ー渉ー ⑪
僕は今大学西門の停留所に向かっている。
昨日の帰り道自転車をこぎながら、
明日図書館に行こうか迷っていた。
いや正確には、明日行くとしたら
桜と川見さんどちらに会いに行くかを迷っていたが、
結局二人を見に来てしまった。
性格は真逆かもしれないが、根本は同じだと思う。
二人共思いやりがあって優しい。
そんな事を考えているうちに大学の西門に到着した。
自転車を大学の駐輪所に預け停留所の手前に向かいながら
川見さんと二人乗りで学校に行った日の事を思い出していた。
あれから十日程しか経っていないが、
もっと前の出来事のようにも思える。
そんな事を考えているうちに川見さんの姿が見えた。
今日は初めて水巡りに行った日の格好だ。
川見さんは天然の妹キャラだ。
守ってあげたくなってしまう。
いきなり泣かれるのは勘弁してほしいが、
「ありがとう」の一言で全て許される気もする。
昨日お城の前で川見さんに「似合っている」と言ったが、
二人きりだったら「かわいい」と言っていたかもしれない。
その後ろからこっそりと後をつけている桜が目に入った。
桜は川見さんと対照的に男勝りな性格だ。
最近までは思いやりがあって優しい性格だが
とにかく怖い存在だった。
しかし、一緒にいると化けの皮が剥がれるかのように、
桜の本質が分かった気がする。
語気を荒げる時は大抵、恥ずかしさや照れを隠したい時か、
友人がからかわれた時だ。思っていた通りだった。
しかし怖いところがあるのは確かだ。きっと尻に敷かれてしまうだろう。
そんな二人の後を付けた。まるで二重尾行だ。
客観的に見ると何をやっているんだと笑ってしまう。
そんな事を考えていたせいか早くも桜を見失った。
川見さんは遥前方を歩いている。
先回りしたのかもしれないと思い、
川見さんとの距離を一定にしながら歩いていると、
「渉」と肩を叩かれ、振り返ると頬を突かれた。
もちろん桜だった。
「こんなところで何しているの?」
「散歩しているだけだけど」
もっとましな言い訳があったかもしれないが、
今はこう言うのが精一杯だ。
「ふーん、散歩ね。
大学の駐輪場に自転車を預けて?変わった散歩だね」
桜は微笑んでいたが目に陰りがある。
「見ていたなら声ぐらい掛けろよ」
全部見られていた事に腹が立ったが仕方ない。
その時声を掛けないあたりが嫌らしい女だと思う。
先程嫌らしい女という一文を付けなかった事を後悔した。
「ごめん。渉をびっくりさせようと思って、
それに渉なら来てくれるって思っていたから」
駐輪場でこれを言われたらドキッとしていたはずだ。
しかし今言われると一行動、一言多いと思ってしまう。
「まあいいや、行こう」
前を向くと川見さんの姿がなかった。
バスの順路だと二キロくらいは直線だ。いなくなるのはおかしい。
桜が首を縦に振るのを確認すると僕達は走り出したが、
中学校のブロック塀の陰に川見さんの姿があり上の方を見ていた。
僕は安心して川見さんが見ている方を見ると十輪程の桜が咲いていた。
平年より五日程遅い開花だ。
昨日見た時はあと何日か必要だと思っていたが、
この気温のせいだろう。
川見さんに向き直ると、こちらを見ていた。
桜の花びらに意識が行き、隠れるのを忘れてしまった。
目が合っているせいか、言い訳が出てこない。
「ともみごめん。来ちゃった。
別に子供扱いとかしていないからね。それから……」
「ううん、ありがとう」
川見さんは桜がすべて言い終わる前にお礼を言った。
次に何を言われるかと思い心構える。
「ようやく咲いたね」川見さんはまた桜を見上げた。
心構える必要はなかったらしい。
「そうだね。咲いたね」
桜はそう言ったが、後の言葉が続かない。
しばらく僕達は桜を見上げる川見さんを眺めていた。
ようやくこちらに向き直り、「図書館に行こう」と歩き出す。
僕達は頷き三人で図書館に向かった。
無言のまま歩き続けているのが辛い。
水巡りの時みたいに桜が川見さんに話し掛けてほしかったが、
見つかった申し訳なさか話し掛ける気配すらしない。
仕方ないので僕が話し掛けた。
「ともみ、さっき桜を見ていたけど東京にいる時見なかったの?」
川見さんは人差し指をあごに当て何かを考える仕草をした。
そんなに難しい質問をしたかと思っていると、
「ごめん、桜と桜がこんがらがって。
久しぶりに見たかな。学校に桜なくて」と川見さんは言った。
やはり都会は違うらしい。
この辺りで桜がない学校なんて見た事もないし、
聞いた事もない。
「じゃあ、さっき見ていた桜が久しぶりだったんだね」
「うん、久しぶりに近くで見た気がする。
それより桜、桜のシーズンだけ名前で呼んでいい?
こんがらがっちゃうよ」
「今更嫌だよ。『桜』っていうあだ名気に入っているし、
それよりともみの漢字ってこう書くの?誕生日七月だよね」
桜はともみの漢字を掌に書いていく。確かに七月でこの漢字は変だ。
「私が生まれて名前を決める時、
お父さんとお母さんでもめたらしいの。
結局ね、お父さんは漢字、お母さんは振り仮名でおさまったけど、
そのせいでこんな名前になったの」
「ともみは、どっちの方が良かったの?漢字と振り仮名」
「どっちも好きだよ。でも合わさると嫌だな。
だってこの漢字でともみっておかしいでしょ」
確かにおかしいが、キラキラネームが流行っているこのご時世に、
気にする必要はないとも思う。
「ともみのお父さんって何している人なの?
この間家に行った時、気配がなかったから」
「お父さんは東京にいるの。
お母さんと二人でこっちに引っ越してきたから」
「いいなともみ、お父さんいなくて。
私のお父さんなんて家で何もしないくせに、
堂々と居座っているんだよ。『視界に入るな』って言いたいよ」
「私もそうかな。お父さんは嫌い」
僕は思わず「えっ」と声を上げてしまった。




