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今はいない大切な君への贈り物  作者: 宮久啓平
17/71

ーちはるー ③

「ちはる、起きなさい」


 母が私を揺すってきた。どうやら着いたらしい。

重い瞼をこすりながら車から降りると、

道沿いにお土産さんが五店舗程並んでいて、

その奥には道路と平行に川が流れている。

川には変な船が止まっていて、

よく見るとワイヤーで向こう岸と繋がれていた。


「ニッチってどれ?」私は周りを見渡しながら言った。


「ニッチじゃない、シュナントニッチだ」

デイバックをしょいながら、父が淡々と答える。


「それくらい知っているし」


 私はそう吐き捨てた。工程表を見た時から長いので、

「ニッチ」と呼ぼうと決めていた。

「シュナント」の部分は覚えていなかったのは事実だが

、質問の意図そこじゃないと心の中で悪態をつく。


「この山の上だよ」

父は私の心の中をよんだかのように川の反対側を指した。


 指さす先を見てみると確かに山が確かにあったが、

山を登るなんて聞いていない。


「えー、登るの」


父を睨みつけたが、「一キロちょっとだよ」と一蹴された。


父と母の準備が終わり歩き出す。

一キロちょっと、というわりにどこかに

トレッキングにいくような格好の二人に対し、

私は麦わら帽子、Tシャツ、ジーンズに足元は

クロックスというラフな格好だったが、

父も母も何も言わないので、

そこまできつくないだろうと勝手に決め渋々後に続いた。


 私達は変な船に乗り込んだ。変な船といっても、

船の上に車三台分ほどの板が敷かれ、

そこに簡易的な屋根をつけた乗り物だ。


係員の人がハンドルを回し対岸へ進み始めと、

父はその係員の所に行き何かを話した後ハンドルを回し始めた。

その姿を見た母も、「私も私も」と駆け寄り回していた。

私も回したかったが、自分からあの空間に入る気はなかったので、

ぼんやりと宙を見ていた。


 二分程で対岸につき船を下りて歩き始める。


「きゃー」目の前が真っ白になり、何かにしがみついた。

信じられない生き物が視界に入ったからだ。

しかし、「クスッ」と笑う父と母の声が聞こえた。


「ちはる、落ち着いてよく見てごらん。ワニじゃない、イグアナだよ」

父は耳元で優しく囁いた。


 私はその言葉を理解するのに数秒要し、

落ち着いたところでしがみついたものから離れた。


そして、愕然としてしまった。

しがみついたものはなんと父だった。

とっさの出来事ではあったが、父にしがみついてしまったのだ。

ありえない。

自分自身へのイライラと恥ずかしさで体が熱くなる。

真っ赤になっているだろう顔を見られないように、

速足で二人を追い抜き、U字を曲がった。


 その先に信じられない光景が飛び込んできた。

熱が地面に吸収されたかのように体の熱が冷めていく。

目の前には地獄へ繋がっているかのような坂が飛び込んできたのだ。

まさか一キロちょっとこのきつい坂を

歩かなければならないのかと思っていると、


「ここの坂を上り切ったところがシュナントニッチだ」


 心の中を見透かしたように父が吐き捨てるように言う。

こんなことなら車で待っていればよかったと思いながら、

顔を見られたくなかったので、やけくそで登っていく決心をした。


 ようやく登りきったが遺跡は見えない。

そんな事よりもまず水だ。

母からお金をもらうと一目散にお土産屋さんに向かった。

昨日アメリカでも買えた。きっとベリーズでも買えるはず。

税関でも英語だったし、看板も英語で書かれていた。

きっとこの国の公用語は英語だと信じ売店に向かい店員に話し掛ける。


「ワン、ウォータープリーズ」


「……アーッ」


「……えっ」また目の前が真っ白になった。

アメリカでは通じたのに、なぜ?どうしようもなく止まってしまう。


「ワータープリーズ」後ろから父の声がした。


父が横まで来てからさらに、

「どのサイズが欲しい?」と語り掛けてくる。

水のサイズは五百ミリリットルと一リットルの

二つのサイズがあったので、「五百」と私が言うと、

「ディスワン、アンドディスワン」と、

最初の「ディスワン」で五百ミリペットボトルを指さし、

そのまま天井へと向けた。

次の「ディスワン」で一リットルの方を指さし、

そのまま店員にピースをする。店員は分かったらしく、

水とお金を交換して父が水を私に渡してきた。


「ちはる、ああいう買い方もあるから、

次挑戦してみて。それに、この国は『ウォーター』じゃなくて、

『ワーター』と発音すれば通じるよ」


 私はそうかと思いながら水を胃に流し込むと、

全身の細胞が生き返っていく感じがした。


「それにしてもよく知っていたね。アメリカドルが使えるの」


私は、はっとして水を飲むのを止めてしまった。

確かにそうだ、国が違うのだから通貨も違う。そんな事は常識だ。


「それくらい知っているし」


動揺を隠すかのように素っ気なく言ったが、

言われて気付き恥ずかしかった。


母は木陰で両手をうちわのようにして顔を扇ぎながら休んでいた。

どうやら私達の中で一番へばったのは母のようだ。

顔が若干青ざめている。

父が水を渡すとものすごい勢いで飲み干していき、

一リットルもあったものがものの数秒でほぼ空になり、

母は息を整え呼吸音が止んでいった。


「そろそろ行くか」


父が言うと、母は重そうな腰をゆっくりと上げたが、

膝がガクッとなり、派手に転んだ。お尻から腰、頭まで打ったようだ。


痛がる母の姿を見て私は指をさして笑ってしまった。

父は私と母に背を向け地面の方を向いていたが、

肩が上下に震えている。どうやら笑いをこらえているようだ。

母も「いててて」と言いながら起き上がると、

「もう」と言いながらも笑っていた。

久しぶりに家族三人が一緒に笑った瞬間だ。


入場料を払い、遺跡の復元模型を眺める。

どうやらこの先の丘を越えた所に遺跡があるらしい。

丘を越えると小さい遺跡が現れ、

少し進むとその奥から大きな遺跡が見えた。


私は母に名前を呼ばれるまで、ただただ眺めていたと思う。

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