け取り、父と母の所に向かうと、
母は既に食べていて私が席に着くと同時に口を開いた。
「よく一人で買えたね」アイスを食べながら笑顔で言った。
私は父を睨みつけた。
木陰で休んでいた母が水を買えなかった事を知っているはずない。
せっかくおいしそうなアイスなのに台無しだ。
食べてから応戦しようと思い急いで食べた。
「お母さんこそまだ何も買っていないようだけど英語話せるの?」
「ちはるよりは話せると思うよ。海外初めてじゃないし」
母は待っていましたと言わんばかりに早口で言ってくる。
「ここの国英語だけどちょっと違うよ」
「知っているよ、来たことあるもん。しかも一人で」
「えっ、うそー」
私は思わず大声を上げてしまった。昔話しをする母は珍しい。
いつもそういう話しになるとはぐらかされていた。
余程上機嫌なのかもしれない。
いろいろ聞けるチャンスと思ったが、
父の姿が視界に入ってしまった。
アイスが口の中に入る寸前のところで止まり、
目は完全に見張って、おでこにはしわが寄せられていた。
私はそんな父を見て指をさして笑ってしまった。
母も同様に笑っている。
父は何事もなかったかのように食べ始めたが、顔色が変わっていた。
「帰ろうか」父の言葉に私も母も笑いながら頷きホテルに帰った。
ホテルに戻り、シャワーを浴びてベッドに横になりながら
先程のやり取りを考えていた。私が小学生の時に母の友人のおばさんが、
「付き合ったのは二十歳からだよ」まで聞いたことがある。
そのあと母がすっ飛んで来て、おばさんをどやしつけ、
最終的になぜか私と二人で母に土下座していた。
母は過去を知られるのをよく思っていない。
友人に土下座させるくらいに。
確かにあの時「一人で来た」と母は言った。
今回の旅行と関係があるのだろうか?
そして父の反応、明らかに変だった。
しかし、どう考えても答えに辿り着きそうにもないので、
先程の続きを聞いてみようと思い頭を上げる。
「ちはる、カハルペッチで
大学試験前に来るようなところではないって言っていたよね」
母が言った。見透かされている感じがして嫌だったが、
今度は逃がさない。
「確かに言ったけど」
警戒しながら言った。この後何を言われるか分からない。
父は書斎机でパソコンを開き何かをしている。
「じゃ、勉強でもしようか。
お父さんとお母さん、ちょっと飲んでくるから」
胸の前で手を叩きながら言い放ち、父を玄関の外に連れ出した。
二人が玄関の外に出ると母はこちらに向き直り、
「受験生はちゃんと勉強しなくちゃね。
部屋の鍵も必要なさそうだから持ってくね。お留守番よろしく」と
言って出て行ってしまった。
「バッカじゃないの、クソババァ」
枕を扉に投げつけた。
「あー、やられた」とベッドに大の字になる。
確かに今思えばあの場面であの質問は変だ。
普通なら「なんで隠れたの」とかだ。
ちょっと隠れただけなのにこの仕打ち。
本当に嫌らしいババァだと心の底から思う。
明日も明後日も明明後日も同じ質問をしようとすると、
同じようにはぐらかされるかもしれないのだ。
「はぁー」と思いため息が漏れる。
しかし、一人きりになれたのは好都合なので、
明日以降行く場所でも調べようと思い、
工程表を取り出し父のパソコンで探った。
明日行くマヤ村はベリーズ国内だけでもたくさんあるらしく、
どこに行くか分からないので諦めたが、
明後日行く『キーカーカー』を検索すると、何件もヒットした。
何やらカリブ海の楽園と呼ばれている
サンゴ礁の上にできた小島らしい。
ツアーやお土産屋さんも充実しているらしく、楽しめそうな場所だ。
明明後日のブルーホールはベリーズ唯一の世界遺産らしく、
ダイビングやシュノーケルもできるらしいが、
私と母はカナヅチなので遊覧飛行で見に行くのだろうと思った。
マヤ村については分からなかったが、
キーカーカー、ブルーホールについてはなんとなく分かった。
しかし肝心の何しに来たかまでは分からなかったが、
ベリーズについて一通り調べることができた。
勉強する気もないし、特に何もする事がないので寝ようと思い、
床に転がっている枕を元の位置に戻し、
横になり目を閉じたがなかなか寝付けず、
もじもじしていると玄関の方から物音が聞こえた。
どうやら帰ってきたようだ。このまま寝たふりをしよう。
そうすれば何か今回の旅行について聞けるかもしれないと思い、
そのまま寝たふりをした。
私の近くに寄ってくる気配がし思わず寝返りを打ってしまう。
「ちはる」母の声だ。そう思ったと同時に私の頭を撫でた。
「ちはる、来てくれてありがとう。そしてごめんね。こんな大事な時期に」
「寝ているのか?」今度は父の声だ。
「うん、ぐっすり寝ている」
本当に父と母かと疑ってしまうくらい優しい口調だ。
「初めての海外だからな。仕方ないよ」
父の近付いてくる気配と同時に、母の手が放れた。
すると今度はさっきと違う感触の物が私を撫でる。
いつもなら「バカ、触るな」と言っているが、体が動かない。
体の芯が熱い。
私の心臓の音が父に聞こえるんじゃないかと心配になるくらいに。
「ちはる、ありがとう。明後日キーカーカーで終わるから」
『明後日、キーカーカー、終わる』
という三つの単語が頭の中を駆け巡る。
頭の中がショートしてしまいそうだ。
そんな事を考えながらも会話は続く。
「シャワー先浴びる?」
「ちはるが起きると悪いから明日にする」
「そうだね、今日一日お疲れ様。ありがとう」
「あなたこそ、ありがとう」
そこで会話が終わり、
ベッドとハンモックのきしむ音がそれぞれ聞こえた。
二人とも本当に寝るらしい。
虫たちの声がよく聞こえるくらい静まり返っているのに、
『明後日キーカーカーで終わる』という言葉が頭から離れず、
なかなか寝付けなかった。




