28話 ゲーム少女と慌てる傭兵団
瞬時に異世界へと転移をしたアリス。転移したところは相変わらずのボロい部屋だった。なんとなくその光景を見て、アリスはもしかしたら贅沢が好きなのかもと考えた。第三者から見たら、もしかしなくても、贅沢が好きなような感じはするが。
さて、ゾンビ退治の報酬を貰おうかなと、脱いでいた靴を履いて、部屋のドアを開けるとちょうど何故か汗だくで走り回っているチャシャと視線が合う。
「あぁぁぁ〜! いたぁ〜!」
アリスへと指を指して大声をあげて驚いている。
「むぅ。人に指を指して驚くのは失礼ですよ? 賠償金を取られてもおかしくありませんよ」
ちょっとだけ、頬を膨らませて抗議する。その返答を聞いて、チャシャは反対に怒ったような顔で近づいてきた。
「もぉ〜! 部屋にいないから、どこかに行ったのかと皆で探していたんですよ?」
目の前に来て、両手に腰をあてて、プンスコ怒る猫耳少女。そんな猫耳少女へアリスは首を傾げて不思議そうな表情を返す。
「え? 私の契約はいつでも好きなときに顔を出して、好き勝手にクエストを受けるという内容だったはずです。怒られる謂れはないですよ」
キョトンとした心底不思議そうな表情のアリス。
「改めて聞くと、凄い契約内容だな………。これが横行していたAHOの世界観って、やばかったんだな……」
ゲームが現実化した恐ろしさを思い知るドン引きのおっさんフェアリーだった。
チャシャはアリスの返答を聞いて、両手の人差し指を絡めてもじもじしながら呟く。
「だって、昨日の今日でいなくなったら、心配しますよ。しかも神官様だし……って! あぁ〜! 服装が変わってる!」
ようやくアリスの服装が変わったことに気づくチャシャ。見れば見たことのない装いではあるが、立派な服装になっていた。しかも靴も立派だと驚く。
「ふふふ。ようやく普通の服装になりました。昨日のソバ退治のおかげですね」
フフンと胸をそらして、ドヤ顔になる愛らしさ抜群のアリスである。装備を自慢するのは大好きなのであるからして。
まぁ、自慢が大好きなのはプレイヤーとしては当たり前だ。珍しい装備を手に入れたら、まず性能確認の前にフレンドに自慢するのは確実なのだから。
「アリスさんや、ソバじゃないよ? ゾンビだから。ソバだと食べれちゃうからね」
こっそりとサポートキャラらしくおっさんフェアリーが耳打ちしてくるので、ちょっと恥ずかしいアリスであった。
「ソバじゃなくて、ゾンビだそうです。なのでゾンビです」
早口で訂正するお子ちゃまアリスの発言はスルーして、チャシャは見事な服装に感嘆していた。
「それが神官様の制服ですか? なんの素材でできているのかな?」
「これは強化ブロンズパウダーを使われた全耐性を持つ服装です。一人前のハンターが着る服ですね」
自慢しながら、教えるアリスへと尊敬の眼差しを向けるチャシャ。
「へ〜。昨日のゾンビ退治の功績で正式な神官様になれたんだ! おめでとう〜」
パチパチと笑みを浮かべてお祝いしてくれるチャシャ。その内容は勘違いであり、ずれているが。
アリスも褒められるのは好きなので、特に否定はしない。むふふと口元を緩ませて嬉しそうである。
そんな中で、チャシャの頭はゴチンと鳴った。
パチパチと拍手をしていたチャシャへと、後ろから拳骨が振り下ろされたのだ。あうぅ〜と痛さでうずくまるチャシャ。
見ると後ろから呆れた表情のレイダが階段を上がっていたところであった。
「アリスを見つけたら、すぐにあたしに知らせろって言っただろ! なにを遊んでいるんだい」
「す、すいません、団長。でもアリスちゃんを見つけましたよ!」
うぅ〜、痛いと呟きながら、頭をさすって立ち上がるチャシャ。なかなかタフである。
そんなチャシャをジト目になって一瞥したレイダ。頭をかきながら呆れ声を出す。
「そうだね。他の団員が外を駆けずり回っていたのに、結局部屋に戻っていたんだね。あんたらはちゃんと探したのかい?」
またもや怒られるかもと、ペタンと耳を伏せながら、頭を抱えて後ずさりしながら答えるチャシャ。
「探しましたけどいつの間にか帰っていたんですよ〜」
多少の涙声での返答なので、なかなか演技派ですねと内心で思うアリス。アリスには演技スキルがあるので、演技の看破もできるのだ。
「はぁ、まあ良いや。アリス、下で話すよ」
そう言い放ち、くるりと背を向けて階段を降りていくレイダに、アリスも満面の笑みを浮かべて、てってことついていくのであった。
階下に降りて、酒場のテーブルにつくと、探していたらしい団員たちが、周りに声をかけて捜索中止を伝えている。
そんな団員たちを見ながら、アリスは再度契約内容を間違いないよねと語る。
「私は出入り自由、依頼を受けるのも自由、強制依頼はなし。気まぐれな子犬のようなマスコットでお願いしますと、昨日契約がなったはずですか」
「あぁ、その契約で問題はない。二言は無いよ」
その言葉に、うむとレイダは威厳があるように頷く。アリスも対抗して、うみゅと可愛く頷く。威厳を見せたいが小柄な美少女では無理な模様。
「だけど、美味しい話にはのるんじゃないかい? あぁ、これは昨日の稼ぎだよ」
チャリンと大銀貨なるものを渡されるが、チラ見して美味しい話とやらに身を乗り出すアリス。ふんふんと鼻息荒くテーブルに乗っかるように乗り出して、実際に乗り出したので、テーブルごと、うわぁと倒れ込むアホさを見せる。
だが、そんなことでめげるアリスではない。すぐにテーブルを戻して尋ねる。
「美味しい話は大好きです。どこかの晶石鉱山を見つけたんですか? 敵がいれば駆逐して、味方がいれば妨害しますよ。任せてください!」
敵でも味方でも排除する気満々なゲーム少女。鉱山は美味しい素材がたくさんあるので、占有されないうちに採掘しまくらないとと、早くも頭は鉱山に向いていた。気が早すぎる少女なのだった。
「いや、鉱山じゃあ無いよ。あんたは恐ろしくガメついんだねぇ。まぁ、それよりは数段落ちるが、私たちと狩りをしないかい?」
テーブルに肩肘をついて、ニヤリと笑うレイダ。
「狩り? レベル上げのお誘いですか? 私は詩人がいなくても気にしませんよ」
パーティーでのレベル上げでは補佐の詩人がいるといないとでは稼ぎ効率が違う。だが、そこまで効率主義ではないので、せめて治癒師がいれば良いやと考えるアリスである。そしてレベル上げの誘いは現実ではない。それを教えないおっさんフェアリーもそばにいた。教えないのは面倒だからである。
お互いに酷いコンビであったが、ツッコミは残念ながら無い。
「レベル上げが、なにかは知らないが、うちの傭兵団を使って大規模な狩りをするのさ」
「私たちももちろん参加するよ。勢子っていって騒音をたてて獲物を特定の位置に連れ出すの」
ニコニコと笑みを浮かべながらチャシャが口を挟む。
狩りの内容を聞いて疑問に思う鏡が話しかけてくる。
「ちょっと待て。勢子を使う狩りって、かなりの大規模だぞ? そんなの領主が許すのか?」
ん?とアリスはその発言に疑問に思うが、すぐにこの惑星はリポップがないという話を思い出す。それならば貴族がアストラル体が絶滅しないように気をつけていても不思議ではない。
なので、鏡の言葉通りに疑問を尋ねると、レイダはあっさりと教えてくれた。
「絶滅もなにも懸命に魔物や動物を倒さないと、どんどん増えるからね。絶滅するかもなんて考えたこともないね」
「はぁ、ニュートの数が少なすぎて、どんどん増え続けるアストラル体を倒さないといけないという訳ですか」
なるほどなるほどと納得する。それならば少しぐらい敵を倒しまくっても問題はないだろう。
「それに狙うのは金貨数枚で売れるビックボアや剣鹿だけど、他の魔物もたくさん来るからね。魔物が間引きされるから、領主にとっては助かる話なのさ。一応領主の許可も貰っているしね」
そうして、ズイとこちらへと顔を寄せて話を続ける。
「いつもなら大怪我する奴らがいるんだけど、今回は神官様がいるからね。一人あたり金貨2枚は硬いよ? のらないかい?」
「いいでしょう。そのクエストを受領します。安心格安で確実に依頼を遂行する魔風アリスにお任せください」
貴族に挨拶でもするように優雅にお辞儀をするゲーム少女であった。
「よし! 話は決まった! それなら明日の朝から狩りを始めるよ。人数を集めておくれ!」
パシンとテーブルを叩き、そばに付き従っていた右腕っぽい黒猫のキャットニュートへと指示を出すレイダ。
「こいつはペイド。私の右腕で腕利きだ。アリスも困ったことがあったら相談しな!」
叫びながら話は終わりだと、エールを頼むレイダ。食べ物もドカンと酒場のマスターが置いていく。焼け焦げた肉である。ソースも何もなく、ただ豪快にドカンと皿に置いてあった。
酒場のマスターはこちらへと視線を向けて、話しかけてくる。
「これは昨日、お前が買ってきたフワうさぎだ。高級品だからな。味わって食えよ?」
そう言って、他のテーブルにもどんどんフワうさぎのソテーだか、丸焼きだかを置いていく。
「フワうさぎなんて、久しぶりだよ〜。やった〜!」
喜色満面の笑顔を浮かべて、チャシャが肉を取り分けていく。
「はい、アリスちゃんの分」
ウキウキと傍から見てもわかるほどの上機嫌さで、チャシャがドデンと切り分けた肉を木皿にのせてくる。
アリスは、皿の肉を見て、むぅと少し考えながら渡されたナイフでつつく。よく焼けており、というか焼き過ぎで表面が焦げているにもかかわらず、意外と柔らかい肉の反発があった。
少し切り分けて、小さいお口にパクリと放り込む。カッと目を見開いて再度肉を口に入れて咀嚼する。
「むむっ! こんなに焦げているのにまだ柔らかいですね! 肉汁も出きっていて、パサパサなのに柔らかいとは………しかも塩を少し振っただけなので、味がまったくしません! 肉が泣いています!」
不満いっぱいで味の感想を語る贅沢なアリスがそこにいた。塩だけで、しかも丸焼きにされているから不味いのだ。不満いっぱいに叫ぶアリスを見て、周りはどこの貴族の子女だったのかと、苦笑するのであった。