70話 ゲーム少女は売りさばく
グリムの商会は辺境伯と取引をしているだけはあり、そこそこは大きい商会だ。王家御用達の商会とは比べ物にならないが、それでも自分の商会に自信を持っていた。
しかし、その自負は粉々に打ち砕かれて憔悴して自宅へと帰宅したのだ。なんといっても、売りさばくはずの家具も陶器も見てもらえずにけんもほろろで、そこそこ大きい商会からは門前払いを受けたからである。
そこそこというのは理由があり、ブックス商会と同程度の商会だと、早くもブックス商会と揉めたのを耳に入れたか、ブックス商会が事前に動いたかで、今度は足元を見て交渉してきたからである。
自分よりも小さい商会ならば取引もできようが、小さな商会では貴族とのコネがない。それでは貴族への売上には繋がらないので、ほとほと困り果ててアリス様になんと弁明しようかと、自分を情けなく思いながらの帰宅をした。
そんなグリムが帰宅したところ、侯爵の長女が自宅に来ていることを知り、あっさりとコネができたとポカンとするのであった。
「何これ! こんな美味しいの初めて食べたわ! チキンカレー? 私、これを凄い気に入ったわ!」
パクパクと夢中になって食べているのは、ドロシーである。あれから、小腹が空きませんか?夕食も食べますかと言われて、あっさりとついてきた危機管理のないドロシーである。地球なら誘拐間違いなし、身代金よこせやコースであるのは間違いない。
「お嬢様、はしたないですよ? あ、おかわりお願いします」
フォルテが平気な表情でおかわりをしながら、食い過ぎなドロシーを嗜めるがまったく説得力がない。護衛のキャットニュートも夢中になって食べているので、本当にこの娘が侯爵の娘なのか疑問に思ってしまうアリスたちであった。
全員で食堂にてチキンカレーを食べている中で、アリスはなぜさっき市場に鏡がいたかを確認する。
「鏡はなぜ市場にいたんですか? グリムさんと商品を売りさばきに行ったのでは? サボりならばサボりたくなくなるような目に合わせますが」
「サボっていたわけじゃない。グリムと商会周りをしていたんだが、こちらの商品を見もせずに門前払いをしてきたからな。こりゃ駄目だと考えて、まだ諦めなさそうなグリムは放置して、ぶらつきながら帰ってきたんだよ」
スプーンを咥えながら肩をすくめるおっさんうさぎ。どうもかなり酷い目にあったようで、表情は苦々しい。
その会話を耳聡く聞きとり、ドロシーがお皿から顔をあげる。
「貴方たちなにか売りに王都に来たわけ? って、聞くまでもないか。この食べ物とかお皿とかね?」
お皿にまで目をつけるのとはなかなか目敏いねと、ドロシーの評価をあげて、頷く。
「どうもブックス商会さんとやらに邪魔されてる模様なので、困っているのです。王都の商会全部を支配するのは面倒くさいと困っているのです」
平然とした表情で、ちょっと面倒くさいレベルで王都の商会をすべて支配するという大言を吐くアリスに、ドロシーは驚いて見つめるが、アリスは自然な表情で真面目な様子も気負った様子もないので冗談だろうと判断した。
周りの面々は沈黙を保っていたが、ドロシーたちは気づかなかった。鏡たちは本気でアリスは王都の商会をすべて支配しようと思っていることなど気づかなかった。
なので、気楽にドロシーは微笑みながら提案した。
「それじゃあ、明日のうちの夜会で宣伝しない? その代わりに明日、夜会に使う物はタダでうちに納めるの」
ふふふと微笑むドロシーを見て、やっぱり花を買うと連続クエストが発生しますねと内心で頷きながら、ちょうど食堂に小走りで入ってきたグリムへと視線を向けるアリス。
「私はそれで良いですよ。私の部下のグリムとも合わせてお話しましょうか。鏡も付け合せで」
「俺は福神漬じゃないからな、アリス」
むにーんとアリスの頬を伸ばしながら、鏡がツッコミ返す。こいつのほっぺ凄い触り心地が良くて柔らかいなと思ったのは内緒である。
そうして、夜会にて宣伝をすることになったアリスたちであった。
ヴォルスング一族の夜会。侯爵が行う夜会でも特殊な夜会が今日は開かれていた。特殊といっても別段怪しい夜会でも、ごく稀にしか行わない夜会というわけでもない。
だいたい月に一回は行われるこの夜会は、人間族の貴族を中心に親人間族の貴族を集めた、人間族の立場を守ろうという集会だ。そこには平民を守ろうという気はない。ないが、人間族は貴族にいるだけでも大変なのだ。なにしろ、他の種族と違い基本的能力が最低のため、血のにじむような訓練が必要なのだから、平民を省みる暇はない。というのが、貴族たちの言い分である。本当かどうかはわからないが。
その夜会で、今夜のお客は驚愕の表情となっていた。
「これは素晴らしい! ただの生焼けの肉かと思えば、しっかりと中まで焼けている! しかも、ソースはふんだんに香辛料が使われていますぞ!」
「こちらの小麦粉の麺料理も凄い! ナポリタン? そうか、ナポリタンというのかね。大盛りにしてくれ給え」
「なんですの。この噴水! 泥かと思うほどの黒さなのに、ほろ苦くて甘いですわ! え? チョコフォンデュ? 様々な果物をつけてお楽しみください? 果物も見たことがない種類の上に、なんて瑞々しい! わたくし全部制覇しますわ!」
いつもはお互いの話をして。情報をやり取りする場であるのに、今日に限って言えば老いも若きも老若男女全員が食べ物に夢中になっていた。
「シグムンド・ヴォルスング侯爵の入室〜。合わせて、シグニュー侯爵夫人、及びドロシー様、他大陸からの特別枢機卿であるアリス・魔風嬢入室〜」
おぉと人々は食べるのをやめて、侯爵へと視線を向けるのであった。
「皆様方、今夜は御集まり頂いてありがとうございます。今宵も我らの結束を高め、友好を深めようではありませんか……といつもの挨拶は終わりになりますが、今日は新たなる我らの友人を紹介したいと思います! アリス嬢、どうぞ」
アリスは威丈夫なシグムンド侯爵に呼ばれて、しずしずとおとなしく見えるように歩き出す。
ちらりと視線を向ける先にいるシグムンドは、なるほどそこそこ、この惑星では強いのだろう。ブロンドの髪をしており、きりりと引き締まった顔でハンサムである。ちなみに背丈も190ぐらいある筋肉質な男なので、かっこいい。どこかのおっさんとは大違いである。年齢は32歳だが若々しいので、20代でも通じるだろう。
夫人も同じくブロンドで、キツめの表情であるが美女である。年齢は32歳だがやはり若々しい。シグムンドと双子のような仲の良い夫婦である。
そんな夫婦はドロシーが持ってきた提案にあっさりと頷いた。あっさりとしすぎたので罠だと思ったほどだ。
しかし違うらしい。強力なコネや金を持つ人間族は大歓迎というスタンスなので、これまでの苦労がわかる。
なので、このチャンスを活かそうとフルに頑張るために、アリスは周りを見渡す。
「銀河を股にかける安心格安、確実に依頼をこなす、今日は夜会に出ているお嬢様なバウンティハンター魔風アリスと申します。たくさんの砂糖や香辛料、家具やその他、様々なアイテムを売っておりますのでよろしくお願いします。特に砂糖や香辛料は格安で売りますので良かったらご相談ください。あ、宣教師もやってます」
カーテシーを美しくきめながらの、いつもどおりすぎるアリスであった。挨拶はこれだと決めているのであるからして。そして、宣教師をついでにしてしまう守銭奴であった。
ざわざわと今の予想外の挨拶にざわつくお客たちだが、それでも言われた内容は理解できた。
美しく腰まで伸びた黒髪に、奇麗な瞳、可愛らしい小さな唇と顔立ちは可愛らしく子犬を思わせる愛らしい小柄な身体。子供のような少女が挨拶をしただけで感心した人々。
そして聞き逃せない重要なことを言っていた。砂糖や香辛料を安く売ってくれる? 家具なども他大陸からのものなら珍しい物が多いだろう。
特別枢機卿と言っていたが、こんな子供がそんなだいそれた地位につけるわけもなく、つけたとしたら金の力だと推測する。そんな大金を出せるのは高位貴族でもあろうと。裏付けるように後ろには護衛と思わしき騎士が立派な服を着ているのだから。
これは儲け話の匂いがすると、目をギラつかせてアリスへと人々は殺到した。
「初めまして、アリス様。私はあちらの男爵でございます。私は、そちらの子爵と申します。よろしかったら先程の香辛料のくだりを少しお話ししたく………」
ワイワイガヤガヤと、皆がアリスの砂糖やらを買っていく。値段は格安と言いながら、前回のブックスの仲介料を抜いた金額なので、微妙に安いぐらいだった。
だが、それでも買っていく。隣国へと転売を考える者。今日夜会に来ていない貴族へと自分の子飼いを通して売りさばこうとする者。様々な思惑の元買っていく。
まだ口約束ではあるので、あとからグリムが契約書を持って話をまとめるだろう。
シグムンドもこの夜会に来ている客が全員味方などと、寝ぼけてはいないが、この少女が定期的に物を持ってくるのであれば、勢力を広げられるだろうと画策していた。なによりも人間族なのだから、手放すことはできない。
アリスも交渉スキルも持っていない貴族なんかちょろいですねと。無邪気な微笑みを浮かべて、相手が癒やされている中で、ほくそ笑んでいた。
結局、夜会での取引は凄い量となり、見事砂糖や香辛料は完売したのであった。家具は陶器のお皿などが売れたぐらいだが、問題ない。あとから付き合いを深くすれば、あれもこれもと買おうと言い始めるのは簡単に予想がつく。
次はこのお金で王都の一番となろうと、画策するのであった。




