閻 皇 鬼 E
黒夜が車中で突然苦しみだした。いったい何が起こったのか、四国の片田舎で一人呆然とする伊吹だったが、あることに気が付いた伊吹は那由他との接触に成功する。果たして黒夜はどうなるのか? 伊吹を待ち受ける運命とは!
てな具合に始めるかと思いきや、いったんは英国ヒースロー空港から始まります。さて、筆者は行ったことないし、どうしようか・・・?
――― 英国 ヒースロー空港 ―――
メリッサはこの3人に、なぜか違和感を感じていた。
日本から観光に訪れた家族なのだが、どうも違うように感じる。パスポートにもビザにも何の問題もないし、手荷物にも不審なものは見受けられなかった。だがどうしても払しょくしきれない何かを感じている。
見た目は老齢の祖父、その孫の男女である。
男性は独身で20階後半、姉はアラフォーと言ったところか、結婚して苗字が変わっている。
今、メリッサの応対をしているのは男性の方なのだが、日本人のクセにポール・スミスのスーツを見事に着こなし違和感がない。ハンサムという感じではないが、人懐っこい笑顔は好感が持てた。
彼の名は加藤直行と言った。一見するとただのビジネスマンのように見えるが、芸術的な雰囲気もあり、アスリートが醸し出す自信と快活さも兼ね備えている。茶色に輝く瞳は、彼の頭脳が明晰であると言っているし、穏やかで控えめでありながら、いざ何かを実行しようとすれば粘り強く確実に実行するタイプ。経営者ならばかなりの辣腕なのではないかと思える。メリッサは彼よりも年上で、夫も子供もいるが、もし独身なら一目で惹かれていたかもしれない。
「観光ですか?」
「ええ。祖父が70歳になったお祝いにイギリスに行ってみたいと言いますので、あちこち回ってみようかと思っています。幸い足腰はまだまだ丈夫ですのでね。」
と、彼は流暢な英語で返答をする。
「随分、英語がお上手ですね?」
「家庭教師には随分と絞られましたから。」
そういうと青年は朗らかに笑った。
「そうではありません。あなたの英語はブリティッシュイングリッシュです。日本人にしては珍しいのでは?」
「実は僕の家庭教師がイギリス人だったのです。今はドイツにいるそうですが、彼女にはいろいろ聞いていますので、それをじかに見るのが楽しみなのです。たぶん祖父が言ってみたいと言い出したのも、彼女の影響でしょう。」
ちらりと彼の祖父を見ると、われ関せずといった風を装っている。
ジェームスロックの灰色のキャスケットを被り、フロックコートとスーツはオースチンリードだし、上流階級の家族のように見えるが、もしかしたらシャーロキアンなのかもしれない。コスプレで奮発した可能性もあるけれど、彼ら三人にはどことなく気品のようなオーラが漂っている気がする。それに老人も彼の姉も不愛想にみえるが、どことなく近寄りがたい雰囲気を持っているのだ。
「本当に観光ですか? その格好で?」
「ええ。」
「私にはあなたがビジネスでこの国を訪れたようにしか見えないわ。」
「たしかに僕はビジネスマンですが、今回は本当に観光です。」
意地悪な質問にも眉一つ動かさず、彼は屈託のない笑顔を崩さない。
「あなた、星座は?」
「え? ああ・・てんびん座ですね。」
青年は少し居を突かれたようだが、笑顔で答えた。
「どこへ観光に行く予定なの?」
「そうですね。しばらくはロンドンで観光をして、あちこちに回ってみる予定です。ストーンヘンジにも興味がありますし、嵐が丘のセリフにある荒野も見てみたい。荒野に吹く風を実際に体験してみたいですねえ。」
「あなた演劇にも詳しいの?」
「友人にそっち関係の人間が居まして、そうとうチケットを買わされましたから、シェークスピアもけっこう観てますよ。」
「じゃあ、趣味は演劇鑑賞なの?」
「そうですね、趣味と言うほどではありませんが、お芝居を見るのは好きです。」
「ご自分で舞台には立たれたことは?」
「まさか。僕が舞台に立ったら、お客様が怒って帰ってしまわれますよ。」
青年ははにかんだように笑った。頬が少し紅潮している。
「シェークスピアでは何が好き?」
「リヤ王・・かな? 」
「私はだんぜん・・・」
「メリッサ。」
同僚のロバートが声をかけた。
メリッサは気が付いた・・・・彼らの後ろがつかえているのだ。
「・・・・分かりました。書類上も、手荷物にも、なにも問題は無いようです。では良い旅を。」
「ありがとう。」
3人はカウンターを離れて歩き出した。
メリッサは彼らを視線で追う。
「メリッサ!」
ロバートが目で彼女を促した。目の前に新婚らしい日本人カップルが立っていた。
「このような雑務は私にお任せください。あなたは人間には毒でしかないのですから。」
歩きながら女が言った。
「そうかなあ。僕の笑顔はぎこちなかったかい、ツクヨミ?」
「ここではカオリとお呼びください。」
「はい、分かりました。」
青年は窘められたことに、腹を立てるでもなく、どこ吹く風と受け流している。
「いいですか、あなたに任せると無用なトラブルに巻き込まれそうになるからです。会見は明日です。それまでにお兄様の家まで行かねばなりません。これからは万事私にお任せ願います。」
「そんなあ。僕だって少しは旅を楽しみたいよォ。」
「お上。」
安食佳織の目が鋭くにらんでいた。
「・・・分かった。分かりましたよカオリ。僕は君の言うとおりにするからその目はやめておくれ。」
「それがようございますな、お上。」
老人がにこやかな顔で言った。しかしその眼は笑ってはいなかった。
メリッサのいるテーブルにロバートが近寄って来た。手にはコーヒーを持っている。メリッサに言わせると、英国人のクセにアフタヌーンティーにコーヒーを飲むロバートは英国人の風上にも置けないという事になるらしい。
「ここ、良いかい?」
ロバートはメリッサの返事を待たずに隣の席に着いた。
「なに? 」
「いや、ボーっとしているようだったからね。少し・・ね。」
「何でもないわ。少し考え事をしてただけ。」
確かにメリッサはアフタヌーンティーでもぼんやりした様子など見せるタイプではない。
「さっきの3人連れに引っかかってるのか?」
メリッサの頬が、薄く朱色に染まった。
「まさか! 失礼ね、ボビー。」
反論しようとするメリッサを、ロバートが手で遮った。
「いいかい、メリッサ・・」
ロバートはコーヒーを口にした。少し気持ちを落ち着けようとしているようにも見える。
「僕の友人に、犯罪心理学を専門にした精神科医がいるんだが・・・・」
メリッサにはロバートが何を言い出すのかよくわからなかった。
「そいつが言う事には、ある種の犯罪者はとても興味深く、そして魅力的なのだと言うんだ。あの3人は僕の目から見ても、ひどく心惹かれる人たちに見えたよ。あの一瞬で君は彼に恋した。」
「ボビー!」
「まあまあ、待てよ。君が恋に落ちたと言っている訳じゃない。・・んー。何というか、例えるなら吸血鬼には魅惑という呪文と言うかスキルというのがあるだろう。そんな感じに見えたよ、君の顔は。」
メリッサはテーブルに置かれた紅茶に眼を落した。
確かにそうかもしれないという自覚がある。
「気になるのは分かる。僕らの仕事ではファーストコンタクトでの印象はとても大事だ。だが、僕には彼らの中に禍々しいものも内包しているように感じられたよ。たぶん、君もそうなんじゃないか? だから気になるのさ。」
「・・・・ええ、そうね。」
「僕の友人曰く、シリアルキラーと呼ばれる犯罪者は、概ね人付き合いもよく、快活で、おしゃべりだ。映画のように暗い所に籠った根暗な人間より、一見しただけでは分からない普通の人の皮を被っているんだそうだ。
だから、友人として忠告しておく。今後、彼らを再び見かけたとしても、絶対に近づくな。」
ロバートはそれだけ言うと、コーヒーを飲み干し、立ち去って行った。
(嫉妬? まさか。)
彼女は妄想を振り払うように頭を振ると、残った紅茶を口に運んだ。
(どのみち、彼らとは二度と会うこともないはず。)
冷めた紅茶がいつもより苦く感じた。
実はずっと具合が悪い。冬場がめちゃくちゃ忙しいのが祟って、春はいつもこんな具合になるのだが、今年はひときわつらい状況が続いている。それでも何とか書き始めた訳なのだですが、先ずは前回のあとがきにも書いた通り、物語の輪郭を説明しとこうと思います。劇的な事は何も起こらない章になると思うのですが、登場人物がいきなり増えることになりそうで、そろそろ全部整理しないとかなり突っ込みを入れられるのではないかと思われます。
えーと、突っ込んでくださって結構です。もっとも、あまり恩でくださる方も少ないとは思うので、そのへんは適当にやっちゃう・・・かな(笑)




