風 鳥 鬼 ⑫
ミッションは終了した・・・のか?
<風 鳥>は麻酔を打たれ、眠りについた。
あとは百目鬼を待つだけである。・・・・のだが。
<風 鳥>の本当の姿を、伊吹は初めて見た。クラマは「嘴で・・・」と言ったが、<風 鳥>に嘴は無かった。顔はどちらかというとオオサンショウウオのようで、平らな頭に角が2本と兎のような長い耳を持ち、皮膚はルビーのような輝きを持ったうろこで覆われている。姿自体はトカゲのような感じで、長い尻尾と蝙蝠のような大きな羽を持ち、背びれが赤く尖っている。4足歩行をするようだが、前足は後ろ脚に比べて小さい。犬のように走れるのだろうか? あの時のエメラルド色した瞳は閉じられた瞼の奥に隠されて見えないが、麻酔で眠っている口元からは涎とともに長く赤い舌がだらりと伸びていた。特定の牙は無く、鋭い歯が行儀よく並んでいる。やはり噛まれでもしたらひとたまりもなかろう。どことなく愛嬌を感じる顔であった。鳥と言うよりは西洋風の竜、<ドラゴン>の形状に近い。
伊吹はスマホの電源を入れた。しばらくすれば百目鬼がGPSで察知してここに姿を現すだろう。そのためのスマホである。充電は怠らなかったが、天気の悪い日が続いたときは冷や汗ものだった。
ピューピューっという風の音にも似た<風 鳥>の雛の鳴き声が岩の方から聞こえた。巨大な岩は平らに切断された断面を上に、バスケットボール大の穴が5つほど抉られ、それぞれが溝でつながっている。下手くそな<人の絵>のようにも見えるし、根っこのついた木のような絵にも見える。だが<風 鳥>の造形は絵ではなく、一つの窪みに入れた羊水がそれぞれの卵の入った窪みにまんべんなく届くように設計されている。実際には爪で掘ったのだろうが、砂岩とはいえ、大変な労力に違いない。しかしそのお陰で雛が育つのだ。今もその穴にはやや黄色味がかった羊水で満たされ、その中に雛が1羽ずついる。4羽の雛は孵化したばかりだというのに、短くもか弱い手足で必死に穴から出ようとしている。そのどれもが赤い。体が薄く透けてはいるが、輪郭ははっきりして親に似ている。
「小さいってのは可愛く見えるもんだな。」
「馬鹿タレ、吾輩の方がずっと・・」
「ア~~~ホ。」
「だーれが、阿保ニャ! 下僕の分際で!」
「それより、この水を汲むのが俺たちの仕事だろう。なあ、このポンプってどう使うんだ?」
黒夜はニヤッと笑った。
「愚か者ニャ。」
それでも黒夜は約束通りプコプコポンプの使い方を教えてくれた。透明な簡易容器は3リットルの羊水で満たされた。すると、黒夜はこぼれた羊水をぴちゃぴちゃとを舐め始めた。
「美味いのか?」
「ば~か。<風 鳥>の羊水は万能感染症予防薬なのニャ。お前も少し飲んでおくニャ。」
伊吹は恐る恐る岩の窪みに人差し指をつけて臭いを嗅いでみる。
なんの臭いもしない。
その指を今度は口に入れてみると、苦いような酸っぱいような変な味がした。少し鉄臭いのは血のせいか?
「うーん。まずい。」
「青汁じゃないのラ。もうちょっと舐めておくニャ。」
「ああ。」
伊吹は黒夜に言われるまま、手ですくって口に入れる。
一番上の窪みは深く、3リットルの羊水を汲んでもまだ残っていたのだが、そこで伊吹はある物を見つけた。
それは小さな、白い運動靴だった。
きっと、あの子の運動靴だろう。白い靴に血糊の跡が残っていた。
伊吹は無意識に目を瞑り、静かにその靴に手を合わせた。
そして、その靴を窪みから拾うと、岩の傍に咲いていた花の脇を掘り、その靴を埋め、身じろぎもせずに手を合わせている。
黒夜はその伊吹の背中をじっと見つめていた。
「それにしてもクロ。百目鬼は来るのか?」
ピューピューという雛たちの声が伊吹の近くでした。いや、近づいてきた。
窪みから這い出た雛たちは岩のあちこちから伊吹の方によって来て、餌でもねだっているかのように激しく鳴き始めたのである。
「え? なんでだ?」
「ニャハハハ。良かったニャ伊吹。こいつらはお前を親と認識したニャン。」
「えええーっ! なっ!!」
「雛は最初に動いている物を、親だと認識するにゃ。」
伊吹が振り返ると黒夜が意地悪そうに笑っていた。
「ま・・・マジかよ。どうすりゃいい? こいつら、俺が育てるのか?」
「それがいいかもニャン。」
黒夜は腹を抱えて笑い転げていた。
伊吹はマンションの部屋の中で雛が巨大に成長した姿を思い浮かべて、思わず首を振った。
(いくらなんでも・・・・・ムリ。)
かといって、動物園に保護をお願いする訳にもいかないだろう。なにせこいつらは鬼界の住人なのだから。
その時、遠くから風を切り裂く低いプロペラ音がした。
伊吹がその方向を見ると、大型のドローンの編隊がこちらに向かってくるのが見えた。そしてそれはどんどんとこちらに近づいて来るではないか。
その一機の下にブランコが付いていて、長髪らしき人影が見える。
「百目鬼・・か?」
伊吹は思わずプッと吹いた。
その姿が滑稽なのは言うまでもないが、ドローンがカラスならまぎれもなくゲゲゲの鬼○郎である。ともかくそのO太郎もどきは一人で6機のドローンの編隊を操っているのである。器用というより曲芸に近い。それも笑える。
「どうせならチャンチャンコを着てくりゃいいのに。」
ドローンはVoloDroneのようである。最大積載量200kgを誇る現時点では最も大きい農業用ドローンである。(もっとも、最大積載量2tのドローンも存在するが、ドローンというより形状は無人飛行機である。ちなみに最大積載量200kgの乗用ドローンや、ドローンバイクなども存在する。)
「まさか、あれでこいつを運ぶつもりか??」
確かに重さは1tはあるに違いない。だが、どうやって?
百目鬼は伊吹たちの上空でホバリングすると、上空からベルトスリングの雨を降らせた。
「わあっ! てめえ! あぶねえじゃねえか!」
「それで、吊り上げるつもりニャ。」
「ゲッ、俺一人でか・・・?」
重さ1tもある眠った<風 鳥>を一人でなんか持ち上がるわけがない。それでも汗だくになりながら、ベルトスリングを手足に引っ掛け、蛇口をホバリングしたドローンに取り付けることに成功した。百目鬼はドローンで<風 鳥>を少しだけ地上から浮かせると、ブランコから飛び降り、伊吹のそばでピューピュー鳴いている雛たちをアイスボックスに詰め込んだ。
「おい、氷は入れてねえだろうな?」
「心配かい? 親として?」
「バカか、おめえは! 俺は独身だぞ!」
「気にするところはそこか。」
「いや、そんなんじゃねえけど、かわいそうだろ。」
百目鬼は微笑むように笑った。常にクールな表情を崩さない百目鬼の笑顔を初めて伊吹は見た。
「お前は、自分の任務さえ果たせればそれでいい。私のする事はお前には関係がない。」
百目鬼は冷たく言い放った。相変わらず癪に障る男である。
百目鬼は浮かんだ<風 鳥>に飛び乗った。地上から2mくらいは浮かんでいる筈なのに造作もなく飛び乗ったのである。確かに人間ではなさそうだ。
後ろ向きだからはっきりとは分からなかったが、おそらくこの前と同じように印を結んでいるのだろう。ぼんやりと青く光っているような感じがした。きっと額の第三の目が開いているだろう。それが伊吹に埋め込まれた眼核のような物なのか、人の目のような物なのかは確認することはできなかった。
地面から浮いた<風 鳥>は脱皮した抜け殻を残して、百目鬼とともに異空間へと忽然と消え失せた。アニメのように眩い光が・・・などと言うことはなく、映画のフィルムが途中で切られたかのようにあっけなかった。
ちょっとだけ引っ張られるような感じがしただけである。
「行っちゃったニャ。」
「・・・・で、この抜け殻と、あの男と、残ったこの水はどうすんだ?」
「それは我々が引き受けよう。」
恐ろしいほどの殺気と、聞き覚えのある声が、同時に聞こえた!
伊吹は又も反射的に殺気の放たれた方向から弾けるように飛び跳ねた。
「まさか、その声は!?」
「久しぶりだな。」
空気の間から、一人の男が突如現れた。まるで初めからそこにいたのに、視認できなかったとでも言うような現れ方だ。
そして・・・・その男を、伊吹はよく知っていた。
自衛隊の迷彩服に身を包んだその男の名は・・
「堂島教官・・・!!」
「久しぶりだな、伊吹よぅ。」
堂島は伊吹を見てニヤニヤと笑っていた。伊吹が抉った右目には黒い眼帯が付けられている。
堂島はどうやら龍の抜け殻から作られた量子迷彩のベールを被っていたらしい。よく見ると堂島の傍には軍靴の一部だけが見える。彼の部下たちがいるようだ。その数は5・・・6、7人。
(どうして、こんなところに・・)
手のひらがねばりつく・・・、
堂島は坊主頭というより、スキンヘッドの頭をつるりと撫でた。
その顔にはいくつかの傷跡が見える。彼の傷は顔だけではない。服を脱げば大小の傷跡があり、自衛隊時代にはヤー公というのがあだ名で、彼を指すのに指で頬をなぞるのが仲間たちの隠語だった。気性が荒く、大した理由もなく、よく新人隊員を殴っていたものである。自衛官でなければ、パワハラ上司として訴えられていたに違いない。
「隊長、我々が不用意に姿を見せるのは命令違反です。」
「まあ、そう言うなよ。新井。」
「しかし・・」
伊吹が知っている堂島なら、この新井という人物は瞬殺されている。
「こいつは昔の馴染みなんだ。ちょっと訳アリなのさ。お前たちは迷彩を脱いで、作業にかかってくれ。」
すこしの間があって後、彼らは迷彩を脱ぐと、<風 鳥>の羊水と脱皮した抜け殻を回収し始めた。伊吹が撃ったあの男も隊員の一人に担がれていたらしい。厳重に縛りなおされ地面に転がっていた。
隊員の内、数名はパワードスーツを装着している。重量物を運搬するのが最初からの目的のようであった。
「済まねえな。ちぃーっと顔貸してくれや。」
堂島は伊吹にそう言うと、にっこり笑って歩き出した。伊吹について来いという意思表示だ。
伊吹は覚悟を決めて堂島についてゆく。そして黒夜も。
<風 鳥>が脱皮した現場から、少しばかり離れた開けた場所に着いた。堂島は大きく伸びをする。
「久しぶりにちょっと闘ろうか?」
言うか言わぬかのうちに後ろ向きのまま堂島はいきなりお辞儀をした。
いや、お辞儀ではない。上半身を前方に思いきり下げたのだ。左足が伊吹に向かって水平に向かってくる。伊吹は後ろに大きく飛んだ。
黒夜はいきなり始まった戦いを高みの見物としゃれこむつもりか、近くの松の木に駆け上がって枝の上であくびをする。
(やっぱりか!)
伊吹は後ろに大きく飛んだが、斜面だったため大きく飛び過ぎた。駆け上がって反撃するには遠すぎる。しかし、堂島は坂を駆け下るというより、転がりながら間合いを詰める。手入れのされた場所ではないから、擦り傷が付くがお構いなしである。
(まずい!)
平地ならともかく、斜面であれば上にいるほうが有利だ。パンチひとつとっても下から上に上げるより、上から振り下ろす方が当然重い。その時伊吹の足場が崩れ、滑って転倒した。
(やられる・・・・・・・・・・!)
ところがだ!
「つまんねえぞ。立てよ、伊吹。」
伊吹の予想に反して、堂島は襲って来るのをやめた。そのすきに伊吹は素早く体制を立て直して構える。それでも堂島は襲ってこなかった。
「お前、なまったんじゃないか?・・・・」
「言ってろ。俺はトレーニングは欠かしてねえよ。」
「そんなんじゃダメよ。実戦じゃなきゃあな。」
堂島はニタリと笑う。
「よし、じゃあこうしよう。ハンデをやる。俺は右腕を使わねえ。それで行こうぜ。」
「なめやがって・・・。」
その瞬間、堂島が跳んだ。空中で前転して伊吹の脳天に踵落としを繰り出したのだ。伊吹は躱せず、両腕をクロスさせて堂島の蹴りを受けた。両腕が痺れるほど痛い。たまらずに伊吹は後ろに仰け反ると、今度はクルクルとコマのように回転しながら下方から連続で蹴りを繰り出す。回し蹴り、後ろ回し蹴り、裏拳が切れ目なく伊吹を襲う。そのリズミカルな動きに翻弄されるように、伊吹は後退する一方だった。
「カポエラか!」
「半分正解!」
堂島は笑いながら答えた。
「でかい図体のクセしやがって!!」
「でかいのはお前も同じだろうが!」
伊吹は横に逃げようとするが、堂島は蹴りで巧みにそれを阻止する。とにかく蹴りの角度が多彩なのだ。しかもパターンが読めない。ゴロゴロと転がりながら思いもよらない位置から蹴りを繰り出してくる。しかもこちらからは常に大地を背にして受け身の姿勢をとられているため攻撃がしにくい。当たっても大したダメージは与えられないだろう。しかも思いきり近くにいても離れても、同じような間合いで攻めてくるかのようである。伊吹たちは最初の位置からすでに数十メートルは下っている。
「あんまり離れると見えなくなるニャ。」
黒夜は前足を枕にうつぶせになって、つまらなそうにしていた。
(くそっ! もっと低くだ!)
伊吹は上と横からくる蹴りを躱しながら、前のめりになって堂島の軸腕を狙う。掴んでグランドに持ち込めば、少しは勝機もある。グランドも堂島は得意だが、先に奴の右腕を折ってしまえばなんとかなる。伊吹はその一瞬に賭けた!
「え?」
草に隠れてよく見えなかったが、堂島の右腕は消えていた。本当にないのだ!
風を切る轟音とともに、下から激しい圧力の塊が向かってくるのを伊吹は感じた。
(やばい! よけられねえ!)
伊吹はわずかに首を後ろに向けるしか手立てはない。その圧力は伊吹の額に当たった。
伊吹はカウンターを食らった形になり、脳が激しく揺さぶられる。むち打ちにでもなったか、後頭部の首のあたりが酷く痛む。伊吹は背中を大地にしたたか打ち付けた。すぐに立ち上がろうとしたが、グラグラと空間がゆがむようで立ち上がれずにしりもちをついた。どうも軽い脳震盪を起こしたようだ。
「なんだ、もう終わりか? 本当になまっちまったな、お前。」
堂島は伊吹から少し離れたところにしゃがみこんだ。やはり右腕は消失・・しているように見える。だがそ本当は最初に彼が被っていた量子迷彩を腕に巻いていただけだった。堂島は量子迷彩のポンチョをクルクルと巻くと、ベルトのポーチにしまい込み、代わりにタバコを取り出すとジッポーで火を点ける。
どうやらもう争う気は無くしたようである。
「これで終わりなのか・・・?」
ふらつく体を起こして伊吹は問う。闘気は失っていなかったが、膝が笑っていた。
「つまらん。久しぶりだというのにがっかりしたよ。」
「そういう意味じゃない。俺を殺るんじゃねえのかよ?」
「続きをやろうってのか?」
伊吹の全身に緊張が走る。
だが、堂島が放っていたあの殺気はすでに消えていた。
「なぜ? どうして俺がお前と殺りあわなきゃならん?」
「・・・俺が、あんたの目を潰した。」
堂島は深くため息をつくと、にこやかに笑った。
「確かに。確かにそうだ。」
飛びかかろうとした伊吹を、堂島は手で制止した。
「待てよ。俺はお前に謝りたいと思っていたんだ。」
「何だと?」
「殺気を放ったのは冗談だ。悪かったな。」
伊吹の緊張は続いていた。にこやかに笑っているからと言って油断はできない。殺気を出さずに人を殺すことが出来る人間もいる。伊吹は堂島の間合いに入らないように注意深く距離をとっていた。
「本当はな、お前はこの俺の部隊に選出されるハズだったんだ。」
「どういう意味だ?」
「あの時の事は・・実は選抜試験だったのさ。そして特戦群の俺の部下になるハズだったんだ。」
特選群とは正式な名称を陸上自衛隊特殊作戦群と言い、自衛隊の特殊部隊の総称で、陸上自衛隊・中央即応集団所属の特殊部隊(SOF)である。その実態は不明だが、米軍のネイビーシールズなどに代表されるような超エリート部隊であり、対テロ作戦が主力任務と言われている。
だが、本当は不可能作戦を遂行するための部隊であり、敵地への潜入破壊工作などの任務をこなすための部隊ではないかと言われている。ゆえにその詳細も規模も公表されていない。
「俺の部隊は特戦群の中でも特に秘密裏に集められた連中で構成されている。退官することさえ許されず、一生を国のために陰で支える仕事だ。ま、それは今のお前も同じだろうが・・・な。」
確かにその通りだった。こんな仕事の内容を人に言っても信じては貰えないだろうし、漏らしたらどうなるかは・・・・おそらく想像通りなのだろう。
「伊吹よう、お前、今のままのレベルじゃいずれ死ぬぞ。」
余計なお世話だと言い返したかったが、圧倒的な力の差を見せつけられた今は、返す言葉もなかった。
「俺をずっと見張っていたのは、あんたらか?」
「そうだ。」
「なぜ?」
「理由は二つある。一つは龍の抜け殻を確保するため。もう一つはお前がヤツに殺られないようにするため。」
「フフッ。俺はずっとあんたらにお守りされてたって訳かよ!」
伊吹は屈辱に身を震わせた。堂島が言うヤツとは金の事だろう。伊吹が常に金の標的にされているのを知りながら、ずっと見守っていたわけである。
「それは違うな。」
「どういう意味だ?」
「お前はオトリだ。龍の抜け殻を狙うヤツが金一人なのか、それとももっと他にいるのかを見極める必要があった。お前をオトリにして我々はそれを探っていた。わざと情報を漏らしたのもそのためだ。それに俺はもう一つ理由があったと思うね。上は我々に手出しするなと言いたかったんじゃないか? 見せしめだよ。」
「上? 総理大臣か?」
堂島は声を立てて笑った。
「やっぱり、馬鹿だなお前は。」
堂島はゲラゲラと笑い転げた。
「ざけんな!」
「アハ、ハ・・まあいい。この仕事で生き延びて行けるなら、いずれお前にも分かるさ。」
「チ! 俺は面白くねえ! 大体、量子ステルスにそれほどの価値があんのかよ! 今は無人で戦争できる時代だぞ!」
堂島の顔が真顔になった。
「やっぱりバカだな、お前は。<風 鳥>が運んできたものが、抜け殻だけだと思ってるのかよ。」
「どういう意味だ?」
「その話は黒夜にでも聞け。お前の仕事はこれで終わりだ。お前が回収した羊水も俺たちが預かる。異存はないな。」
異存は大ありだったが、この堂島は黒夜の事まで知っている。おそらく正体は百目鬼と同じ鬼界の鬼なのだろう。ここで堂島に逆らっても、力の差は歴然としている。伊吹は悔しかったが、コクリと肯いた。
「じゃあな。これでお別れだ。お前えもさっさと下山しろ。」
「待て、一つだけ教えてくれ。」
「答えられる事ならな。」
「俺に恨みはないのか?」
「・・・なぜ?」
「・・だから、あんたの目だ」
「ああ、これか。悪かったな、忘れてたよ。お前に潰されたんだっけな。」
堂島は右目の眼帯をめくって見せた。
「・・・どういう事だ? 義眼にしちゃ・・」
堂島のめくった眼帯の下には、やや傷は残っているものの、ちゃんとした茶色い目が動いていた。確かに伊吹は堂島の右目をえぐり取ったはずだ。眼球を移植するなど、今の医療技術でもできやしない。
「義眼じゃねえ。正真正銘、俺の目だ。あれぐらいなら半年もあれば元通りになる。」
気づくと戦闘で傷だらけだった堂島の肌にできた傷は、瘡蓋が剥がれる寸前だった。
「ひとつだけ、お前えに行っておく。お前えは一人じゃねえ。お前がフロントで戦うってことは、その後ろに幾人ものサポートが居る。それを忘れるな。お前がポシャれば、全員に影響するんだ。肝に銘じて置け。」
伊吹は言い返せなかった。自分の力不足を痛感させられた。
「じゃあな、いつかまた会おう。」
そういうと、堂島は一気に坂を駆け下っていった。
「にゃ~~ん。」
「ちっ。」
いつの間にか、黒夜が伊吹の腕に体をこすりつけていた。
「くそっ。お前、最初から知ってたな?」
「当たり前ニャ。」
「俺と堂島さんとのケンカも、高みの見物って訳かっ。」
「黄鬼と生身で戦うバカはお前だけニャ。」
「・・・・クソッ!」
「吾輩たちも帰るニャ。」
黒夜はそういうと伊吹の肩に乗った。
黄鬼の堂島には実はモデルがいる。不死身の日本兵舩坂弘氏である。彼の逸話は常人の息を逸している。誰かが作り上げた嘘じゃないかと思えるほどの話なのだが、実話だそうである。彼の逸話は別の読み物に詳しいので、ここでは割愛するが、驚くべき人であるのは言うまでもない。ちなみに舩坂氏は大盛堂書店の創始者でもある。
舩坂氏のイメージで黄鬼を思いついたが、ご本人とは一切関係がない。故人の名誉を傷つける意図はないの事を改めて書き記しておく。