5話 ゲーム少女は話を聞く
冷蔵庫にある焼き鳥をパクパク夢中になって、アリスは食べていた。5本もあって全部が違う味だ。鶏皮のくにゅくにゅした感触と脂の甘さが感じられて、砂肝のコリコリとした歯ごたえも楽しい。ボンジリの脂の塊みたいなちょっと固めの肉も、ねぎまのネギと鶏肉の相性も抜群だった。
こんなにも美味しいのは久しぶりだと思いながら、食べていたが
「もうなくなっちゃった………」
お皿にあった焼き鳥は全てアリスの胃袋へと仕舞われたのである。しょんぼりして、美味しかったなぁと、串をしゃぶりながら思っていたら叫び声がしたので、そちらを見ると鏡が何故か驚愕の表情を浮かべていた。
「こ、これは! 味がわかる! 味がわかるぞぉ〜!」
なんだか予想外のことが有って驚いている模様。なんだろう?
おっさんフェアリーは、ガバリとこちらへと視線を向けて叫ぶ。
「焼き鳥の味がわかったんだ! 焼き鳥の味が!」
「はぁ、そうですか。おめでとうございます?」
焼き鳥は美味しいですよねと、まだみみっちく串をしゃぶりながら答えるアリス。美少女が串をしゃぶりながら答える姿は絵面が凄い悪い。
「違うんだって、いや、違わないか。俺は身体を無くしたと思っていたが勘違いだったんだ。未だに俺は身体とリンクしている! 感情などはリンクしないが、身体が感じる味覚や感触はある程度は俺にもわかるんだ!」
ヒャッホーと空中を踊る鏡。おっさんが踊っても全然可愛くないと思ったが我慢する。なにか報酬かクエストがあるかもしれないから。
「良かった! 最悪の中で一条の光が差し込んだ! これでしばらくは大丈夫だよ」
「それは良かったですね。おめでとうございます」
言っている意味はよくわからないが、とりあえずおめでとうと言っておこうと、紅葉のようなちっこいおててでパチパチ拍手する。アリスの拍手するその姿は極めて愛らしい。
おっさんフェアリーがありがとうありがとうと言っているが、絵面的にいらないと思われる。
だが、おっさんフェアリーは、すぐに素に戻った。アリスへと視線を向けて、熱意をこめた声音で語り始める。
「アリス。実はな、お前はゲームのな」
「すいません。満腹度が5%しか回復しませんでした。他の物も食べても良いですか?」
アリスは話を被せて、もしかしたら食べても良いと言ってくれるかもと、おずおずとおっさんフェアリーへと問いかける。
はぁ、とため息をついて鏡は肩を落として頷いた。手のひらをひらひらさせながら
「良いよ、良いよ。冷凍物は電子レンジ。あと他のも料理すれば食べれるよ」
その言葉を聞いて、このフェアリーマテリアルは神様か何かかなと、良い人認定したアリスであった。喜びながら考えた行動をとる。
そして、すぐさま盗賊から稼いだ分のマテリアルをレベルアップに使用する。レベルは6となったことを確認して、料理、調合を取得したのである。
食事が取れるなら、盗賊たちの報酬など安い物だ。料理スキルは必要だったので、レベル上げに使うなんて、凄いもったいないけれども、キヨミーの神殿から飛び降りる覚悟で使ったのだ。
なにしろ、料理スキルは必須。調合スキルは料理スキル使用時にボーナス補正が入るので。反対に調合スキルを使用する際には料理スキルからボーナス補正がかかるのであるからして。
ちなみに料理スキルは上げたが自分で食べたことはほとんどない。貴族への贈り物や、好感度を上げたい人へのプレゼントととしていた。必要ないのは全部店売りだ。
スキルレベルは基本のレベルが上がればそれまで上げていたスキルレベルまでは上がる。そしてアリスは取得したスキルは全て頑張ってマックスまで上げていたので、スキル上げに頑張る必要はない。これまでに取っていないスキルで無ければ。
なので、料理も調合も取得した瞬間にレベル6となった。パパッと、そのスキル効果でご飯を作り始める。なにしろ冷蔵庫の中身を全部食べても良いらしい。こんなラッキーは2度と無いかもと張り切っての料理だ。
どうもマテリアル混入度が低いみたいで、一つ一つの料理の満腹が1〜3%しかない。
でも安心してほしい。冷蔵庫と冷凍庫にたくさん食べ物が入っている。全て食べれば問題はないのである。なにが安心なのかよくわからないアリス理論。
そうして、お米を炊いて、電子レンジをチンと鳴らしながら料理を続々と作り上げていく。レトルトの牛丼に八宝菜。豚バラの生姜焼きに、アジの開きを焼いて、ワカメと豆腐のお味噌汁を作り上げていく。
せっせっと作った料理をテーブルに置いて、炊飯器を開けると5合のお米が炊かれていた。
アリスは満開の桜のような輝く笑顔で、おもむろに作り終わった料理を食べ始めるのであった。
小さいお口にせっせっと料理を運んで食べていくアリス。この牛丼は凄いですね、肉の味がします。八宝菜も冷凍なのに、なかなかのお味。ズズッと味噌汁を一口飲んで、豚バラの生姜焼きをパクリ。うん、よく出来ています、生姜が豚バラの脂をうまい具合に包み込んでいますとご機嫌なアリス。ここは楽園でしょうかと、白米を口に含んで、その仄かな甘みに感激するのであった。
食べ続けるアリスへと、おっさんフェアリーが大量の料理に呆れながらも神妙そうに声をかけてくる。
「よくそれだけ食べれるな。満腹感が無いから大丈夫なんだろうけど」
「褒めても何もあげれませんよ」
間髪入れずに答えるアリス。食事代は払いませんとの牽制だ。食べていいって、言ったでしょ。
「あぁ、味がどんどん感じられるから、それは良いんだが………」
腕を組んで、鏡は真剣な表情になり、神妙そうな声音で告げてきた。
「アリス。お前はゲームを知っているだろう?」
「ええ、もちろん。やったのは確かゲーム好きの鍛冶職人からハンマーを貰うときにゲームで勝たなければいけなかったので、そのときにやりました」
「確か無重力レースだったか?」
おぉ、と驚くアリス。よく知っていますね、さすがフェアリーアストラルと感心する。鏡は感心しているアリスへは何もアクションを起こさずに話を続けるさた。
「そういうゲームの中のキャラ。それがお前だ」
「はぁ?」
なんかさっきも言っていたけど、どういう意味だろうと首を傾げるアリスであった。意味がいまいちわかりにくい。
料理を食べ終えて、アリスはリビングルームへと移動していた。満腹満腹。残りは亜空間ポーチに入れておこうと、調味料も残らず冷蔵庫から移しておいた。アリス基本のスタイル。根こそぎとれ!である。我ながら酷いかもとは思うが、やらないという選択肢はない。
古めかしい旧型のリビングルームだが、ソファはふかふかで、沈み込むように小柄な体躯を座らせて、ウトウトし始める。
ちょっと細目を開けて、鏡へと眠気を耐えて話しかける。
「ええと、話を纏めると、私はゲームの中の最強美少女で、貴方は老婆から貰った願い事を叶える飴を舐めて、こう願った。私が現実化して好き放題生きて欲しいと」
「いやいや、都合の良いように改変するなよ! 俺はゲームキャラになって、剣と魔法の世界でワクワクドキドキの無双生活をしたかったの!」
「へー。そんな話を信じる人がいるなら、教えて下さい。是非友人になりたいですので」
物凄い棒読みで、ジト目となりおっさんフェアリーを見つめるアリス。それを信じる素直な人がいたら、是非友人になって色々お願いしたいと思う。
鏡はシダバタと空中で手足を振り回して、叫んだ。
「もぉ〜! なんで、アルティメットハイパーオンラインが無くなっているんだよ! 存在すらないじゃん!」
そう。アリスにパソコンを操作してもらい、色々と調べて貰ったのだ。その結果、アリスに簡単明快に立場を教えられる肝心のゲームがパソコンから消えていたことが判明した。いや、それだけではない。運営会社もサイトすら、なにもかも消えていたのだ。恐らくはアリスの現実化に伴い消えたと、鏡は推察するが、肝心の証拠がなかった。
その場合、相手にゲームキャラだと信じ込ませるのは限りなく不可能だ。自分だってこんな話は信じない。
通称AHO。ローマ字読みだと受け狙いにしか思えないゲーム。本来はUが頭文字だから、UHOだが、皆はAHOと呼んでいた。世界一売れたオンラインゲーム。
………という訳ではなく、設定山盛り、課金がえげつない、バージョンアップのたびにインフレが激しいとバグが無いことだけがウリのオンラインゲームであった。
宇宙を駆け巡り、古代の遺跡を巡り、アストラル体と呼ばれる化物を退治して、コロニーも作れるし、国すら作れるという触れ込みであった。その名に相応しく3万を超えるスキル群、100万種類以上のアイテムなど、設定山盛りであった。
その面倒さにオンラインゲームなのにユーザーは少なかったが、えげつない課金制度とコアなファンに支えられて10年続いているゲームだった。
その中でも金に困っていない鏡はえげつない課金をして、じゃんじゃんアリスを強くした。しかも無駄のない効率厨だったので、本当に必要なことしか、フレンドとの付き合いやイベント以外はやらなかったのだ。しかもドケチプレイをしていた。
なぜ金に困っていないかというと、鏡は株で数十億儲けてしまったのだった。最初からゲーム感覚でやっていたら20年が経過する頃にはとんでもない金額となったので、会社を辞めて、屋敷を購入して悠々自適の生活をしていた。
しかし、人間は働かないと駄目になるかもしれない。退屈極まりない生活となったので、オンラインゲーム、しかも課金がえげつないAHOをやっていた。
それでもやり尽くした感があって、最近は退屈となってきた時に、ある日老婆と出会った。いつもなら無視していたのに、何故か老婆の話を聞いていた。曰く、老婆が差し出す飴を舐めながら願い事を言えば、願いが叶うとか。
もちろん、いつもの鏡ならそんな馬鹿らしいことにひっかからない。だが、その日は何故か素直に飴を口にして、願った。願ってしまった。
自分ゲームキャラになって、異世界で無双したいと。
で、意識を失ったと思ったら、目の前に戦乙女の最強装備をしたアリスがいて、脳内に魂の主導権を掴むため戦えという声が響き………。
あっさりとワンパンで負けて気絶した。正直、おっさんが戦乙女に勝てるわけないだろ!と怒って起きたときは、半透明の存在となっていたのだった。
恐らくは魂の主導権争いとやらに負けて、自分は記憶の欠片にでもなったのではないか?
異世界にゲームキャラになって無双する話にはキャラが自我を最初から人生経験豊富な記憶つきで持っていて、主人公の魂を反対に乗っ取るなんて無かった。騙されたよと憤慨したおっさんである。勝手に騙されたおっさんが悪いと思うのだが。
がっくりとして、あとはアリスの寝ている姿とかお風呂に入っている姿を見るしか楽しみがないね、結構楽しみかもと、うへへと通報確実なことを考えていた。そうしたら予想外に身体とはリンクしており、強い感覚はわかることができると判明したのだ。
あとは異世界転移の能力と、アリスから約50メートルは離れられること。そしてもしかしたら、アリスが寝ている間は身体を操れるワンチャンがないか期待している。なんか無理そうだけど。操った瞬間に起きそうで怖いので確かめることを躊躇してしまうヘタレなおっさんであった。