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鬼界の掟  作者: 弐兎月 冬夜
10/20

風 鳥 鬼 ④

「飛行機で行けば、1時間半くらいなのに・・・。」

「グズグズ言わないのニャ。」

 東名高速道路経由で約9時間。平日とはいえ秋の観光シーズンに入り、道路はそこそこ混んでいた。もっとも、伊吹は安全運転である。車もプリウスだし、目立つことはできるだけ避けるように土岐にも釘をさされている。先ほど鳴門大橋を通過したばかりだから、あと1~2時間と言うところか。黒夜はずっとケージの中のハンモックで丸くなっている。時々は水を飲んだりカリカリを食べたりしているが、大抵は眠っているようだった。

 伊吹もずっと運転しっぱなしという訳でもないが、さすがに飽きてきた。鳴門の渦潮は初めてだったが、何の感慨もわかなかった。疲れてきているという実感もある。

 一応、尾行にも注意を払っていた。高速で遅く走るのもそのためである。さすがに車を変えるような指示は受けてはいなかったが、それでもサービスエリアに止まる度に周囲を観察することも怠らなかった。それに、黒夜も時々思い出したように車を停めるようにせがむ。外に出たいからなのかと思うが、そんな事は無いようで、しばらく車を停めていると突然のように出発を指示するのだ。まったく猫という奴は気まぐれである。

 鳴門JCTから徳島自動車道に入り、西進して行くと阿波踊りで有名な阿波はもうすぐである。だが伊吹は阿波に行く前に上坂SAに車を入れた。

「ドッグランがあるぞ。お前も降りるか?」

「吾輩はここに居るのラ。お前はラーメンでも食ってくればいいのら。」

東京を9時に出て、およそ10時間。もうすでに辺りは暗くなっている。黒夜は新たに封を切ったカリカリにちゅ~るるをかけて食べるのが好みである。黒夜はカリカリを貪るように食い始めた。

 伊吹は車を降りると辺りを見回す。停車している車はまばらだが、大型トラックが数台アイドリングしながら停まっている。おそらく数台は車中泊だろう。伊吹たちも今夜は車中泊である。

 ここまでは伊吹の車を尾行(つけ)ている車は見当たらなかった。レンタカーを借りる時も行き当たりばったりの店で借りたから、発信器を着けられるリスクも少なかっただろう。どちらかと言えば、発信器を着けられたり、尾行に注意しなければならないのはこれからである。予定通りなら、ここで車を変える。この車でも行けるが念のために車を変え、装備を受け取る手筈になっている。伊吹は尾行(つけ)られていない自信はあるが、車を用意した仲間(?)が尾行(つけ)られていなかったという保証はない。もっとも、この仕事の性格上、いったい誰に尾行されるというのだろう? 伊吹はちょっと可笑しくなった。 

 伊吹はラーメンを食べ終えると公衆トイレに向かった。予定では奥から2番目のトイレに新たな車のキーが隠してあるはずだった。伊吹はトイレットペーパーを外すと、芯の中に入っているスマートキーを取り出した。

(なんかスパイ映画みたいだな。)

 伊吹はニヤニヤしながら水を流してトイレを出た。風がひんやりする。ずいぶんと涼しくなった。

今年は迷走する台風が多く、四国は10号以外は大きな被害がなかったようだ。もっとも、今後はどうなるかは分からないが、どうも今年は関東地方が厄災を引き受けている感じがする。

 伊吹は受け取ったキーの車を確認せず、プリウスへと戻った。中ではすでに黒夜が眠っている。伊吹は黒夜を見たが、周りがすでに暗くなっていて、ケージは確認できても黒夜がどこにいるのか見えなかった。アイボリーのハンモックが黒くなっているところを見ると、やっぱりハンモックの上で眠っているに違いない。微かに寝息も聞こえる。

 伊吹は黒夜を起こさないように気を使いながら、運転席のシートを最大に倒して眠る。彼の図体では、かなり窮屈ではあるが、それでも長時間の運転疲れの為か、ものの数分で眠りについた。


 ほぼ、夜明けと同時に伊吹は目を覚ました。6時ちょっと前である。車中泊の大型トラックのアイドリング音が響いている。

「・・・痛てえ・・・。」

窮屈なシートで眠っていたせいか、体の節々が痛む。

「どっか、ビジネスホテルにでも泊まればよかったなあ・・・。」

ともかく伊吹は外に出る。薄明の中の朝は、それなりに気持ちが良かった。薄明りの中を、ゆっくりと見回す。大型のトラックに混じって数台の乗用車が停まっていた。

「たぶん・・あれだな・・。}

白のミライースが端の方に停めてある。エンジンがかかっている様子がないので、中に人はいないだろう。伊吹はもう一度車に乗り、ゆっくりと発進させ、白のミライースに近づく。隣に寄せて中を確認するが、やはり人の気配はない。伊吹はキーを取り出して、ロック解除ボタンを押すと、案の定ミライースのロックが解除された。

「黒夜、起きてるか?」

「起きてるに決まってるニャ。」

「ならいいさ。引越しだぜ。」

伊吹はエンジンを止め、ケージごと黒夜を連れ出すと、ミライースに乗り込んだ。乗ってきたプリウスはロックしてここに放置する。後は(誰だかわからないが)仲間が車を片付けてくれる手筈になっている。

 伊吹はエンジンをかけると、ゆっくりと本線へと向かって行った。ミライースは高速ではさすがに力不足の感がいなめない。車体もふらつくし、自動ブレーキシステムも煩わしいが、山道に入った途端、4WDの本領が発揮される。車体が軽いうえに小回りが利くので細い砂利道を苦もなく登っていく。

 2時間後・・・伊吹たちは、とある登山道の駐車場に車を停めた。他に停車している車は1台もない。伊吹が車を降りると、砂利が乾いた音を立てた。せまいトランクルームの中にはコンテナがあり、その中に今回のミッションに必要な装備が入っている事になっている。

 コンテナを開けると、中には迷彩柄のバックパック、迷彩服、下着、寝袋、高カロリー携帯食料などが入っていた。

「迷彩服2型じゃねえか・・。それになんでこんなものまで・・。」

伊吹が広げたのは戦闘防弾チョッキ2型である。これに88式鉄帽と89式小銃があれば、もろ陸上自衛隊である。

 だが鉄帽ではなく、やはり迷彩柄のキャップとクロスボウ。そして麻酔注射の矢が数本である。今回の武器はデザートイーグルのようなデカい拳銃ではなく、オーストラリア製のグロッグ17である。予備のマガジンは2個。グロッグは17発装填なので51発もの弾丸を持っていることになる。

「護身用・・・って。」

他の装備自体も、サバゲーというか・・モノホンの戦闘ミッションである。土岐に指示されたミッションに必要だとは到底思えないような装備である。よく分からないのがいくつかある。例えば折り畳み式のプラ製空容器とプコプコポンプ。

「これどうやって使うんだ?」

「未熟者めー、使い方は吾輩が後で教えてやるのニャ。それよりちゅ~るるはあるんだろうニャ?」

「そこは抜かりが無いようだな。」

猫のエサなのだからカリカリでも良いような物なのだが、フリーズドライの食料は水分が補給できないため、重くはなるが湿式の携帯食料にしたようである。ただし、黒夜の好物のちゅ~るるはすでに大量に持ってきてはいるが・・・。

「リュックの中にちゅ~るるをいっぱい詰めて、その中に吾輩が入っていくのラ!」

黒夜の眼は夢を見ている目だった。

「・・・あほ。任務はどーすんだよ。」

「それは下僕のお仕事なのニャ~♪」

「こっからは、お前も歩きだってーの。」

伊吹は素早く着替えると、バックパックに支度品を詰め込んだ。着替えた服は車に放り込んでカギをかける。

「さ、猫又様なんだろ、お前は。とっとと行くぞ。」

「けっ。愛想のない下僕にゃ。」

一人と一匹は、杉木立の細道を歩き始めた。お互い文句を言いながら・・・・。


 およそ30分後。

 1台の車がミライースの隣に停車した。中から迷彩柄の軍服を着た小柄な東洋人の男が猟犬と思われる1頭の犬と一緒に車から降りた。なぜか手には布で巻かれた短いハンマーが握られている。

 男はミライースに近づくと、いきなりハンマーでリヤドアのガラスを割り、伊吹の衣類を取り出すと犬に匂いを覚えさせている。

『覚えたか?』

日本語ではない。

くぐもったその声に、犬は嗤うように反応した。

『行くぞ。』

30分前、一人と一匹が登った山道を、その男と1頭の犬が登り始めた。



 車のラジオからは、隣国の警察犬の部隊が到着し、捜索に着手した事を報じていた。無論、日本にも警察犬は居るし、すでに捜索に駆り出されてはいる。しかし、少年が失踪してから6日が経過してしまった上に、当時は大雨で警察犬の嗅覚も役には立たないようだった。

 ところが、たとえ嵐であろうと、我が国の警察犬は1年後の僅かな匂いの痕跡もたどることが出来るという触れ込みで隣国からやってきたのである。6頭の犬と係官はすぐに山中に捜索に入った。ラジオのアナウンサーは隣国の警察犬の能力の高さをべた褒めし、少年の足取りがすぐに分かるかのような口調である。

 男はホースで警察のバスの中を洗車ブラシで洗いながら、ニヤニヤと笑っていた。

「馬鹿か、このアナウンサー。それにしても臭え。」

男のホースを持つ手が一瞬止まったが、すぐに何事もなかったように動き出す。

「栗原さん。栗原さんはいますか?」

洗車していた男は自分に呼びかけた男を見た。

「なんだ。百鬼かよ。」

栗原の口元が緩む。見知った顔なのだ。

「相変わらず、(さと)いですね。」

百目鬼は笑いながらバスに近づいた。相変わらず黒っぽいスーツ姿である。


「奴ら、犬をケージに入れずに、犬の糞を社内にまき散らしやがった。つったく・・・食い物と排せつ物の区別がつかねえから困ったもんさ。」

「もっとも、わざとやったんでしょうけどね。」

「ああ。こっちが言葉を分からねえと踏んで、喋りまくってたからな。」

 隣国の警察犬の部隊を運んでいた車両はこのバスで、運転をしていたのはこの栗原らしい。

「ところで紫蘇宮(しそみや)さん。獲物はかかりましたか?」

百目鬼は栗原ではなく、この男の本当の名を呼んだ。そして紫蘇宮と呼ばれた男は片目を瞑った。

どことなくリリーフランキーに似ている紫蘇宮のウインクはこの男の茶目っ気を感じさせた。

「ああ、それもとびっきりのヤツがな。」

 数時間前、紫蘇宮はとあるSAでバスを停めた。いわゆる”おしっこ休憩”という奴なのだが、その時に6人のメンバーの一人が犬ごと入れ替わったのを確認している。もちろん、紫蘇宮は何事もなかったように彼らを送り届けた訳なのだが・・・。

「おそらくあいつは金永哲だ。」

 百目鬼の瞳に陰りが走った。

「・・・張桃芳チャン タオファンの再来と言われている・・。」


 張桃芳チャン タオファンとは、1951年中国人民志願軍に志願兵として朝鮮戦争に参戦した中国軍の狙撃手(スナイパー)である。わずか4カ月の間に、国連軍兵士214名を狙撃したことで知られ、中国では英雄となっている。

 この金永哲キム ヨンチョルは戦争で有名を馳せた訳ではないが、軍隊での狙撃術が群を抜いていたため、暗殺のエキスパートとして重宝されていると言われている。色々と噂のある男で、中共のエージェントでありながら、黒社会にも関わっているとも言われるし、北朝鮮の二重スパイとも言われているがその正体は不明である。一説によれば、アフガニスタンで傭兵として活躍し、本当はロシアのエージェントなのだという情報すらある。

 土岐たちも誰かが伊吹たちを襲うかもしれないという危惧は初めからあったが、まさかこんな大物が来るとは思っていなかったのである。

「大丈夫だろうか・・・。」

「な~に。あの猫ちゃんがついてるんだから、きっと大丈夫でしょ。」

紫蘇宮は明るく言ったが、百目鬼は不安をぬぐえなかった。

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