ーちはるー ⑤
今日泊まるホテルは、『ペッチ』と道を挟んで反対側にあり、
荷物を車から降ろしチェックインを済ませると
なぜか外の方に向かった。
てっきりこの建物に泊まると思っていたので少し驚いたが、
プールを横目に外に出てさらに驚愕してしまった。
私達が泊まるであろうそのバンガローらしき建物が
木とわらでできていたのだ。
実際はわらではなくヤシの木の葉だが、見た目の問題だ。
「ここに泊まるの?」
恐る恐る聞くと、「そうだよ」と即答されて面を食らってしまう。
まるで『三匹のこぶた』かよと、叫びたくなるような気分だ。
父が今日泊まるであろうバンガローの
前まで行き鍵を回して扉を開けた。
私は後ろから恐る恐る中を見ると、
外からの景色と打って変わって、清潔感のある室内が窺えた。
私は父を押しのけて中に入った。
ベージュのタイルの床にクリーム色の壁、絵画も掛かっている。
シングルとダブルのベッド、天井はわらでできていたが、
そこには大きな扇風機がぶら下がり、扉の向こうは、
おしゃれな椅子二脚とハンモック、
一面ガラス張りで先程見た景色を一望できるようになっていた。
あまりのギャップに驚いていたが、冷静になってきたところで一つ、
いや正確には二つ問題点があることに気付く。
「三人でここ泊まるの?」
「そうだよ」父が素っ気なく答えた。
「何か問題ある?」
母は付け足すかのように言ってきた。
母は私の質問の意図を察したらしく微笑んでこちらを見ている。
口元はピクッとしていたが。
百歩譲って三人同じ部屋は仕方ないから許そうと思った。
後は誰がどこに寝るかが問題だ。
ベッドは二つ、ダブルベットで二人寝なければならない。
私と父はありえないので、選択肢は二つ。
私と父どちらがシングルベットで寝るかだが、
先に行動した方が勝ちだと思い、
「私ここ」と自分の荷物をシングルベットに投げダイブする。
よっしゃーと小さくガッツポーズをした。
「お父さんはハンモックでいいや」
私はびっくりして父を見る。何事もなかったように、
荷物をはじに寄せ隣の部屋に向かって行った。
「じゃあ、お母さんはここ」
母はダブルベットの上に倒れ、大の字で寝ている。
「ちっ」その選択肢は考えていなかった。
隣の部屋は外から丸見え。誰がどこから見ているか分からない。
母の方に目を移すと私にピースサインをしていたので、
舌を出し応戦しておく。
しかし、父と同じ部屋で寝なくていいと分かると、
安心してしまったのか、疲れか、
時差ぼけか分からなかったが急激な睡魔に襲われた。
「ちはる、夕ご飯食べに行くよ」
母が私を揺すってきた。どうやら眠ってしまったらしい。
私は大きく背伸びをし、腰を起こす。
父と母は準備ができているようだ。
身支度をしようとベッドから下り立ち上がったが、
よく考えてみると特に用意する必要がなく、
「行けるよ」と自らドアを開けた。
外の景色はいつの間にか夕方になっていて少し薄暗い。
西の方を見ると太陽が沈もうとしているところだった。
「ここから見える一番端のレストランに行くけど、
歩いて行ってもいい?」
父が信じられない言葉を発した。
「えー」私と母は見事にはもった。こうなれば父に勝ち目はない。
「じゃ、行きは歩きで帰りはタクシー?」
どんなに歩きたいんだよ。心の中で悪態をつく。
母の顔を見ると迷っているようだ。
どこへ行こうが私は歩きたくないと決めていたので、
「もう暗くなってきたし、怖いから車で行こう」と
父にすがるようにお願いした。
「そうだね」父は肩を落とす。
車に乗り込むと、母が助手席から私の方を覗いて
ウィンクしてから元の位置に戻った。
どうやら迷っていたのではなく、困っていたようだ。
こういう時いつも思う。なんでこんなにも気の強い母が、
気の弱い父に物を言えないのかと。
車は坂をゆっくりと下り右に曲がる。父の小さな抵抗だろう。
徐行のような運転だ。
しばらく行くと『カジノ』と書かれた看板が目に入った。
こういう国にもあるのだなと思いながら急な坂に差し掛かる。
こんな坂歩いて帰りたくない。
車で来て良かったと心の中で思った。
坂が終わるとそこはこの町の繁華街らしく賑わっていた。
飲食店、お土産屋さん、ツアーと書かれている看板がいくつかあり、
陽気な音楽が流れている。
『ニッチとペッチ』以外にも観光名所があるのだろう。
それを象徴するかのように観光客らしい人達で溢れ返っていた。
繁華街を過ぎると右に曲がり、丘から見えた端まで来たようだ。
公園の向こう側は森が続いている。
思っていたよりも小さな町だということが分かる。
熱帯系であろう植物、ヤシの木に囲まれたオレンジ色の
二階建ての建物に車が止まった。
車から降りて正面に回ると、
簡易的に作られた野外ステージのようなところに、
バーカウンター、大小様々なテーブルがある。
外に目を向けると海の家にありそうなパラソルテーブルが
所狭しと並んでいた。もちろん陽気な音楽とセットで。
私達は外のパラソルテーブルに座った。
店員がメニューを渡してきたが、
父はそのまま注文を頼んでいる。
どうやら私と母に選択権はないようだ。
しばらくして、オレンジジュースが運ばれてきた。
この国にきて水以外のものを始めて飲む。
恐る恐る飲んでみたが、「なにこれおいしー」と、
思わず声が出てしまうくらいおいしいかった。
母も目を丸くしてオレンジジュースを見ているので
私と同じ感想なのだろう。
あっという間に飲み干し私と母はおかわりをした。
オレンジジュースの味を楽しんでいると、料理が運ばれてきた。
ワンプレートの上に、赤飯みたいな料理と、チキン煮、
キャベツポテトサラダ、バナナを煮たようなものがのっている。
見た目は怪しすぎるというのが正直な感想だ。
父を見ると黙々と食べ始めていたので、きっと不味くはないのだろう。
私も恐る恐る食べてみると、意外にいける。
私好みかもと思ってしまうくらいおいしい。
「ライスアンドビーンズだよ。この国の人達は毎日これを食べるんだ」
見た目のまんまかよと思ったが、おいしいので許す事にする。
「なんで赤飯とこんなに味が違うの。米?豆?」
「米と豆も関係していると思うけど、
一番は水の代わりにココナッツミルクを使っているからだと思うよ。
チキンのソースをかけて食べてごらん。味が変わっておいしいよ」
私は言われた通りにソースをかけてみると、
味が変わってよりおいしく感じた。
先程運ばれてきたナチョスをつまんでいると、
「ちはる、それ食べないの?」と母に言われた。
そう問題は「それ」と言われた食べ物。
名前も分からないバナナを煮たようなものだ。
すんなりと食べることができない。
しかし、家のルールとして残さず食べるという厄介な決まりがある。
オレンジジュースを残しているのもこのためだ。
「バナナを煮たようなものなんて食べられないよ」
「バナナじゃなくてプランテンだよ。ちょっと癖があるが不味くない」
バナナではないと分かると少し勇気がでてくるから不思議だ。
勇気を振り絞り一口で平らげた。
父の言う通り美味くもないし、不味くもなかった。
中途半端な口の中をオレンジジュースで流し込む。
「ごちそうさまでした。
ねぇーさっき通ったところのお土産屋さんに行こう」
訴えかけるように言ったが、
「今日は帰ろう。明後日、明明後日好きなだけ買うといい」
父はそう言いながら店員を呼んでいた。
「ケチ」私は吐き捨てた。




