9話 ゲーム少女はハードな異世界仕様に驚く
木々が生い茂り、草生えが周囲を覆っている森林。その中で灰色の兎がぴょこんと草むらから飛び出して、カリカリと草を食べている。しばらく草を無防備に食べていた兎は、何かに気づいたように長い耳をピクピクと動かした。
そんな可愛らしい兎。ペットであれば撫でさせてくださいとお願いする人がいるだろう小動物は、少し離れた草むらからガサガサと音をたてて現れた少女を見て、すぐさま逃げ始めた。
ぴょんぴょんと跳んで、あっという間に少女から逃げて視界から消えてしまうのであった。
そんな兎を倒そうと、てこてこと足音も隠さずに草むらから出てきたアリスは驚愕の表情をしていた。
兎を指差して、鏡へと驚いた声音で話し始める。
「見てください、鏡! 逃げちゃいましたよ、あの兎。ノンアクティブで、別に練習相手にもならないとか、そんな相手でもなかったのに!」
アリスが見た限りでは、雑魚ではあるがこちらの力にびっくりして逃げるほどでもなかった。というか、ノンアクティブでもアクティブでもレベルが低い敵は力の差がかけ離れていても逃げない。アクティブなら、攻撃をしてこなくなるだけだ。
そういう行動を取り始めるのはレベルが最低100は超えているのだからして。
なのに、あの兎はレベルが低そうなのに逃げた。その行動の表すことは…………。
ハッと気づいたアリス。もしや、この惑星の特殊アストラルなのではと考えた。なので、おっさんフェアリーへと、凄い敵を発見しましたよと興奮して確認する。
「きっとあの兎は、メタルポヨヨンと同じ戦闘力を持っているのでは? きっとそうです! あぁ、せっかくのレアなモンスターを逃してしまいました!」
うぅ、と両手で顔を覆って、嘆き悲しむ。せっかくのレアなモンスターを知識がなかったから逃がすなんてと、肩をおとすがっかりアリス。
メタルポヨヨンとは四角いゼリーのような敵で、銀色をしている。状態異常無効と術技無効、そして防御力が1000あり、他能力は1で高レベルの逃走スキルを持っている敵だ。倒せばたっぷりの経験値と、たまにレアなメタルポヨヨンの欠片を落とすレアなアストラルだった。そいつも近づいて気づかれると凄い速さで逃げるのである。他に王冠を被っていたり、崩れているやつもいるアストラルだ。
多分兎もそうだったのだ。ごく稀にそんなアストラルがポヨヨン以外にもいる。ただし探すより、普通に敵を狩ったほうがレベル上げはしやすい。だから稀に会えるとラッキーなのだった。
そんなしょんぼりアリスに、鏡が嘆息しながら話しかける。
「………いや、きっとあいつは普通の敵だ。解析を使う前に逃げられただろう? この惑星の敵は生活をしているんだ。だから命の危険を感じれば逃げるし、決まったパターンでの攻撃もしてこない可能性があるから気をつけるようにな」
「そんな惑星があるんですか! 凄い! 凄い面倒くさい惑星ですね。う〜、転移可能なら、適正狩場の惑星に行ってレベル上げをしてから来るんですが」
「な? 面倒くさいだろう? だからマテリアルを使用してレベルを開放させよう? 統合スキルにして職業スキルを取らないといけないしな?」
驚いて悩むアリスに悪魔の囁きをする鏡。まぁ、おっさんの姿だが。
考えて悩んだ末にアリスは首を横に振った。キッと真面目な視線をおっさんフェアリーへと向けて
「いえ、やっぱり危険な時以外は止めておきましょう。どうやらこの惑星の仕様はハードな模様。少しずつ慣れていかないと、思わぬポカをしそうですし」
今までとは違う仕様。かなりのハードな仕様だよねとアリスは警戒した。警戒したので、この地で少しずつレベルを上げて慣れていこうと考えたのだ。あと、これまでとは違った素材が手に入りそうだし。
後者の思いの方が割り合いが大きい、守銭奴ゲーム少女であった。
「仕方ない。そうまで言うなら本当に気をつけろよ?」
心配げな表情で鏡が言う。たしかに今までとは違うので注意が必要だ。隠蔽をとっておけば良かったと悔やむ。スニークはもう少しレベルが上がったあとに取れば良いと思っていたが、スキルの取得順序を変える必要があるだろう。
そうして、アリスはぱっちりお目々をスッと細めた。草むらへと銃を構えて告げる。
「ですが、アクティブアストラルは問題なくこちらへと攻撃してくる様子。それならばいくらでも稼ぎようはありますね」
草むらからガサガサと音がして、緑色の小柄なアストラルが3体現れた。これは見たことがある。ゴブリンアストラルだ。
「気をつけろよ、アリス! 今までと違う攻撃をしてくるからな!」
焦った様子でおっさんフェアリーが忠告してくる。サポートキャラに相応しい言動だと、小さく頷くアリス。
「気配感知で丸見えですね。ですが、どう攻撃の仕方が違うのか見せてもらいましょう」
ゴブリンたちはぎゃあぎゃあと騒いでこちらを獲物として見ている。1メートルぐらいの背丈。緑色の肌。棍棒を持っており、腰布をもうしわけ程度につけている。
高レベルになればなるほど、装備が豪華になるから、こいつは最低レベルだろう。
だが、この惑星は今までと違う。注意をしないといけないとアリスは視線を向けて身構える。
『解析』
敵の見かけは先程の兎と同じくとてもとても弱いと感じる。だが自分の勘が当たっているかの確認だ。
『戦闘力17』
『戦闘力20』
『戦闘力19』
ほえ?とちっこい可愛らしい口を開けて驚く。予想外の結果だった。何が予想外というと………。
「弱すぎます。アクティブアストラルで50以下?」
まさかの弱すぎる戦闘力であった。自分の勘は当たっていたが、想像以上に弱かったのだ。
「あれは赤ん坊にも狩られそうな敵なんですが? あのゴブリンたちは今までどうやって生きてきたんですか? 本当に生活しているんですか?」
「たしかにな……。異世界のやられ役はこんなに弱かったのか……。俺がゴブリンに転生したら、即日殺されて完となるな……」
鏡も予想外の結果に驚いている。やっぱり弱すぎるのだろう。
ぎゃあぎゃあ言って、ゴブリンたちはこちらへとドタドタと走り始めるが遅い。私は経験値もしょぼいよねと、ここでレベル上げをするより、街で狩場の情報を集めた方が良いかなと思いながら、先頭のゴブリンへと銃を向けるのであった。
結局、3発の銃弾であっさりとゴブリンは倒せた。経験値もしょぼいし、アイテムもボロい棍棒と腰布。いらないアイテムなので、回収もしなかったのである。
アリスは首を捻って悩む。小柄な美少女が顎にちっこいおててをあてて、ウンウンと悩む。
「これは数で稼ぐしかないのでしょうか? でもリポップしないんですよね? ここで待っていてもリポップしないんですよね? するなら何分間隔でリポップするのか確認したいんですけど」
見ていても、死体も消えない。いつもなら10分ぐらいで空気に溶けるように消えるんだけどと呟くアリス。なにもかもいつもと勝手が違うので戸惑いの連続だ。
フヨフヨと浮かびながら、寝そべった格好でおっさんフェアリーがのんびりした様子で返答する。このおっさんフェアリーは順応するのが早すぎる。
「そうだなぁ。最初はビビッたけど、ここらへんはたいした敵はいないのかもな」
早くも油断しているおっさんフェアリーである。アリスが銃であっさりとゴブリンを倒したので安心したのだ。おっさんならば最初の盗賊との戦闘で死体を見て吐いていたかもしれない。
だが、アリスはゲームキャラだ。現実ならドン引きする量を倒している。そこには葛藤で悩むこともない。ならばと少し安心した鏡である。あとは現実ならではの忠告をしていけばよいだろう。
アリスがウンウンと悩みながら呟く。
「う〜ん……狩人スキルが必要ですね。狩人の目なら、エリアの敵を隠れているやつ以外はわかりますし」
「なら、狩人スキルを取るためのスキルを取得しないとな。隠蔽もあるし良いんじゃない?」
「私は最初にガンナースキルを取りたかったのですが………。まぁ、スキル構成は被っていますし問題ないでしょう」
とりあえず、雑魚敵を探そうかなとアリスは悩むのをやめた。悩むよりも敵を探してうろついた方が全然良い。いつもの適当にうろつけばレベルが上がるでしょうのアリス理論。稼ぎの効率が凄い悪い時もあるが、情報がなにもないから仕方ない。
そう思って、森の中を歩くこと3時間、倒した敵はゴブリン16匹。レベルが7とぎりぎりなった。素早く隠蔽スキルを取得するアリス。
「あ〜、最悪ですよ。これは最悪ですね。狩りの効率が最悪です。パーティーを組んでいたら、他のハンターからすいません用事がありましてと抜けられるレベルですよ」
ブーブーと頬を可愛く膨らませて、愚痴るアリス。ちょっとこの効率はありえないよねと、不満でいっぱいだ。
「だけど、隠蔽スキルが手に入ったんだ。これからは兎や鹿を狩り放題だぞ?」
おっさんフェアリーがアリスの頭を撫でながら、慰めてくる。どうやらおっさんフェアリーはアリスの体には触れるらしいと先程判明した。アリスもおっさんフェアリーを触れる。ぷちっと潰れそうだが、触れるだけでそこまでの影響はでないとわかっている。
なので寝ているときに変なことをしたら容赦なく潰そうとこっそり決意しているアリスである。多少の痛みはあるみたいなので。
「そうですね。まさかの鹿まで逃げるとは想定外でした。この惑星、逃げる敵多すぎないですか?」
不満いっぱいで、そう答えながら思い出した。そういえばここに来る前に夢の中で何かと戦っていた覚えがあると。そいつも逃げようとしていたので妨害したような……。まぁ、夢の話である。倒したし問題ない。すぐにこの記憶を辿ることをやめる。
「では、兎から狩りましょう。素材のお肉は売れますし」
「あ〜、どうなるのかな? 回収時は?」
「料理スキルもあるので、多目に肉は取れるはずですよ?」
なにか鏡は気になることがあるみたいだとアリスは思ったが、このおっさんフェアリーはいつもなにか気にしているからスルーする。
さて狩りを再開しますかと、再び歩き始めようとしたときだった。
「きゃ〜!」
森の中から女性の叫び声が聞こえてきた。鬼気迫るいつもの叫び声だ。
ランダムクエストにあたったねと、アリスはニコリと微笑んで、声の元へと走り出すのであった。