26話 地球人はエイリアンの存在を考え始める
国立国会図書館。日本一の蔵書を誇る図書館である。その図書館では様々な人々が静かに本を読んでいたり、受付が情報をPCへ打ち込んでいた。図書館にふさわしい静寂さを保っている。受付は申し込みのあった本を地下室から運びベルトコンベヤーへ置いて、利用者の手元へ届かせるといった、いつもの作業を行っており、平和そのものであった。
しかし、その平穏は次に来た若者たちにより打ち破られた。観光目的なのだろう。ジュースを片手に周りを見ながらペチャクチャと喋りながら受付まで来る。
「ねぇねぇ、お姉さん。ここってご休憩できるところある?」
「ちょっと、やめなよ~。それだとなんだかえっちぃ~」
「あははは、相変わらずのおやじギャグ~」
受付に来た途端に叫びだす若者たちを見て、そっと溜息を吐き答える受付の女性。こんな輩にはなれているので、すぐにあしらってしまおうと考えて返答をする。
「申し訳ありません。ここは図書館です。おしゃべりはできるだけやめていただき、静かに本を読むところですよ?」
平静な声音で答えてあげて、慇懃無礼に軽蔑のまなざしで見つめる。そうすると若者たちは気まずそうにおろおろとし始める。最初から観光目的であったのだろう。こんな返答が真正面から言われるとも考えていない軽薄さだった。
口を噤む最初に声をかけてきた若者。狙う相手を変えたのだろう。若者を今度は弄り始めた面々。
「だっせ~。論破されたよ、このヘタレ」
「仕方ないじゃん~。怒られれば口つぐむんじゃないの?」
「ぶははは、俺投稿しておこうっと、受付のお姉さんに怒られて涙目になるヤス」
弄られ始めた若者はカッとなり、口を尖らせる。
「なんだよ、お前らも日本一の図書館を見たいとか言ってただろうが! こんな本ばかりのところなのによぉ」
そして手にしていたペットボトルを振りかざして、友人を軽く殴ってやろうとでも思ったのだろう。
だが、運命はそうはしなかった。振りかざしたペットボトルは手からすっぽ抜けて受付の方へ向かってしまったのだ。
それでも空のペットボトルであるし、山なりに飛んできているので怖くはない。受付も冷静にそれを見ていた。少し注意して帰ってもらおうとも考えていた。
そのペットボトルが何もないPCの上でこつんと弾かれなければ。そしてPCの上に半透明の蚊らしき存在が浮き上がらなければ。
ガラスでできたような蚊は、PCへとその尖った口を刺しており、光の粒子を吸い取って体へと流し込んでいた。
一瞬の静寂。予想外の物の出現により呆然とする人々。
「え? なにあれ?」
「なに、蚊のマスコット?」
「ちょっと不気味な程、蚊に似ていない?」
それぞれが戸惑うなかで、焦った受付の女性がすぐそばにあったファイルで巨大すぎる蚊を叩く。
えいっと可愛い掛け声で、ファイルを振り下ろし、それを受けたガラスの蚊は簡単に粉々となり粉末となってPCの上に散らばった。
ごくりと誰かがつばを飲み込む。まだ何かのイベントだと思っているから騒ぎ立てはしなかった。
恐る恐る受付の女性が近寄り、口に刺されていたPCを見ても穴は開いていない。ガラスの粉末のようなものがキラキラと輝いているだけである。
「なんだよ、あれ………。ちょっと不気味じゃね?」
「ちょっと驚かされたよね」
皆は何かがいたとはわかったが、それがなにかはわからなかった。しかもただの粉末と化している。
そこで他のPCの上へと手を翳す職員。まさか俺のPCの上へはいないであろうと軽い気持ちで翳したつもりであった。
しかし、手はこつんとガラスにでも当たる感触がして、またもやガラスの蚊が出現したのである。
「うわっ! なんだ?」
予想外の感触を受けて、後ずさりする職員。
僅かに羽を動かしながら、口から光の粒子を吸い取っている蚊。SF映画とかでありそうな不気味な感じである。何か情報を抜きとられているという感触が人々を襲った。
「きゃ~! 化け物蚊よ~」
真っ先に虫が苦手な人が叫び、図書館を出ていく。そこで、周りの人々も襲われるかもと、席を立ち争いながら逃げ始める。
そこは阿鼻叫喚な世界となった。蚊は平然とPC上にいるだけなのに、妄想逞しく襲われるかもと人々は思い逃げたのだ。ガタンガタンと席が倒れて、逃げていく人々がいなくなるまでそんなに時間はかからなかった。
数時間後、機動隊の面々は盾を構えながら、図書館へと怖々と入っていた。通報を受けて図書館に向かったのだが、その内容がでかい蚊がいるという、ふざけた内容だったから、かなりの初動が遅れた。殺虫剤で倒せばいいでしょうと通報を受けた人へと返事をしていたのだが、次々と同じ内容の通報がきた。
しかも、国立国会図書館でだ。これはさすがにおかしいと警官が2名見に行って驚愕した。本当にガラスのような蚊がいたのである。
それどころか、この蚊は恐ろしい機能をもっていた。
指揮所にいる警官たちが硬い表情で玄関に侵入した機動隊の報告を待っている。少しして報告が無線で入ってくる。
「こちら南雲隊。PC上にガラスのような蚊がいるのが見えます。何か光の粒子を吸い取っています。恐らくは情報の電子化だと思われます。オーバー」
その報告にざわめき、指揮官が緊張気味の表情で指示を出す。
「カメラに写せるか? オーバー」
「現状で写していますが………。どうもカメラ越しだと見えなくなります。カメラでの撮影は不可能と思われます。オーバー」
さらにざわめく人々。そうなのだ。スマフォで写真をアップしようとした人は多数いたのにもかかわらず、その姿は肉眼以外では見られなかった。最初は信じられなかった現象に警官達も半信半疑であった。それも初動が遅れた理由である。
これが国立国会図書館でなければ、悪戯だと思われ放置されただろう。しかし、場所が場所なだけに調査に警官が向かったのが幸いした。
「あれはなんですかね? カメラに写らない生物なんているのですか?」
指揮官の一人がスーツ姿の人間に聞く。
「他国のスパイロボット? こんな堂々とわかりやすい場所にあんな物を使うのか?」
「誰でも借りれる図書館にあんな機密情報満載の機械を使うとは考えられませんが」
当然、そのような答えが返ってくるのはスーツ姿の男もわかっていた。公安でも、こんな凄い生物がいるとは聞いていない。いや、恐らくは機械なのだろう。
そして、他国では聞いたことが無くても、昨日からの騒ぎが関わっているのは明らかでもあった。
深く息を吐いて嘆息してから、スーツ姿の男は苦々しく口元を曲げて答える。
「言いたくはないが………。エイリアンだ。馬鹿馬鹿しい話だと思うが、知識を回収しようとすれば、地球人だってドローンを飛ばすんじゃないか? しかもどこになにがあるかわからない。それならば図書館は狙いどころだろう」
エイリアンなどと口にしたくはなかった。だが、昨日の宇宙船と思わしき巨大艦。あれは実在していると科学者がつばを飛ばして興奮しながら肯定していた。そして今日のこの騒ぎ。これで関係しないだろうと怒鳴るのは映画や小説の中だけだ。
簡単に連想できる内容であるからして、滑稽な話でも口にしないといけない立場である。
「回収できるかね? あの蚊のようなドローンを」
指揮所に入ってくる男性が急に声をかけてきた。見たことの無い人間である。老人であり目をギラギラとさせているのが印象的であった。
「誰かね、君は? ここは警察関係者以外は立ち入り禁止だ!」
怒鳴る指揮官。みるからに一般人であるのに、なぜ入り込んでいるのかが理解不能である。
「やれやれ。映画でも同じような問答があったが………。現実でもあるんじゃな」
老人は嘆息して、後ろへとちらりと視線を向ける。そこには警視副総監が立っていた。気づいて一斉に敬礼する指揮官たち。
「良いんだ。この状況を鑑みてお呼びした方だからな。こちらロボット工学の権威、立花博士だ。今回の蚊騒ぎはどうにもこうにも変な話だから、ちょうど昨日の宇宙船の話で集まっていた会議の中でお呼びした」
「あぁ、その場にいた他の連中も来たがったがな。だが、まずは儂が来たというわけじゃ。恐らくは連中も急いでこちらへと来ようとしている手続き中だろうがな」
そして、立花博士はカメラが置いてある場所まで移動して遠慮なく、カメラの前にいた警官を荒々しくどかして、ドスンと座って見つめる。
「本当にあそこにガラスの蚊がいるのかね? 幻覚とかではなく?」
尋ねてくるので頷く指揮官。
「はい。いると思われます。軽くつついてみたところ感触があるとの事でした。ただ、強く叩くと壊れそうな感じがすると言っています」
顎に手をあて、擦りながら立花博士は言ってくる。
「では、捕獲には慎重にならないといかんな………。なにか壊れやすいガラスを包む物が必要だ。あぁ、あとは他のPC上にもいないか確かめられないかね? 粉末状の物を撒いたりして」
「その準備はできていませんね。こんな状況になるとは考えたこともないですし」
「そうじゃな………。恐らくはあの蚊は高度な技術で作られておる。信じられんことだが、あの口でデータを吸い上げているのだろう………」
その立花博士の平然とした答えに慌てるスーツ姿の男。
「博士。では早く破壊した方がいいのでは? 我が国の情報が知られてしまいます!」
慌てる男へと手を振り、その行動を却下する立花博士。
「どうせ、この図書館にある情報はほとんどが他で手に入る情報じゃ。特に気にすることはあるまい。それよりもだ………。あの蚊を捕獲したほうが、遥かに価値がある。あれがどれぐらいの価値があるかは、おぬしたちではわからないじゃろうな」
興奮した表情でカメラを見つめる立花博士。
「どうじゃ? 儂も近くに行って見てみたいのじゃが」
そう提案する立花博士。だが、事態は思わぬ方向に移っていった。
「た、隊長! 蚊がいなくなりました! いえ、体が崩れていきました! あっという間に………」
「なんじゃと! 自壊したというのか!」
立花博士はその報告に驚愕してカメラにしがみついて怒鳴る。
「うぬぬ………。活動時間があったのか? それとも見つかった事に対する対抗手段か………。わからん。情報が足りん! 崩れた場所にあるサンプルを回収するように指示せよっ!」
怒鳴りながら考え込む立花博士の指示に従いサンプル収集の鑑識らしき人間が図書館に入っていく。
何も映っていないカメラを見ながら、難しそうな表情で考え込みながら呟く立花博士。
「ふふふ。まさか老いてから、このような出来事に出会う事があるとはな………。まだまだ人生を楽しめという事か」
薄笑いをしながら、サンプルを解析しようと待機をするのであった。




