ー渉ー ⑨
川見さんはようやく気が済んだのか背伸びをした。
「ともみ気が済んだ?」
「うん、満足」
僕達はその返事を聞くと、
下まで降りて内堀を回り赤い橋に行った。
「ここで写真撮ろう」
この場所で写真を撮るのは鉄板だが、
周りには外国人の観光客しかいなかった。
仕方なく日本人が来るまで待とうとしたが、
川見さんがその外国人の観光客のところまで行き、
何やら話している。話し終え戻ってくると、
「お願いしてきた」と言いポジションに着いた。
僕達も慌ててポジションに着き、写真を撮ってもらう。
「ちょっと待っていて」と川見さんはそう言い、
外国人観光客の写真を撮り、手を振って別れた。
「すごいねともみ、外国の人と話せるんだ」
川見さんはなぜか困った顔をした。
「難しい文法じゃないよ。中学で習ったはずだけど」
「でも相手は外国の人だよ、怖くないの?」
「そんなに怖そうな人じゃなかったと思うけどなぁー」
どうやら質問の意味が分からないらしい。
「ともみは東京で外国の人とよく話していたの?」
桜は質問の意図を変えた。
「そんな事ないよ、
外国の先生以外と話したのは初めてかもしれない」
どうやら川見さんに国境という言葉は存在しないらしい。
相手が日本人であろうが外国の人であろうが
関係なく話せる稀少な性格なのか、
それともただの天然なのかは分からないが、
きっと英語の先生なら涙が出る程やる気になれるだろうと思った。
「そっか、すごいねともみ。行こう」
桜は呆れたのか、感心したかは分からなかったが
この話しを終わりにした。
お城から北に五分程進むと、洋風の建物が見えてくる。
初めてこの建物を見る人は学校とは思わないだろう。
どう見ても西洋の館だ。お城は戦国江戸時代を象徴としているが
、この建物は明治時代を象徴としている。
文明開化により西洋の文化が日本に流れ込み、
建てられた学校なのでこのような見た目になったらしい。
「すごいね。この建物本当に小学校だったの?」
「元々はカエルさん通りから西にちょっと行って
橋を渡ったところにあったんだけど、
ここに移築復元されたんだよ。でも見た目は当時のままだよ、中に入ろう」
中に入ると、外観と違い学校だと思わしてくれる構造となっていたが、
一歩展示室に入るとシャンデリアに
ステンドガラスとやはり洋館だと思ってしまう。
十幾つかの展示室に分かれ、
それぞれ一つのテーマごとに見やすくなっていた。
とある展示室に入ると、黒板に机と椅子それにオルガン、
当時の教室を再現されていた。
「ともみ、先生やって。私達は生徒」
「そんな事できないよ」
「いいの、とりあえず教壇に立って。
それで私達に質問とか意見とか言ってみて」
桜の提案により学校のおままごとが始まった。
僕達は椅子に座り川見さんの言葉を待っているが、何も言わない。
そんな事よりもお尻が気になって仕方なかった。
今の椅子と同じように木でできているが、
ゴツゴツしていて座り心地は最悪だ。
当時の子供達はこんな椅子に座って勉強していたと感心してしまう。
「ともみ何でもいいんだよ」
「そんな事言われても……」
川見さんはこういうのは苦手だろうと思う。
外国人には平気で声を掛けられるのに、
大勢の前だと緊張して何も言えない。
「なんでもいいなら俺にやらしてよ」
文太はそう言うと、席を立ち教壇に向かって行く。
川見さんはそんな文太を見ながら一歩二歩後ずさった。
文太は教壇の上に立ちこちらを向くと、僕達を見渡しニヤけた。
「何聞いてもいいんだよね?」
みんな無言で頷いていたが僕には悪い予感しかしない。
あの目は何かするときの目だ。
「一つだけ質問します。桜さんあなたの好きな人は誰ですか?」
展示室の空気が一変した。
外で鳥が鳴いているのがよく聞こえるくらい静まり返り、
場が緊張した。桜の方に振り向くと、俯き肩が震えていた。
「バッカじゃないの」
桜は足を開き両手をテーブルに付いて立ち上がり文太を睨めつける。
桜の顔は蒸気がいつ噴き出してもおかしくないくらい真っ赤だ。
「桜落ち着きなよ。『なんでもいい』って言ったのは桜だよ」
「言っていい事と悪い事がある」
桜は恵理子の言葉には答えたが、目線は文太から外さない。
「先生、私の好きな人でもいいですか?」
麻里が手を上げて大きな声で言うと、
今度は自然に麻里の方に視線が集まった。
桜の方を見るとさすがに麻里の方を向いていた。
麻里は文太の返答を待たず静かに立ち上がる。
「私の好きな人はこの教室の中にいます」
その言葉でさらに静まり返った気がした。
「先生、私の好きな人もこの教室にいます」
今度は恵理子だ。いつの間にか立ち上がっていた。
僕達は何も言えなかった。
麻里と恵理子は言い切った満足感なのか笑みを浮かべている。
それとは対照的に桜は一気に血の気が引け、
茫然と二人を交互に見渡していた。
しばらくして他の見学者の声がはっきりと
聞こえるところまで来ていた。麻里の
「そろそろ行こうか」の言葉によって
僕達は機械的に展示室を後にした。
洸平は文太の頭を小突き「調子に乗りすぎ」と突っ込み、
桜も麻里と恵理子に話し掛けている。
川見さんは少し離れて俯きながら付いて来ていた。
どうやらまだこっちの世界に戻ってきていないらしい。




