ー渉ー ⑧
僕達三人はお城前のコンビニのベンチに
かれこれ三十分前から座っている。
駅前集合だったが、桜達が遅れるという事で
先にお城まで来たがなかなか来ない。
お城外周沿いの桜は咲いていないが、
先端がピンク色になっているのでそろそろ咲く頃だろう。
「桜達遅いな」
「あぁー」僕と文太は適当に返事をした。
確かに遅すぎる。買ったジュースもなくなり時間だけがただただ過ぎていく。
「ごめん、遅くなった」
桜の声がしたので辺りを見渡すと、
お城公園の入り口に四人が立っていた。
僕達は腰を上げ桜達の元へ向かう。
信号で待っていると、ふとした違和感を覚えた。
よく見てみると川見さんが劇的に変身をしている。
先週はただのスエットだったが、
ピンクのロングスカートに白のレース付きロングカーディガンの下には
薄オレンジの何かを着ている。髪もウェーブが軽くかかっていた。
信号を渡り近付くと、さらに驚いてしまった。
川見さんの胸元には、僕がネクタイ代わりに付けている
ペンダントが黒く光っていた。
しかし、よく見ると少し違うようだ。
いつもはワイシャツに隠れていたのかもしれない。
「ともみが付けているペンダントって渉と一緒なの?」
「ちょっと違うよ。渉君は『ケフ』で、私は『ウェヤブ』」
「同じだと思っていた。何が違うの?」
「これはねマヤカレンダーのペンダント。
マヤ暦は周期や日数が異なるいくつかの種類の暦法があるの。
これは『ハアブ』って言う暦法なんだけど……」
「ごめんともみ。全然分からない。分かりやすく説明して」
「えーと、私達は一年を十二ヵ月に分けているのに対して、
『ハアブ』は一年を十八ヵ月と五日に分けているの。
だから渉君の誕生日は三月三日~
三月二十二日までの間のはずだけど合っている?」
「合っている」
このペンダントに意味があったなんて知らない。
それ以前にマヤのペンダントだという事も知らなかった。
それにしても川見さんはどうしてマヤについて詳しいのだろう。
「おい男共、ペンダントじゃないでしょ。
ともみを見て何か言う事ないの?」
「何が違うの?」と話を膨らましたのは桜だと思いながらも、
洸平と文太に伺おうとしたが、
二人に小突かれ一歩前に出てしまった。
仕方なく川見さんの方を向き、「ともみ、似合っているよ」と言うと、
川見さんはその言葉で顔を赤くし俯いてしまった。
僕は振り返り睨みつけたが二人とも悪いと思ってないらしく、
ニヤついていた。
「ごめん。ともみの服買って、ついでに美容院行っていたら遅れた」
「いいから行こうぜ」
洸平はそう言いながら、本丸入り口の黒門へ歩き始めていた。
約一時間の遅刻だが川見さんの変わりようを見たら僕達は何も言えない。
このお城公園は年間約百万人訪れるらしいが、
地元のせいか城内に入るのは小学校の遠足以来だ。
それは僕だけでなくみんなそうなのだろう。
「入場料高っ」と声を揃えて言っている。
川見さんだけ「高くないと思うけどなぁー」とぼやいていたが。
入場料を払い天守閣に向かった。
このお城がすごいと思うところは、明治時代の時だと僕は思う。
授業で習った事だが、明治時代に入り無用の長物となったお城は
取り壊す事が決まり民間人に落札されたが、
お城を守ろうと一人の市民が中心に立ち上がり天守閣で博覧会を開き、
その収入で買い戻した事。その後農場試験場となったが、
老朽化に城主がいなかったため管理もされず荒廃していたが、
二の丸に校舎が建設され、農場試験場だった本丸が校庭として
使用をされる事がきっかけで、当時の校長が天守保存会を立ち上げ、
住民たちの寄付金により修繕され蘇った事。
今僕達が歩いている本丸は現在芝生がはられ手入れされているが、
約百数十年前は農地であり、校庭でもあったのだ。
このお城は僕達の町のシンボルであり、誇だ。
そうでなければ四百年も現存していなかっただろう。
渡り櫓から天守に入ると信じられない程急な階段が目に付く。
「すごく急な階段だね。当時のお侍さんは大変だったろうね」
「ともみ気を付けてね。この階段六十度くらいあるんだから」
「桜詳しいんだね」
「地元の人はみんな知っているよ。
さっき歩いてきた場所だって明治時代は農場や校庭だったんだよ」
「本当に? 歴史ってすごいね」
やはり桜も知っていた。地元民には常識だ。
僕達は一階の展示物を見て上の階に登ろうとすると、
「洸平達先登って」麻里が申し訳なさそうに言った。
「なんでだよ」
「だって短いスカート履いて着ちゃったから」
「別に減るもんでもないだろ」
その瞬間桜の蹴りが入る。
洸平は「痛っ」と言いながら桜を睨みつけた。
「桜、暴力はだめだよ。それにここは見学する場所だよ。
天守閣に失礼だよ。それと洸平君お願い、先行って。
やっぱり見られるのは恥ずかしいよ」
洸平は「分かったよ」と言いながら
先に登って行く姿を桜は睨み続けていた。
水巡りの帰りから川見さんは自分の意見を言うようになったが、
不思議な事に桜を含め誰も逆らわない。
そんな空気を川見さんは持っていた。
三階から四階に登ると天井も高くなり、
場内も一気に明るくなる。この階は御座所になっており、
城主はここで何をしていたのかと思ってしまう。
そして最上階の六階は眺めが違った。
「ねえー、学校見えるかな?」
「ともみ、学校からお城見える?見えないでしょ」
「そうだね。確かに見えないね」
と言いながら南の方を向いていたので、僕達は笑ってしまった。
「何がおかしいの?」
「ともみ、私達の学校はどの方向にあると思っているの?」
「あっちじゃないの?」
南の方を指していたのでさらに笑い声が大きくなってしまう。
「じゃあ、ともみの家は?」
今度は東を指す。もう我慢できず僕達は爆笑していた。
「ともみ学校はねあっち。でね、家はあっち」
と言いながら学校は北北西、家は北北東の方を桜は指さした。
僕達が爆笑している理由が分かると、
川見さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「ともみは勉強ができても、一人じゃ出歩けないね」
「そんな事ないもん。家から学校まで一人で行けるもん」
ほっぺを膨らます。
「じゃあ大丈夫だね。今日バスが動かないから心配していたんだ」
川見さんは「えっ」と小さく発し、桜をまじまじと見つめた。
どうやら助けを求めているようだ。
その困り顔を見て、また爆笑してしまった。
「そんなの嘘に決まっているでしょ。
このご時世そんな事になったら大問題だよ」
「桜のいじわる」
川見さんは俯いてしまった。しかし俯く前、
息を吹き出し安堵の表情を浮かべていた。
その姿を見た桜は川見さんに飛びつき抱き締めた。
「ごめんね、ともみ。仮にバスが動かなくても、
ちゃんと家まで送るから心配しなくていいよ」
「桜、ありがとう」
桜と川見さんはお互いの手を取り合い笑っていた。
そんな川見さんを見ていると空気が和む。
川見さんは四方にある窓を
何回も目に焼き付けるかのように眺めている。
僕はそんな川見さんを見ながら、
川見さんの事をもっと知りたいと思っていた。
あの屈託のない笑顔、いきなり泣いてしまうところ、
すぐしょげてしまうところ、
何よりその場の空気を一瞬で変えてしまうところ、
まるで異世界からやって来た姫みたいな感じだ。
「どうした渉、ともみの事が気になるの?」
いつの間にか文太が隣に来て耳打ちをしてきた。
「ちげーよ、ただなんとなく不思議だなと思っていただけ」
「確かに、不思議ちゃんを絵に描いたような人だよね、ともみって。
あの桜に面と向かってはっきりと物を言えるのも、ともみしか知らないし」
文太の言う通りだと思った。
そして僕達の中で一番影響を受けているのは桜だと思う。
洸平によって多少正体がばれたのもあるが、桜は変わった。
正確には川見さん以外全員変わったのかもしれない。
でなければ僕達は水巡りもしていないし、
ここにもいなかっただろう。




