風 鳥 鬼 ⑪
いよいよ<風 鳥>捕獲作戦の始まりです。金は伊吹の暗殺に成功するのか? 龍の抜け殻を手にするのはいったい誰なのか? えーと百目鬼はいつ出てくるのか? 黒夜はちゅ~るるにありつけるのか?
それにしても枝葉の長い話になっちまったな。どっちかというと本題はあまり本編と関係がないかもしれない( ̄▽ ̄;) 読んでみて面白かったらコメントください。誤字脱字変換ミス、お怒り、励まし、お待ちしております。
春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。
今は秋だが、まさにそんな感じの夜明けだ。山際にたなびく雲が次第に青みを帯びた紫色から白い雲へと変貌してゆく。小鳥の囀りが山のあちこちから聞こえ始めると、静かだった闇と幻想の世界が、次第に現実味を帯びてくるような気になる。
<風 鳥>がいる岩場の岩肌に、剃刀で切ったような細く赤い筋ができた。おぼろげな朝の光はまだ弱弱しいが茶色の岩肌がそこだけ細い線の朱色に輝く、その赤は見事なまでに赤かった。赤い光を放っているようにさえ見えた。赤い亀裂は卵がむけるように広がり、細長い線は長く伸びてゆく。すると線の入った付近の様子が次第に変わってゆくのだ。ゆるゆると岩肌が歪み、プリンのように震えているように見える。
<風 鳥>の脱皮が始まったのである。
「動いた!」
金は覗いたスコープの先にいる伊吹が、陣地を抜け出し、クロスボウを手にどこかへ向かおうとしているのに気づいたのである。今までとは全く違う動きだった。そもそもこんな時間に動き出すことは今までになかったのである。
「いよいよ狩りの時間だね、ピンイン。あのクソ野郎をやっと・・」
金の口元に白い歯が見え隠れする。ようやく彼の本性が露わになる時が来たのだ。
「チィ!」
金が舌打ちした。
伊吹が崖を降り、藪に入ったのである。障害物が多く目標をうまく補足できない。
焦りから手が汗で粘つく。
(赤外線に変えるか?)
金がそう思った時だった。スコープのレンズが端からじわじわと黒くなって行くのを感じた。そしてそれは黒い塵が蠢いているようにも見える。
(バカな、ここで故障だと!?)
黒い塵はアニメーションのように中央に集まり、1匹の黒猫に変わった。
「にゃあぁああおぉ~~~。」
猫が狼のように雄叫びを上げるなら、きっとこんな声だったろう。それは確かに金の耳に届いた。
(ン!・・何だ?)
金は左の脇腹の辺りにチクチクとする痛みを感じた。針とは違ってもっと大きな刃物が脇腹をゆっくり刺す。それが2度3度。やや間が開いた瞬間、強烈な痛みが脇腹に起こった。
「ぐぅあ、はっ!」
金はたまらず小さく叫んだ。
この痛みは彼にも経験がある。刃物で刺されたのだ。脇腹が燃えるように熱い。左手で脇腹を抑えるが、そこには何もない。服も裂けてはいなかった。
「がああ、はあっ!」
次はその刃物が右の脇腹へと移動した。
(な・・・なんだこれは!)
何もないはずなのに痛みだけが体を襲うのだ。しかも病気の類の痛みではない、まさに外傷での痛みに他ならないのだ。
ガツン!
思い切り木刀で殴られたような痛みが首筋を襲った。
金はまたも叫ぼうとしたが、声が出ない。口で大きく空気を吸っているのに喉から空気が漏れているように感じる。額が布に当たる感触がして後頭部に軽い痛みが走る。小石が顔に耳に当たる感触がする。まるで首だけが地面を転がっているかのようだ。しかし苦しいのはそこではない。酸素が脳に入ってこない。呼吸の出来ない苦しみが続いて意識が次第に朦朧としてくる。
「はああっ!!」
大きな叫びと共に、金は我に返った。痛みは消えた。しかし息が上がっている。心臓が早鐘のように鳴っている。そっと後頭部を撫でてみたが、血が出ている気配がない。腹も同じだ。
(何だったんだ・・・・今のは。)
その時、彼は気づいた。
自分の周りに誰かいることを。見えはしない。それこそ気配だけを感じている。どうやら取り囲まれているようだが、本当に誰もいなかった!
ずん!
音がした気がしたが、音はしていない。代わりに背中から胸にかけて物凄い熱さを感じる。また痛みだ! 背中から長い刃物で貫かれたのである。肺を刺されて呼吸が苦しい。喉の奥から血がこみ上げてくる。
「がはあああ!はひゅー!」
金はたまらず血を吐いた。
吐いたはずの血が見えない。痛みと苦しみだけが金を襲うのだ。
彼は地面を這いずる。立てない。狙撃などできる状態じゃない。恐ろしいほど痛みが続く。熱さは一瞬だが、心臓の鼓動に合わせて痛みが加速してゆき、涙で目がかすむ。頬を伝って涙が流れ、口から血の泡を吹いている感触だけを感じている。背中にまた痛みが走る、2つ、3つと。
自分の尿の臭い。失禁したらしい。体中の筋肉が弛緩して、痙攣が全身を包んでぶるぶるとふるえ、次第にそれが弱くなっていく。そして意識が朦朧として眼が霞む。顎に痛みを覚える。
(倒れたのか、俺は)
力尽きたのか地面の匂いと青臭い草の匂いがした。
気が付くと、狙撃位置から少しばかり離れた位置に彼は横たわっていた。
息だけがやたら荒い。
(どうしたんだ、本当に・・・。俺は今、幻覚を見ているのか?)
それは幻覚でも幻聴でもない。彼は何も見てはいないし、何も聞いてはいない。幻には違いないようだが、触覚や痛覚は恐ろしいほどリアルだ。
実は金の腹、首筋、そして胸には赤いミミズばれが出来ていて血が滲んでいることを彼は知らなかった。
幻覚だとしても、精神的ダメージは肉体に表現されることがある。このままの状態が続けば、さすがの金でさえいずれ死ぬだろう。
ふと気づくと、目の前の地面に親指ほどの大きさの黒猫が佇んでいた。
「今度はスローにしてやるニャ。じっくりと自分の罪を噛みしめるニャン。」
その猫がケタケタと笑った。どうしようもない不快感と恐怖がまとわりつく。
小さな黒猫はチリとなって四散して消えた。
(どこだ? 今度はいったい何が起きる?)
空 が 青 い 。
金の視覚に突然青い空が現れた。今まで地面を見ていたはずなのに、青い空が見えたのである。
(え? 空?)
青い空に雲がいくつも流れていく。
(どこかで見た・・・。どこだ?)
また、後頭部に重い何かが当たった。ゆっくり、ゆっくり彼の頭に圧力をかけてくる。
小さな子供の指が後頭部に押し付けられてくるような感じだ。振り払おうともがいても体が動かない。重い圧力だけが無限に続く。
(やめろ、やめてくれ!)
頭蓋骨がピシッと割れる音がする。押し付けられた部分が火のように熱い。毛細血管から血が滲み、皮膚が破れ薄い肉が弾けて飛ぶ。
(脳が、俺の脳が!)
何が起こっているのか分かっていても、どうすることも出来ない。体がマヒしたように動かないのだ。心臓の鼓動すら聞こえない。青空はどうした? 気が付くと彼の目は真っ暗な闇を見つめていた。何も見えない。いや、少しばかり青白い光に風景が霞んで見える。ほの暗く陰気な世界。
小さな圧力は更に圧力を増し、頭蓋骨を抜けた。殴られたような衝撃で頭が大きく揺らいだ。
頭を手で庇おうとするけれど、気持だけで全然手が動かない。肩も肘も指も、動かないのだ。自分の体は、この異常に対して反応しようとしていないのである。
小さな圧力は彼の脳に侵入して、ふやけた脳の低い反発に速度を増し、すいすいと進んでゆく。
その異物は額側の頭蓋骨の内側に当たって左斜めに頭蓋骨の内円に沿って後ろに向かう。頭蓋骨を苛まれる幻のような痛みが起こり始め、頭全体が痛くてたまらない。左目が内圧で押されて飛び出しそうになる。気が付くと、両腕が頭をめがけてゆっくりと動いている。今更どうにもならないのに、自分の頭を庇おうとしているかのようである。
(すろう?)
やがて左目が飛び出し、ほんの一瞬誰かの顔が見えた。
(おれのかおだ。)
硝煙に霞んで見えた自分の顔は、いやらしく笑っていた。
そして深い絶望と、悔しさ、後悔、殺意、訳の分からない負の感情が彼を襲い、涙があふれてきた。
【 絶対に許さない! 】
という、強烈な意思が芽生える。
頭の中の異物は、彼の脳をぐちゃぐちゃにした。
考えられる筈も無いのに、彼の意識は残っている。痛みは無い。恐ろしく深い深淵。闇。痛みを感知する脳はすでに機能を失って、彼はとうに死んでいるはずなのに、その負の感情だけが彼を苛むのだ。
し ん じ て い た の に。
思わず発したその言葉に、金はハッとした。
(流星・・・流星なのか? おれは!?)
目の前が次第に薄暗くなってゆく。
し ん じ て い た の に 。
闇、金の視覚には何もない。漆黒の闇が見えた。
凄まじい雨の音がする。
顔に雨が当たってぬらぬらと濡れている感じがした。
次第に・・・次第に・・そしてぼんやりと光が見えた。
薄暗い闇の中、本当は漆黒の闇のはずなのに、やがてそれは形となって表れてきた。
(怯えた子供の顔?)
その子は震えて自分を見ていた。光などない漆黒の闇の中であるはずなのに、その顔ははっきりと見えた。
木製の自分の机の下にその子供はいる。雨でずぶ濡れになり、寒さからか、恐怖からなのか、ガタガタと震えている。左目が痛い。きっと自分は右目だけで見ている。少しずつ周りの様子がハッキリとしてきた。ゆっくりと中央にワイプアウトしてゆくようにゆっくりと・・ゆっくりとその子供の全景が浮かび上がる・・・。
(助けて・・助けて・・・・)
体中が何かに包まれ、重くのしかかっている。左の膝と脇腹のあたりが酷く痛い。
(助けて・・・? いったいなぜ? 誰に?)
金の視覚が突然、切り替わった。
今度は暗闇の中に細い腕が見える。
痩せこけた子供の細い腕がもがくように空をまさぐっている。暗闇で見えないハズなのに、それが助けを求めて彼に伸びる。
「はああ。ああっ!」
彼は気圧されるように退いた。
(怖い、怖い、怖い!)
「OO・・っ・・。」
瓦礫の奥からか細く自分の名を呼ぶ、兄の声が聞こえた。
「うわあああああ!!!!」
彼は走り出した。
(助けて! 助けて! 助けて!)
木の根に足を取られて斜面を転がり落ちる。藪に突っ込んだせいで服が破れ、体中に傷を負い、血と泥で汚れている。右のつま先がズキズキと痛い。寒さと恐怖で体中が震えている。それでも彼はヨロヨロと立ち上がった。
(え? 何が!)
彼の視覚が突然現実の風景を見ていた。
彼は、目前にクロスボウを構えたあの男を見た。
その瞬間、右肩に激痛が走る。
撃たれたのだ!
クロスボウの矢は彼の右肩に突き刺さっている。しかも先端は注射器になっていて、急激に麻酔薬を体内に注入されたのである。彼の意識は今度は本当に奈落へと落ちて行った。
伊吹はクロスボウを収めると、金に向かって走った。今は一刻の猶予もない。もたもたしていると<風 鳥>の脱皮が終わってしまう。慎重に近づかねばならない相手だが、そんな悠長な事を言っている暇はない。
伊吹は金のもとに駆け寄ると、両手をビニールテープで縛り、小枝を口に噛ませてテープでぐるぐる巻きにした。恐ろしいほどあっけなかった。突然の争いに、近くの木をネグラにしていたであろうカラスたちが鳴き喚きながら一斉に飛び立ち、鳴き喚きながら空中で渦を巻いていた。
「黒夜! 終わったぞ! 大丈夫か!」
『・・・吾輩は大丈夫ニャ。』
「よかった。」
『よくはないのにゃ! お前はまだ仕事が残ってるのニャー!』
伊吹が目を凝らして<風 鳥>を見ると、既に脱皮が終わりかけていた。
「ダメだ。もう間に合わねえ。」
元居た場所からでも射程外だった。そこから金の場所に来た伊吹はさらに<風 鳥>から離れた訳である。走って近づいても、<風 鳥>を撃つことができるのか? 到底、間に合うとは思えなかった。<風 鳥>が無防備である時間はもうすぐ終わりを告げる。そうなれば、奴の射程に入ったところで、仕留められるかどうかは・・・。
『いいから撃てよ。』
「え?」
『久しぶりだな、オレだよ。』
頭の中に那由他の声が響いた。
伊吹は顔を上げて空を見た。カラスの一団が空中で旋回している。あの中に那由他が居るのか?
『考えるのは後だ。とにかく撃て!』
伊吹はその声に促されるまま、麻酔入りの矢をセットし、<風 鳥>に狙いをつける。
『バカ、もっと上だ俺たちを狙って撃つんだ。』
伊吹は那由他の言葉ですべてを理解した。
「そうか、なるほどな。」
クロスボウをカラスの群れに向けて撃った!
空気を切り裂く鋭い音と共に、矢はカラスの群れに向かって飛ぶ。一羽のカラスがその矢に向かい、恐るべき早業で矢を掴んだ。そして、風に乗り<風 鳥>めがけて急降下してゆく。矢はカラスと一緒に<風 鳥>突き刺さった。
<風 鳥>は痛みに耐えかねて暴れようとするが、まだ脱皮は終わっていない。無防備な体をさらしたままである。
『第2弾だ! 急げ、1発で倒れる<風 鳥>じゃねえぞ!』
「委細承知!」
伊吹はすでに2弾を装填済みである。再びカラスの群れに向かって撃つ。
再び別のカラスがその矢に向かって飛びこんでゆく・・・。
麻酔が効いてようやく<風 鳥>が地に倒れたのは4発目が刺さった時だった。<風 鳥>用の麻酔矢は残り1本しかなかった。
「やべえ・・・。ギリじゃねえか。」
伊吹は顔じゅうに噴き出ている汗を袖で拭った。
『よかったな。何とか間に合ったじゃねえか。オレの仕事はこれで終わりだ。アバヨ。』
那由他の声が消えると当時に、カラスの群れは四散し、山のどこかへと消えて行った。
伊吹はその場にへたり込んだ。傍らには金が泡を吹いて眠り込んでいる。
「こいつ、このまま死なねえだろうな?」
『こりゃあああ!! 何をぼさーっとしとるか下僕ぅ!! さっさと戻ってこんかーっ!』
黒夜の叫ぶ声が頭の中に響く。
「へいへい。まったく、人使いの荒い猫だ。」
怪我をして医者に行くと「どれくらいの痛みですか?」とよく聞かれるし、診察前の問診でも「10段階の内今の痛みはどれくらいですか?」などという項目がある。人の痛みは人によって違う。それを人に伝えることが出来たら、いったいどうなるかなというのが、黒夜の第3の能力の発想である。
そしてここの部分には実話を組み入れている。僕の友人の霊的体験談が元となっていて、彼はその後無数の生首に追い掛け回されるという体験をしている。死者の記憶が生者にすり替えられるとしたなら、死の瞬間の記憶が生者にもたらされたとしたなら・・・・。黒夜の能力の御霊移しはそういう能力である。
ちなみにこの物語はフィクションである。中国や韓国の事をディスっているのはお分かりだろうが、その点については当たらずと言っても遠からずなのではないかと思っている。自分は日本と言う国も人も好きではあるが、至上主義ではない。日本人が世界一優秀だと言うつもりはないし、他国の人間が劣っているとも思わない。しかし日本人も、いや、人類はまだまだ大バカ者だということは言えるだろう。
この物語は、今後自分でも思ってもいない方向へと向かいつつある。SFではあるのだが、もしかすると本当の事なのかもしれない。(笑)