67話 ゲーム少女はもふもふする
応接室にはアリスがやってきて、緊張感溢れる空気は霧散した。霧散したというか、アリスが霧散させた。
なにしろフーデがにこやかに挨拶をする中でも、ウサギ耳に触ろうと小柄な身体を乗り出して、対面からちっこいおててを伸ばしているからである。
まるで赤ん坊が玩具が欲しくて、ダァダァと手を伸ばしているように見えるベイビーアリス。
フーデはにこやかな表情を鉄の意思で保ってはいたが、口元が引き攣っており、その表情を隠しきれていない。
周りはその様子に気づいていたが、アリスはまったく気にしない。なぜならば過去もこういったもふもふとか触り心地が良さそうな相手には話しながら触っていたからである。
すなわちそれの意味するところは、ゲーム内では鏡がエモーションで相手を触るようにアクションをしてきたからに過ぎない。その行動がアリスの性格を形づくっているのだから。
「え、え〜と、すいません、アリス様。これからの取引のお話し合いを続けてもよろしいでしょうか」
「えぇ、もちろん構いません。私はもふもふしていますので話を続けてください」
平然とした表情で、なんでもないように言うアリスの言葉に、躰を引きながらさり気なく距離をとるフーデ。
むぅ、と唇を尖らせて不満に思うが、とりあえずクエストを進めますかと話を聞く体勢にする。ちょいちょいとチャシャを手招きしてだが。
「なにかな、アリスちゃん?」
チャシャが不思議そうな表情で近づいてくるので、たあっとチャシャの頭を掴んで膝枕を無理やりして、猫耳をもふもふとしながら。
どうやらもふもふできなかったので、チャシャの頭を撫でることにした模様。にゃ〜んと子猫はじっとしながら撫でられるのであった。
ふふふ、私は猫を膝にのせた黒幕さんですと、アリスは微笑みながら、これまでの会話の内容を聴き取り、ほむほむと頷く。まぁ、猫ならぬキャットニュートなのが少し背徳感を感じるが。
「なるほど、5割の売上を仲介料にですか………。良いんじゃないですか? 王都一番の商会の方がそういうのでしょう? たしかに貴族に強いコネはないですしね。グリムさんは辺境伯さんとのコネがメインでしょう?」
その言葉にぎょっとする鏡以外の面々。まさか、申し出を受けるとは思っていなかったのだ。フーデも含めて。鏡だけは冷静な表情でアリスの言うことを推測して動揺していない。
「えぇ……この間の貴族様との面会もブックス商会に仲介をお願いしましたし……。しかし5割ですぞ? よろしいのですか?」
たしかにそれでも儲けはあるだろうが、それでも暴利すぎるとグリムが尋ねる。
「わたくしもその……。よろしいでしょうか? わざわざ南大陸から輸送してその値段で?」
儲けが出なければ、付き合いを止めるだろうし、他の方法を考えるのかもしれないと、予想外の成り行きにフーデが焦りながら聞く。
その言葉にキョトンとした表情でアリスは返す。
「もちろんです。ただし今までの倍の値段で売ってきてください。王都一番なら簡単でしょう?」
ふふっと微笑む悪徳商人アリスに、フーデはそういうことかと苦々しい表情を浮かべる。どうやら、この少女は単なるお飾りでもなさそうだと、感じ取ったのだ。
だが、所詮は子供の考える浅知恵だと、内心で嘲笑う。海千山千の生き馬の目を抜く商人の世界では、甘い考えだと言わざるをえない。
「前回よりも倍額とはさすがに貴族様に不審を持たれます。その申し出はお受けできません」
「そうですか……。ならば私に提示できる報酬をお願いします。私のお願いは王城への自由な出入りです。王の部屋から宝物殿、秘密の出入り口まで見てみたいので」
「はぁ?」
ポカンと口を開けて、フーデが呆れた表情になる。今、この少女はなんと言ったのだろうか?幻聴だろうかと。
それを聞いて、鏡は笑い始めた。さすがはアリスであると。
「俺も入城許可証が欲しいね。常にそうやって自由に出入りできる場所を増やしてきたからな」
「主に女風呂ですね、わかります、さすがは鏡」
すかさずツッコミを入れるアリス。むふふと楽しそうにツッコミを入れるので、最近少し鏡との掛け合いを楽しんでいる模様。
「女風呂はこの王都じゃないだろうよ、おそらくはサウナが良いところだ。残念ながらな」
ニヤリと笑って余裕な様子で、質問を返すおっさんに、むむぅ、ツッコミに慣れてきましたねと、もっとキレの良いツッコミをしなければと、いつもの如くいらん決意をするアリスであった。
まぁ、そんな二人の漫才は気にされないで、フーデはソファから勢いよく立ち上がり、アリスの馬鹿げた提案に顔を真っ赤にして怒鳴る。
「そんなものは無理ですよ! 王の部屋なんて、王様以外は入れません! 無茶苦茶にも程がありますよ」
「やはり王都一番といっても、その程度なのですね。ならば付き合いを止めて、私たちは独自に商売をするので、お気遣いなく」
あんまり期待はしていなかったので、駄目でも気にしないアリスはそのまま冷静な声音で言う。
「商売合戦、私は相手の商会と競争するのはあんまりしたことがないんです。だいたい金の力で単純に押し潰すだけですので。でも今回はお金がないですからね、その方法以外でやるとなるとわくわくします」
楽しいクエストの始まりだとアリスは無邪気に笑う。こういったクエストは多数やってきた。だいたいライバル商会に投資をしまくり、潰すのがアリスのやり方であった。負けたライバル商会は珍しい素材を貢いでくるか、儲けの良い貿易の取引相手を教えてくれて手打ちとなる。
余裕ですねと笑うアリスを見てとり、フーデは歯噛みしつつ、唸るように返事をしてくる。
「後悔なさならないように、わたくしの商会は王都一番ですので」
「すぐに王都で二番となるでしょうから、その決め方はやめたほうが良いですよ?」
「わかりました、今日のところはこれで失礼をいたします。それではまたお会いしましょう」
うぐぐと唸り、フーデは立ち上がり想定外のことになったと去っていくのであった。すぐに商会に戻り色々な妨害を考えるのだろう。
気遣わしげに、撫でられていたチャシャが聞いてくる。
「ねぇねぇ、本当に大丈夫なの? 王都一番って言ってたよ?」
「たしかにまずくないかい? アタシらは王都のことなんてなにも知らないんだよ?」
レイダも追随するが軽く笑って、アリスは鏡を見ると頷く。
なんで俺を見て頷く訳と、鏡が首を捻り不思議がるが、アリスはあたり前のように告げた。
「サポートキャラのおっさんにおまかせしますね。よしなにお願いします」
オホホと上品ぶったふりをするアリス。だって投資にお金をふる以外はやったことがないので、まずはチュートリアルですと鏡を頼るゲーム少女である。
はぁ〜と疲れた様子でため息を鏡はつくが、これはもしかしなくても、ゲームと同じようにすれば良いと考えついた。ゲームであればとる内容を思いつく。やったことはなくても、攻略サイトで様々な方法は多様に学んでいるのだ。
これがゲームキャラでの異世界無双だと考えた鏡は楽しくなりそうだとニヤッと笑った。
「やれやれ、仕方ないな。アリスはすぐに俺を頼りにするんだからな。まぁ、俺ではないと無理だよな」
肩をすくめて、やれやれと言うおっさん。やれやれと言うわりには凄い楽しそうなので、まったくやれやれ感が出せていない間抜けなおっさんである。
「サポートキャラに頼るのは当たり前です。鏡はサポートキャラ以外での存在感がないんですから、頑張ってくださいよ?」
「あるから! サポートキャラ以外でも、俺は存在感マシマシだからね? 野菜マシマシ、脂身マシマシ、麺固めな、スポットライトを受ける主人公役だから!」
「やれやれ、仕方ないですね。スポットライトを扱う小道具係な鏡さん、期待してますよ?」
やれやれ感を鏡よりも上手く出しながらアリスはくすくすと可愛らしく微笑みながら返事をするのであった。
しょうがないなぁと思いながらも、鏡がアリスをジト目で見ながら考えを言う。しょうがないなぁと思いながらも、とか言いながら、美少女アリスに頼られて嬉しいので、口元がニヤけているのは内緒だ。
周りの面々を見ながら、グリムへと問う。
「これで砂糖や香辛料は売れにくくなったと言うことで良いかな?」
グリムが顎に手をあてながら、考えた内容を答える。
「そうですな……。他にも様々な物を商品とする商会です。恐らくは貴族へと我々の商品の悪い噂を流すつもりなのかもしれません。白すぎる砂糖は塩やら他の粉が混ざっているとかですね」
「ふ〜ん……。食品はそこらへんが面倒だよなぁ。口に入れるものだから危険性を強くかんがえるし、多少の小麦粉や塩が混じっていてもわかりにくいだろうしな」
ふむふむと頷きながら、アリスはこの話の流れの先を推測する。簡単な会話でチュートリアルをする鏡はなんだかんだ言っても優秀ですねと、褒め言葉は言わないが内心では褒めて、話の続きを引き取る。
「わかりました、食品でなければ良いのですね。商会はあそこだけではないのでしょう? 家具やらなにやらをたくさん売り捌けば、私たちのことが否が応でも噂になるでしょう」
「神官様として名を売っても、商売には繋がりにくいですし、その方法でよろしいかと」
ニヤリと腹黒い笑顔になるグリム。空になったカレー皿を手に取り、アリスへと申し出る。
「まずはこの皿を売っていきましょう。なに、下級貴族に金を掴ませて夜会でもやってもらいましょう。この皿を使用しながら」
「わかりました。その点はおまかせしますね」
「ガラスもだな。俺も一緒についていこう。箔がつくだろうしな」
「鏡がついていくと埃しかつかないように思いますがお願いします」
ヒョイとアリスのすべすべほっぺを手で軽く摘みながら、むにーんと伸ばす鏡はそのまま笑顔で言った。
「俺の活躍ぶりを見て驚くなよ? 華麗なる俺の働きぶりに驚くなよ?」
「わかりました。とりあえずお腹が空いたのでカレーを食べましょう」
マイペースなるアリスは、カレーを食べましょうと提案してとりあえずは食事にする。
そうして次の日からそれぞれ活動を始めるのであった。マイペースなアリスは王都に散歩に向かったが。だってクエストがあるかもしれないからですと思いながら。




