ー渉ー ⑬
「私の誕生日ってハアブ暦で言うと、不吉な五日間だけど、
『そんなのに負けるな』って、お守り代わりにもらったの」
「ともみのお父さん変わっているね。
普通不吉なものはお守り代わりにしないと思うけど」
「そうだね。でも首からぶら下げるとなぜか安心するんだ。
それからマヤに興味を持ったんだよ。
渉君はなんでネクタイ代わりにマヤペンダントしているの?」
「僕はネクタイ恐怖症で、高校の最初の頃はしていたけど、
やっぱり落ち着かなくて、親に相談したら、
『はい』って渡されて……」
二人がいきなり笑い始めた。洸平や文太もそうだった。
この話しをすると必ず笑われる。
「二人とも笑っているけど、僕にとっては深刻な問題だよ」
「ごめん。渉君って絞首恐怖症なんだね。
でもネクタイ代わりにペンダントってやっぱりおかしいよ」
「そうだよ、ネクタイを緩めるとか、
しないとか他の選択肢はなかったの?」
「それがさ、してみると意外としっくりきてさ」
「じゃあ、ともみと渉って過程は全く違うけど、
マヤペンダントをしている理由は同じだね」
「そうだね。私と同じだね」
二人はそう言いながらもまだ笑っていた。
少々腹が立ったが、何も言い返せず二人をただただ眺めていた。
「渉、ちゃんとともみを家まで送るんだよ」
時間があっという間に過ぎ、帰る時間になっていた。
「あぁ」と返事をしたが、桜に言われなくてもそのつもりだ。
送る気がなければ今ここにはいない。
「ともみ、また明日」桜はそう言うと颯爽と帰って行った。
僕達は来た道を歩いていた。
二人で行動するのは自転車で二人乗りした時以来だ。
あの時は桜に怒られまいと夢中だったが、今は緊張している。
きっと桜とこのような状況になっても同じだっただろう。
横を見ればまっすぐ前を向いている川見さんがいる。
手を伸ばせば赤みがかった頬や昨日から
ウェーブのかかった髪に触れるのに触れない。そんな勇気もない。
そんな事を考えていると先程のコンビニまで来た。
川見さんは立ち止まり、携帯を確認すると左に曲がった。
携帯に何を入力したかは分からないが、
川見さんは一人で歩けるように工夫しているようだ。
「よく分かったね」川見さんは振り返った。
「渉君、今子供扱いしたでしょ」
ほっぺを膨らます。その姿も可愛いと思ってしまう。
「ごめん、ごめん」と言い、再び歩き出す。
無言のまま先程の桜が咲いているところまで来て、
川見さんは立ち止まり上を見上げた。
「また三つ咲いたね」
川見さんはそう言ったが、何が変わったのか分からない。
桜への想いが違うのだろう。
そんな川見さんを見ながら自然と聞きたかった事を言えた。
「ともみはどうして医者になりたいと思ったの?」
川見さんは一瞬こちらに視線を向けたがまた桜の方に戻す。
「さっき病気に掛かったって言ったでしょ、
それでね、長い間入院していたの。その時に七夕があって、
子供達は短冊を二枚渡されてね、
何てお願い事が多かったと思う?もちろん一番多かっのは、
『病気が治りますように』だったんだけど……」
川見さんは僕の方を見つめてきた。
僕は入院した事がないので子供達の気持ちにはなれない。
そんな事を思いながら川見さんはさらに続けた。
「『家に帰りたい』とか『家で食事がしたい』とか
『学校に行きたい』とかが多かったんだ。
全部病気が治ればできる事。
私ね、それを見て悲しくて泣いちゃって、気付いたら短冊に、
『医者になって子供達の病気を治す』って書いていたの。
それが始まりかな」
川見さんはそう言い終わると僕に微笑みかけてから桜を見つめていたが、
目からは雫がこぼれていた。
雫がこれ以上こぼれないように上を向いたのかもしれない。
僕は驚愕していた。
いやそれを通り越して感動していたのかもしれない。
将来の夢とは自分自身がなりたい事だと思っていた。
しかし川見さんは子供達のために将来の夢を決めたのだ。
こんなに美しい夢が他にあるのだろうか。
天然の妹キャラだと思っていたが謝らなければならない。
僕の方がガキだ。
川見さんは子供達との約束のため日々を過ごしている。
それに比べて僕はどうだ、適当な大学に行き、適当な就職先で働き、
そのまま適当に過ごしていけばいいと思っていた。
ばかばかしく思ってしまう。
先程手を伸ばせば触れると思っていたが、
伸ばしても届かないようにも思えた。
川見さんは桜を見つめたままだが、僕は声を掛ける事ができなかった。
その時風が吹き川見さんの髪がなびくのと一緒に雫も流されていった。
「そろそろ行こう」
川見さんはこちらを向き笑っている。もう雫は落ちていない。
川見さんは何事もなかったように歩き出す。
僕は川見さんの横に並んでいたが、
川見さんは遥遠くにいる気がした。
いつの間にか停留所に着き、いつものように川見さんは振り向き、
「ありがとう」と手を振って、僕に背中を向け歩き出す。
「ともみ」
僕は無意識で川見さんを呼び止めた。
川見さんはこちらを向き、首を傾げる。
「ありがとう」また無意識に感謝の言葉が出た。
川見さんの首がさらに傾いたが、
先程と同じように「ありがとう」と言って帰って行った。
僕はそんな川見さんの背中を眺めながら、
いつかあの笑顔をしてみたいと思うと同時に、
「川見さん」ではなく「ともみ」と呼ぼうと心に決めた。
4月16日
今日はね、図書館に行ったんだよ。
本当は一人で行くはずだったんだけど、
やっぱり不安の方が強かったんだ。
でも渉君と桜が来て、びっくりしちゃって、
文句を言うよりも先に「ありがとう」って言っちゃった。
後ね、ようやく桜が咲いたんだよ。
間近で見たのは入院していた時以来かな?綺麗だったよ。
図書館は思っていたよりも狭かったんだ。
でも借りたい本もいっぱいあったし、
これからは一人で行けそうだから安心だね。
それから、渉君がネクタイの代わりに
マヤペンダントをしている理由が分かったよ。
絞首恐怖症で付けているんだって。おかしいね。
でも付けている理由は私と一緒だね。
このペンダントなぜか安心するんだよね。
それからね、いきなり帰り道でね、
「何で医者になりたいの?」って聞かれちゃった。
正直に話したら涙が出てきちゃったよ。
渉君変に思わなかったかな?
それに最後に「ありがとう」って言われちゃったよ。
なんでだろうね。「ありがとう」って、
いっぱい伝えたいのは私の方なのに。でも嬉しかったなー。
それに渉君の表情いつもと違ったんだよね。気のせいかな?
明日も幸せな一日でありますように。




