86話 ゲーム少女のファーストコンタクト
ウィーンとドアが開くのを待っていたおっさんアントこと啓馬鏡。ストーカーの如く、ドアの前で待っていたのだ。そしてようやくドアが開いたので、パタパタと翅を羽ばたかせて部屋に入っていく研究者らしき男のあとをつけていく。
「フッ、俺にかかればこんなセキュリティは無いも同然だな」
不必要にキメ顔で言う鏡である。蟻の顔でキメ顔を作るという器用なことをしている鏡へとウィンドウ越しにアリスはニッコリと笑う。
「あれで3人目でした。ようやく入れて良かったです」
3人目というアリスの言葉にびくりの動揺を見せるおっさんアント。慌てた声音で返事をする。
「いやいや、3人目まで待っていたのはね? 罠かもって用心深い俺は思ったんだよ。だから最初と2人目はスルーしたの。本当だよ? 寝ていたわけじゃないからね?」
全然部屋に入る人がいないから眠くてうつらうつらして、部屋に入る人を見過ごしたこと2回。ようやく入れたおっさんアントである。ロボットに憑依しているのに眠くなるという器用なことをしているので、本当に魂だけか疑問に思うおっさんであった。
「いいんです、言い訳しないで。気づいていた私が鏡に忠告しなかったのが悪いのですから」
飄々とそんなことを言うアリスへと、鏡はジト目で確認するように口に出す。
「全然気づいていなかったよね? 二人目が部屋へと入るところでようやく気づいていたよね? 漫画を読んで、ゲームをして動画を見ているアリスさんや? 俺のことを責めるのかい?」
ヒューヒューと笛も吹けないアリスはすっとぼけた。私は気づいていましたよとすっとぼけたゲーム少女である。
「だって、3つも違うことをしているんですから、鏡のように暇ではなかったんです。なので私は無罪てすね」
「自覚がある以上有罪だと思われるんだがね。少しは働きなさい!」
子供を叱るような感じのおっさんアントであった。そして、自分も働いていないことは棚にあげているおっさんであったりもした。まったく他人を叱ることができないのではないだろうか。
アホなコントをしながらも中に入っていく鏡。静脈認証から虹彩認証、最後にパスワード認証といくつドアがあるんですかという感じだが、それだけ厳重に保管しておきたい物があるんだろう。
それが実は子供の迷子探し用だとわかれば、科学者たちは泣いちゃうかもしれない。
あんまり気合い入れないで研究していてほしいなぁと叶うわけはない願いを持ちながら中に入ると喧々諤々の会話ならぬ、掴み合いの取っ組み合いが行われていた。
最近の科学者はバイオレンスだねと慄きながら、鏡は歩みを進める。
殴り合いにまで発展しているのは誰あろう守里とサラスであった。おこちゃまな2人が取っ組み合いをしており、周りでは困った表情の科学者たちがその様子を眺めていた。
「なんでしょうか? おやつの取り合いでしょうか? 私もおやつ食べたいです」
アリスがその様子を見て、斜め方向の解釈をしてくるが、鏡はスルーして2人を見る。子供とはいえ、もう取っ組み合いをする年齢じゃないよねと。
ちなみにアリスは安いプリンの蓋を開けており、わくわく顔で食べていた。曰くチープなプリンの味もまた良いとのこと。
「これは機械だっ! わざわざ異星人が置いていったんだぞ? 名刺な訳がないだろう。この兵器開発しか興味ないおっぱいお化け!」
守里が叫ぶようにサラスに言って、むむぅと睨むとサラスも負けおらず口を開く。
「相手はSRを奪取していった異星人でーす! トロフィー的な物をおいていったと思いまーす!」
そうして取っ組み合いを再び始める。
「とりゃぁ~」
周りの人々を停止させるほどの赤ん坊の泣き声に勝るとも劣らない叫び声をあげて、右腕を振りかぶり守里が拳を繰り出す。
へろへろという恐怖をもたらす擬音が似合うパンチがサラスへと向かう。発泡スチロールの箱も凹ませることができるかもしれない威力を繰り出されるが、サラスはその攻撃をしっかりと見つめて、にやりと不敵に笑う。
「ふっ、私の動きの前にはむだでーす」
ドタバタと足を動かし、ハイハイをする赤ん坊と同様の美しいステップにてサラスは躱そうとするが、その高速かもしれない動きよりも、守里のパンチの方が早くペチンと轟音をたててサラスの胴体に入るのであった。
「うぅ、やりまーすね。ならばこちらも必殺チョップでーす」
サラスがノロノロと亀でも躱せそうな凄い速さで右手指を手刀の形に揃えて、全力パンチを放って隙ができていた守里の頭上へと振り落とす。そよ風がそよそよと巻き起こる程の速さで菓子パンを潰してしまうかもしれない威力の神業チョップが守里へと落とされて、ポコと擬音が聞こえそうな感じで命中する。
「ぐぐぅ、さすがサラス。科学者だけでなく兵士としても一流か!」
両手で頭を抑えて涙目になる守里。あの威力を受けたので痛かった様子。
「守里もやりまーすね。私に膝をつかせるとはー」
お腹に受けた守里のパンチの威力で、腹を抑えて苦しそうに膝をつくサラス。
ふふふとお互いが相手の力を称賛するが、すぐに二人とも身構える。その姿は赤ん坊が手を握って身構えるが如し。
「だが、私は負けられないんだ! これは絶対に機械だ~!」
「ただの記念品でーす! こうなればどちらかが倒れるまで勝負でーす」
てやぁ、と掛け声をあげて再び二人は取っ組み合いをし始める。周りの科学者はオロオロと周りの機材に当たらないようにとか、机の角に二人がぶつからないように気をつけるのであった。その姿は保護者を彷彿させる慣れた動きなのでいつものことなのだろうと推測できる。
そんな神と悪魔の頂上決戦とも思われる二人の戦闘を見て、嘆息する鏡。
「あ~、今更だけど、どうやって自己紹介しようか?」
頭を抱えて考えるが妙案が浮かんでこない。
二人の学芸会の演技を見ながら、鏡は今さら無計画できたことを後悔するのであった。
だってよくよく考えれば先日衆人環視の中でSRへと襲撃をかけて奪取しまくったのだ。アリスはゲーム少女なだけあって、この間のことは、この間のこと。気にしないで交渉をしましょうという感じだが、普通は無理であり無謀でもある。
どこの世界に自分の兵器を散々倒された挙句に持ちさられて、再び現れた相手と取引をしようと思うのであろうか。普通は交渉をしないで捕縛をするか戦闘になるであろう。
ここまで来る間にそのことをすっかり考えていなかった考えなしのおっさんである。交渉スキルをもつアリスならなんとかなるかもしれなけどとウィンドウ越しにアリスへと視線を向けるとアリスはポンポンとタッチパネルを操作していた。
「ん? なにしてるん?」
鏡の疑問の声にアリスは視線を向けてきて、当然のような表情で即答する。
「いえ、シャドウバタフライで挨拶をしようと思いまして。おっさんアントはここまで働いてくれてありがとうございました。貴方のことは忘れません。鏡は私の心の中できっと生きづづけるんです」
「不吉極まることを言わないでくれる? 俺は自爆も鉄砲玉にもならないからね? というか、今気づいたんだけど、このシャドウバタフライは外部へ話しかけるシステムがないね? なんで?」
「最初からついてませんよ? 話は私が全てするので安心してください。鏡はここまで来るだけでお手伝いはおしまいです。鏡に取引を任せるより私の方が交渉は慣れていますからね」
アリスの遠慮もなにもない言葉に苦笑いをする。まぁ、たしかに交渉スキルがあるとないとでは大違いだから。
「OK、んじゃ、アリス様へとお任せしますかね。くれぐれも注意しておくが、正体ばれ禁止でお願いね?」
コクリと素直にアリスは頷いて、目の前で未だにドッカンバトルをしている二人へと視線を向ける。そしてそれを見守る科学者たちへも目を向ける。
「され、これからの交渉は私の腕の見せ所ですね。鏡、私のあまりの交渉の仕方にびっくりしないようにお願いしますね」
フンスと息を吐き、ちろりと小さい舌で唇を舐めて得意げなる表情で伝えてくる可愛らしいアリスを見て、そこはかとなく不安に思う鏡だが、自分も妙案があるわけでもない。
人間なら、札束で相手を叩いて言うことを聞かせるのだが………。と脳筋か成金にしか思えない発想をしながら、アリスが声を発するの待つ。
シャドウバタフライから、ラジオの雑音のようなボイスチェンジャーを使ったような声が部屋へと響き渡る。
「あ~。テステステス。私はウチュウジンダー。繰り返す。私はウチュウジンダー」
かくかくとした動きでシャドウバタフライがステルスを解除して人々の目の前に出現する。
唐突に聞こえた声音にぎょっとして戸惑い、次に今の言葉の内容がなにを示すのか気づき、最後に出現したシャドウバタフライを見て、驚きの声を出す。
「な、なんだ、この機械は? 今の声はこれから?」
「おー。蝶々でーす………。今の安っぽい声はここから?」
取っ組み合いをやめて、守里とサラスが呆然とシャドウバタフライを驚きの表情で見つめてきて
「まじか………。アリスさんや、今のが異星人と地球人とのファーストコンタクト?」
どこの安っぽいB級SF映画だよと、頭を抱えて慄くおっさんアントも今の発言に驚くの。
「ふふふ、大丈夫です。全ては私の手の平の上です。鏡、任せてくださいね。地球の漫画を見て事前準備は万端です」
漫画を参考にしましたと、全然安心できない内容を自慢げに言ってくるゲーム少女であるが、本当にうまく交渉が始まるのかと戸惑いを隠せないおっさんであった。
なんにせよ、正式なるコンタクトが今始まろうとしていたのである。なんだか凄い安っぽい会話の始まりであったけど。




