風 鳥 鬼 ③
誤字・脱字・変換ミス・・・・。
すいません。
土岐は渋谷の有名なカフェのオープンテラスで待っていた。店は若い男女でいっぱいである。
周りが若いカップルや女の子たちばかりの中で、老齢のビジネススーツ姿の男が一人で白いテーブルに座っている姿は完全に周りから浮いていた。伊吹はそれを見た瞬間、このまま帰ろうかと思ったが、土岐が伊吹に気づく方が早かったようだ。
「やあ、こっちだ。」
土岐はにこやかに伊吹に向かって大きく手を振った。
周りの人々は明らかに苦笑している。伊吹も確かに若いが、ジャージにサンダル姿で、手にはバスケットを抱えている。彼自身もこの場の雰囲気になじめそうになかった。
一体周りからはどういう人間だと思われているのだろう。普段は周りの目などあまり気しない伊吹ですら顔が赤くになっていた。
しかし土岐は気にした様子もなった。パラソルの小さなテーブルの上にはこの店自慢のフルーツパフェが載っている。グラスの側面にまでチョコでデコレートしてある逸品である。
土岐はグラスの中の生クリームを小さなスプーンですくい取っては頬張り、得も言われぬような表情を見せる。ある意味不気味な光景であった。
「・・・なあ。ひとつ聞いていいか?」
椅子に腰かけるとすぐに伊吹は時に話しかけた。
「このパフェの事かね? 実に美味いよ。君もどうかね?」
伊吹が席に着くと上品そうな店員がお冷をもってやってきた。
「ご注文がお決まりになりましたら、御呼び下さい。」
「・・それじゃ、コーヒーを。」
「アイスでよろしいですか?」
「ホットで。」
「それから、ガトーショコラを二つ。お願いするよ。」
土岐が割り込んできた。
「承知いたしました。ホットコーヒーに、ガトーショコラお二つですね。コーヒーはブレンドでよろしいですか?」
「ああ、それでいいよ。」
「かしこまりました。」
店員はオーダーを確認すると、ゆったりとテーブルを離れた。
「聞きたいこととは何だね? 仕事の話はガトーショコラを堪能してからにしようじゃないか。」
「聞きたいってのはそのことだ。百目鬼もそうだったが、どうしてこういうところで話したがるんだよ。」
「こういうところ?」
土岐は不思議そうに尋ねた。
「実に不思議だ。君は甘いものは苦手な口かね?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな・・・。」
「仕事の話かね? 無粋だね君は。せっかく上司がおいしいものをご馳走してあげようというのに。」
「あのなあ。」
小声だった伊吹の声の音量が上がると、隣のテーブルの女の子たちがこらえきれずに噴き出した。
「君。」
土岐がボーイを呼んだ。
「悪いがさっきのオーダーはテイクアウトに変更してくれないか。」
「かしこまりました。」
土岐は素早く残りのパフェを平らげると、にこやかな笑顔を伊吹に向けた。
「もうすぐ消費税が上がると、テイクアウトの方が安上がりになるんだっけ?」
「え?」
伊吹は政治にも経済にも疎い。消費税の事など気にしたことも無かった。ただ単に増税という事が嫌だと思うだけで、細かいことまで気にしたことがない。おそらく多くの日本国民の大多数がそうなのだと思う。つくづく平和な国民だと思う伊吹であった。
「さて、おいしい物もいただいたし、散歩でもしようか。」
土岐は立ち上がると、さっそうとレジに向かった。
総理大臣 矢部賢三は、官邸の執務室の机に肘をつき、頭を抱えていた。関東では台風による大きな被害があったばかりである。その事が彼を大きく悩ませている事情なのだろうか。
ノックの音が3回。
「失礼します。」
秘書の鴻丸がゆっくりと入ってきた。
鴻丸は矢部の私設秘書であり、矢部の懐刀でもある。まだ若いが数か国語に精通し、世界の動向にも驚くほど詳しい。京都大学を卒業後、MITに留学し、ベンチャー企業を立ち上げ、ユニコーン企業と呼ばれるようになった会社を突然共同経営者に譲って日本に帰ってきたという経歴を持つ。変わった人物ではあるが、物腰も低く、人当たりも良い。矢部は友人に紹介されて彼に会った時、その博識と予知能力と言えるほどの見識に驚き、彼を秘書にと請うたのであった。
鴻丸は矢部のデスクに近づいた。
「総理、杉山官房長官と麻田財務大臣がお見えです。」
「・・わかった。通してくれ。」
「総理。お体の具合でも?」
矢部は大腸に持病を抱えている。今は回復しているが、また再発する可能性はある。
「いや、大丈夫だ。」
鴻丸が一礼して部屋から出ようとしたとき、矢部が鴻丸を止めた。
「・・すまないが、君も同席してくれませんか。」
「承知しました。」
鴻丸は淀むことなく返事をした後、部屋を出て行った。矢部は椅子に深々と身を委ねる。矢部は途方もなく疲れていた。災害列島の日本にあって毎年のように来る大きな災害も悩みの種ではあるが、今はそれよりも大きな危険が迫ろうとしている。それにどう対処すべきか・・・それが矢部を大きく悩ませているのだ。
しばらくして、杉山と麻田が部屋へ入って来た。
官房長官の杉山は麻田よりも若く、ひょろりとして鶴のような印象をうける。大学も出ていないが、苦労人であり、党内の受けも悪くない。一方、麻田は小男のガッチリした体形でクセが強い。口も悪いがどこか憎めない男だった。彼は総理経験者でもあり、現在は副総理の肩書も持つ。矢部よりも年齢は上であり、矢部の良き理解者といったところか。。
「急なお呼び出しとは、いったい何だね。」
麻田は応接セットのソファーに腰を沈めると、すぐさま愛用の葉巻に火を点けた。杉田はちょっとだけ顔をしかめたが、麻田の隣に腰を下ろした。
「サクラの話かね。それともなにかまずいことでも出てきたのか?」
麻田は美味そうに吸った葉巻の煙を大きく吐き出した。
「昨日、保備老師に呼び出された。」
矢部は二人の反対側に腰掛けると、開口一番に二人にそう言った。
杉山はよく分からない様子だったが、麻田は少しの間口をあんぐりと開けていたが、急に点けたばかりの葉巻を灰皿でもみ消した。にこやかだった顔が険しくなっている。
しかし杉山にはどういう意味か分からずにいた。そして、まだ少し煙を上げている灰皿の葉巻をもう一度もみ消した。
「保備・・・老師?」
杉山はその名に心当たりがなかった。ある程度矢部の交友関係は把握しているが、その名には聞き覚えが無かった。
「君も噂くらいは聞いたことがあるだろう。」
「え? まさか国が危急の事態に陥りそうになると現れるという、あの預言者のことですか?」
杉山は胡散臭い眼で、二人の顔を見比べたが、二人とも険しい顔は変わらなかった。
「僕の時は就任したての頃でね。僕はその手の話には興味はなかったんだが・・・今は後悔しとるよ。」
ノックの音が3回。執務室のドアが開いた。
「失礼します。」
鴻丸はお盆にお茶を乗せ、3人の前に置くと、そのまま矢部の後ろに立った。
「君は悪いが外してくれんか。」
「いや、彼は私がここに居るように命じたんだ。彼の意見も聞いてみたくてね。」
麻田の言葉を矢部が制した。
「保備老師とはどなたです? 中国の方ですか?」
杉山が再び矢部に問いかけた。彼が中国と繋がりが深いのを知っているからだ。
「歴代の総理経験者なら幾人もこの老人に会っている。会わなかったのは野党のバカどもだけだ。」
代わりに麻田が答えた。
「あの時は、総理でもないのに、私に会いに来ましたからね。もしもあの時、わが党の政権であれば、もう少し事情が変わっていたかもしれない。」
矢部は深くため息をついた。
「いい機会だから、君にも話しておこう。」
矢部は鴻丸に話しかけた。
「この国には、昔から為政者のトップにのみ助言をしてくれる保備と名乗る方がいる。それが何のためか、どういう意図をもって為政者に接触するのか分からないのですが、必ず国難と呼べるほどの危急の事態を食い止めるための予言をする。そうたびたび起こる事ではないし、任期が短かったり、何事もなく過ごせた為政者はお目にかかる事は無いのですが、その予言は今までほぼ100%的中してきたと言われています。」
「総理、預言などというものを本当に信じてらっしゃるんですか?」
杉山が一瞬馬鹿にしたような表情で二人を見比べた。仮にも一国の宰相が預言者の言動に左右されるという事はあってはならない。かつてのアメリカの大統領も星占いによって政治のかじ取りをしていたのではという疑惑でスキャンダルになった事例がある。野党には絶好の攻撃材料ではないか。
「預言と言うより、予測能力者と言った方がいいかもしれん。君が前に会ったのは震災の前だろう。その時も注意を促されたそうじゃないか。いったい今度は何を予言されたんだ?」
少しの間矢部は黙っていたが、しばらくしてボソリと呟いた。
「今度はパンデミック(地球規模感染)を予言されました。」
「パンデミック? ・・・まさかそんなことが本当に起こるとでも?」
杉山は笑ったが、二人の表情は硬かった。
「SARSやMERSの時は、我が国への被害はほぼ無かったが、今度は我が国にも被害が及ぶだろうと。しかも今回のウイルスは潜伏期間が長く、症状を確認できぬまま感染を広めるとまで言われた。」
矢部は昨日の事を振り返っていた。
その部屋はほの暗い。なぜなら窓というものが存在しないからだ。明かりはLED照明が点在してはいるものの、部屋の広さをカバーできるだけの量は無かった。
そのだだっ広い部屋の真ん中に、2脚の椅子と粗末なスチール製のテーブルが置かれてあり、矢部はその一つに腰かけて待っていた。広すぎる部屋の中には矢部とSPの田所の二人だけである。
「ざっと見渡しましたが、異常は無いようです。」
「ご苦労様です。君は少しの間、外に出ていてくれませんか。」
「いえ、確かに入口には本橋がおりますが、こんな場所に総理をお一人にする訳にはいきません。」
その時、入口のドアが開いて、矢部たちを案内してきた女性がお茶を持って現れた。
「保備はもうすぐ参りますので、もう少々お待ちください。」
二つのお茶をテーブルに置くと、彼女がすまなそうに田所に向かって言った。
「すみません。護衛の方にはお持ちいたしませんの。そういう決まりになっております。」
「いえ、自分の事はお気遣いなく。これが仕事ですから。」
「では、ごゆっくり。」
女性はにこやかにほほ笑むと、静かに去っていった。
「総理、どうやら自分も居ていいようですね。」
矢部が以前に保備老人と会ったときは、SPは居なかった。国家の危急を知らせられた以前の話の内容から考えると、矢部は誰にもその話を漏らしたくはなかった。
「いや、ここは大丈夫だ。私が会う人は以前からの知り合いだから。」
「いえ、自分の職務は総理をお守りするのが仕事です。」
「いや、だから・・」
「お待たせしました。」
二人はギョッとして声の方向を見た。そこには一人の老人が席に座っていた。そして帽子をとり、テーブルの上へと置いた。
老人は使い古したビジネススーツに身を固め、帽子を目深にかぶっている。足が悪いのかステッキの取っ手をテーブルの端にかけているのが見て取れた。老人は薄い色の銀縁のサングラスをしてはいるが、特に顔を隠してはいない。銀色の髪と口髭はあるが、それはきれいに整えられている。彼の顔は皺が深く刻まれているものの、ほんのりと赤く、健康そうな顔色をしていた。
それにしてもいつ、この部屋に入って来たのだろうか、それも目の間の席に?
「驚かせてしまったようですな。老人は動きが鈍い上に存在が薄いのでね。お気づきにならなかったんでしょう。」
老人は茶碗をゆっくりと口に運ぶと茶をすすった。
「・・・あ、彼はこの部屋から退出しますので・・・。」
老人は手で制した。
「それには及びませんよ。所詮は老人の戯言。聞かれて拙い事は何もありません。信じるか信じないかは聞かれた方の判断にお任せしております。護衛の方も部屋の外ではご心配でしょうから。」
「では自分は少し離れていましょう。」
田所は、矢部から離れると、部屋の壁のもたれかかった。俯瞰する位置で見守ろうというのだ。二人の話を聞こうと思えば聞けない距離ではないが、職務上、知り得た秘密は黙殺するのが決まりである。
矢部は少し落ち着いた。
「保備‥老師ですよね?」
「いかにも、保備です。お久しぶりですな。もっとも任期中に再び私に会いたいとは思わなかったでしょうが。」
「いえ、そんなことは・・・。」
矢部はあきらかに動転している。図星を突かれたからだ。
前に会ったときは未曽有の大災害を予言された。日本で初のメルトダウンについても言及されては、信じざるを得ない。その時の政権は野党が握っていて、彼らは保備老師の申し出を無視した。噂くらいは聞いていたかもしれないが・・・・。それにしても10年も前の頃と印象がまるで変わらない。老人は年を取らないというが、それでもいったいいくつなのだろうか?
「パンデミック・・・と言ったかな? 地球規模での伝染病の流行の事を。」
「パ・・パンデミック?」
矢部の顔から血の気が引いた。
スティーブ・ジョブスが過去に『人類が滅ぶとすれば核戦争などではなく、未知のウィルスによるものだ。』と言ったのは矢部も知っている。
「まさか、またあのSARSが・・・・。」
「恐らく・・・似たようなものでしょうな。しかし、今回のモノはSARSやⅯERSよりも致死率は低いが非常に厄介なものになる。潜伏期間は長く、発症しないままウィルスをまき散らすことが可能だ。しかも人体に潜み、突然発症するサイレントウィルスになる事でしょう。」
「いつ? どこでです?」
矢部の額にうっすらと汗が浮き出ていた。声が低く、小さい。誰にも聞かれたくない話なのだ。
「中国。おそらくは武漢か香港になると思われますな。そして10月から11月にかけて兆候が見られるでしょう。来年には全世界でこの病が蔓延しておる事になるでしょう。死者も100万は下りますまい。」
保備は淀むことなく断言した。
「そんな! 来年にはこの東京でオリンピックが開催されるんですよ!」
矢部は思わず立ち上がっていた。
「急いで対策を立てなければ、しかも極秘裏に! 至急検査体制を整えねば・・」
「無駄でしょう。」
「え?」
「検査をしたところで流行は抑えられない。中国から発生すれば、それは全世界に及ぶのは明らかだ。それに検査で病が治るわけではない。有効な治療薬ももちろん無い。それよりも怖いのは、デマと恐怖をあおりすぎてパニックになる事ではありませんか? 恐らくⅯERSなどよりは致死率がグンと低いはず、肝心なのは死者をいかに抑えるかと言う命題にたどり着くことでしょう。そのためには医療を崩壊させないことだ。違うかね?」
「・・・・・。では・・どうすれば・・。」
矢部は力なく椅子に腰を下ろした。伝染病を封じ込めるには感染者の隔離が一番である。だが、保備老人の考えは違うようだった。
「感染は止めようがない。まして中国からの人の流入を早い段階で止めることはできない。」
確かに保備老人の言う通りだった。来年には国家主席を国賓で呼ぶ事にもなっているし、経済的な面からも渡航封鎖を強行するわけにはいかない。独裁国家ならともかく、少なくともこの国は民主主義国家なのだ。
「症状のある感染者に絞って治療し、重篤患者を減らすことに専念すべきではなかろうか。特に医療関係者への感染は致命的になるので十分注意する事が肝要になるだろう。今からインフラ対策しても遅すぎる。」
「ある程度、放置しろと仰るのですか?」
「・・・・・どの先進国も、ある問題に直面している。これは一種の対策になると考える為政者は出てくるでしょうな・・・・。」
保備老人の言わんとすることは、矢部にもなんとなくわかった。大泉政権時にブレインとしてグローバル化を推進してきた矢部だったが、今はその弊害とも言うべき事象が頭をもたげてきている。サプライチェーンのグローバル化でGDPが頭打ちとなり、日本と言う国家の内需が滞った。国民の収入が減っていく一方で少子高齢化が進み、医療費が一向に減らず、格差も広がりつつある。色んな問題はあるが、人口の抑制も世界規模で対策しなければならない重要事案の一つなのだ。
伝染病は弱者をたたく。老人や子供、病気を持っている人や貧困層などが大きく被害を被る。病は平等に人を襲うと思われがちだが、多くは弱者がかかるのである。それは衛生面での問題であったりもするが、生き残っていくのは常に勝者(金持ち)なのである。
保備は帽子をかぶると、ステッキを手に立ち上がった。
「さて・・あなたは日本人としてその誘惑に勝てますかな・・ご健闘をお祈りします。」
そう言うと、保備は後ろを向いて歩きだす。5~6歩進んだ所で、その姿が消えてしまった。
田所は思わず保備老人の消えた辺りに駆け寄って見回したが、そこには人がいた形跡すらない。何か仕掛けがあるのかもしれないが、田所には皆目見当もつかなかった。
「・・・う~~ん。困ったことになったな。そのパンデミックがいつまで続くか分からんが、来年はオリンピックがある。その損害だけでも数兆円規模の損害が発生するだろう。おまけに世界中に広がったとしたら、世界経済の沈滞が当然起こる。日本やアメリカの株価が一気に下がるだろう。下手をすれば大恐慌が起こるかもしれん。」
麻田は財務大臣だけに、感染よりも経済の方が心配な様子である。
「消費税増税を見送ったらどうでしょう? せめて今から行える対策はそれくらいでは?」
杉山の考えはもっともである。ただでさえ内需の冷え込みは大きく、もしもパンデミックが起これば、経済対策も打ち出さねばならなくなる。
「だめだ。IMFからの圧力も限界だし、第一財務省が難色を示すだろう。」
3人はため息をついた。
「君は、どう思うかね? パンデミックは本当に起こりうる事かな?」
半信半疑の杉山が鴻丸に問いかける。
「そうですね・・・・。」
鴻丸は左手の親指の爪を軽く噛んだ。あまり見栄えのいい癖ではなかったが、思考に入るときの彼のクセである事は矢部も知っていた。
「発生するのが中国・・・武漢、もしくは香港と言ったんですね?」
「ああ。」
「もしも10月・・・それより遅れるとしたら、春節がありますね。」
3人の顔から血の気が引いた。
「あり得ることだと僕は考えます。あまり報道はなされていませんが、今年が天安門事件の30周年と言う節目の年で、中国共産党が異常なまでに警戒しているのはご存知でしょう? それにほとんど報道されていませんが、香港のデモは治まる気配すらない上に、武漢でもデモが日常化しています。武漢にはBSL-4もありますし。」
「では君は中共が意図的にパンデミックを起こそうとしているというのかね?」
「あり得る可能性の一つだと思います。中共が最も恐れているのは現体制の崩壊です。今、香港を失う訳には行きませんし、UKの動きも気になります。間違いなくEU離脱するでしょうし、そうなれば非難が集まっている香港に目を向けかねません。今、協約違反として香港の返還を反故にでもされれば、一帯一路戦略で築き上げてきた中国の世界戦略は一気に崩れかねません。中国国内だけでなく、世界に伝染病が蔓延すれば、中国経済の打撃もさることながら、世界経済にも打撃を与え、中国に対する制裁などには構っていられなくなるでしょう。米中戦争に英国が参戦する事もありうる状況ですから。」
淡々と語る鴻丸の言葉に、3人は言葉を失ってしまった。
「どうでもいいけど、話が長すぎるのニャ。」
「なんだかご機嫌斜めじゃないかね、黒夜。ガトーショコラでも食べるかね?」
土岐はにこやかな顔をしてつまんだケーキを黒夜に差し出した。
「チョコレートは毒ら。猫は人間とは違うのニャ!」
「すまん、すまん。冗談だよ、黒夜。君にはこっちだ。」
「ニャホホーー!」
土岐はポケットから細長いチューブ状の包みを取り出すと、封を切って黒夜に舐めさせた。黒夜の大好物のチュールルという猫用のおやつである。
二人と1匹は喧騒の街中にポツンと取り残されたような小さな公園に居た。人影もまばらな公園の古びたベンチに腰かけている。
周りにほぼ人はいない。小さな子供を連れた親子が滑り台で遊んでいるのが見える。
少し外れたとはいえ、渋谷にこんな場所があるとは、伊吹は思いもよらなかった。
「どうかな。ここなら人もいないし、君のお気に召すかな?」
「・・あ。まあ。」
伊吹は拍子抜けしている
「君は庁舎の中では話すべきと思っているかもしれないが、意外にあそこは外部に筒抜けでね。電話もダメだし、盗聴器や監視カメラもある。我々の部署は都市伝説の一部であることが望ましい。街中ならあまり気にする必要はない。向こうにも黒夜や眩がいれば別だがね。」
「向こう?」
「・・・我々の事を知ろうとする勢力の事だ。実力行使をしてくる場合もある。この仕事は動物保護団体のようなものだが、非常にレアな物に遭遇する機会も多い。そしてそれは人によって、喉から手が出るほど欲しいものだったりするのだよ。」
「・・むう。とりあえずは分かったけど。オープンテラスは止めにしないか?」
「ハハハハハ。」
土岐は口を開けて笑い出した。最初に会ったときは、この人は笑うという事があるのかと思うくらい難しい顔をしていた。もっともその後は1度しか会ってはいないのだが・・・・。
「わかった。今後は少し配慮しよう。それよりもお待ちかねの仕事の話だ。」
伊吹は食い入るような眼で土岐の顔を見つめた。
「君はニュースを見ているかね?」
「いいや。ほとんど見る事は。新聞も取ってないし。」
「それでは徳島県で子供が失踪したニュースは聞いたこともないか?」
「ああ・・それならさっきテレビで・・。でもそれが何か関係してるのか?」
「山道で父親と一緒に居た男の子が、父親が目を離した僅か40秒の間に失踪した。突然吹いた一迅の風と共にな。」
「まさか風鳥が来たのかニャ?」
黒夜はチュールルを食べ終えて、しきりに体を舐めている。
「ご名答だ。黒夜。」
黒夜は体を舐めるのを止めて、じっと土岐の顔を見た。土岐もしばらく黙って黒夜の顔を見ている。やがて、黒夜の眼は半眼になり、小さくため息をついた。
「家に帰るニャ、伊吹。」
「え? まだ何も聞いてないぞ?」
「もういいのら。話は済んだのニャ。」
「テレパシーかよ・・・。それならわざわざ・・・」
「会わなくても良い。確かにそうだが、会わねば分からぬこともある。」
カァー とどこかでカラスが鳴いた。
「君は黒夜のサポートをしてくれ。詳しい話は道中で黒夜に聞け。今回は以上だ。」
土岐は立ち上がると、黒夜と伊吹を残してさっさと立ち去って行った。
「俺が・・・・サポート!?」
「当たり前なのら、お前は下僕ニャ!」
さぁーっと風が吹いた。まるで伊吹を嘲笑するかのように。
2020年3月。
世はコロナウイルスで騒がしい。
巷では色んな陰謀説が流れているが、自分は中共陰謀説がもっともらしいと思えるのである。今回はそれを物語の中にちょいと組み込んでみました。