25話 ゲーム少女は街の知識を集める
フンスと鼻息荒く、鏡との話を熱望するカナタの母。どうも勝手が違うなぁとアリスが思うとカナタが頬をぽりぽりとかきながら教えてくれた。
「ごめんね。お母さんは、元児童保護とかをしている福祉の職業をしていたんだよ」
「はぁ、それが私と何の関係があるのでしょうか?」
首を傾げて疑問に思い、ピンとこないアリス。というか児童保護ってなんだろうか。さっきまでの会話で変なところはなかったはずであるからして。
「いや、充分に大変な人生を歩んできたような会話だったよ。今のは」
アハハ、私は事情を知っているから平気だけどねとカナタがしたり顔で答えてくる。
アリスの耳元へと口を近づけてきて、こっそりと言う。
「啓馬さんも宇宙人なんだよね? 働いている様子もないのにお金持ちだから投資家だとか色々な話を聞いたけど」
むふふ、私は全てわかりましたよと、全然わかっていないカナタが予想を言ってくる。まぁ、流れからいけばそう考えるのは当たり前であろう。
アリスはかぶりを振って、否定しながら返答する。
「私は鏡に雇われたのです。雇われた内容は秘密ですが」
「えっ! アリスちゃんを雇った? 啓馬さんは宇宙人じゃないの?」
そのバカ正直な答えを聞いて驚くカナタ。
コクリと頷いてアリスは話を続ける。
「カナタさんの言う宇宙人が地球人以外という意味ならば、その通りです。鏡は地球人ですね」
うはぁと、いよいよ驚愕するカナタ。地球人とは予想外すぎる返答であったからだ。
「え? じゃあどうやって、アリスちゃんとコンタクトしたの? やっぱり怪しい儀式?」
手を掲げて、ベンチャラ〜、アドベンチャーラ〜と言ってくるが、たぶんその掛け声は違う。
「わかりません。なんだか老婆に依頼をお願いしたらしいですが」
色々端折る説明をするアリスである。そのためにさらなる誤解をするカナタ。
「えぇ〜! 宇宙人と仲介をするお婆ちゃん……。そんな都市伝説があったようなないような………とにかく凄すぎるね!」
顎に手をあてて考え込むカナタだが、そこへ母親が口を挟んできた。
「アリスちゃん! 啓馬さんは今日は家にいるのかしら?」
このまま乗り込んで話そうという気概だ。アクティブすぎる女性である。
アリスがどう答えようかなと考える。おっさんフェアリーは頭の上にいますと言っても多分意味が無いだろうことは明らかであるかして。
「あぁりぃすぅ。誤魔化すんだ! 俺はいないと誤魔化すんだ!」
鏡が必死な形相で顔の前でぶんぶん飛び回るので、ぺちりと手で軽く打ち落としてから、カナタの母親へと答える。
「鏡は銀河一周旅行にでかけると言って出かけました。当分旅行をするので帰ってこないと言っていましたよ」
雑すぎる返答をするアリスであった。というか銀河一周旅行は酷すぎる。
だが、カナタの母親は後者の言葉だけを受け取った。前者は冗談だと思っていたのだろう。
ますます険しい目をして、強い口調で呟く。
「娘の世話が面倒で旅行に行ったのね。なんて男性なのかしら………。福祉課に言って引き取ることは………う~ん………」
迷うカナタの母親。それを聞いて絶叫するおっさんフェアリー。
「雑! 雑すぎるだろ、アリス! もう少し俺のことを考えて言い訳をしてくれよ」
「銀河一周旅行は簡単かつ相手が騙されやすい言い訳だと思ったのですが………。この惑星では違うのでしょうか?」
「いや、一人暮らしの子の両親が海外に行っているというのはお決まりな言い訳だけど、それはアニメや小説の中だけの話だぁぁぁぁ」
ついに肩を落として、疲れたように寝そべりふよふよと浮く。いつもおっさんフェアリーは絶叫しているんだからと、放置してカナタの母親へとお礼を言って輝くような微笑みを見せて、頭をちょこんと下げる。
「ご飯、美味しかったです。こんなに美味しいご飯をありがとうございました。では、私は用事があるので行きますね」
ただのご飯は美味しいですとご機嫌がよいアリス。それを見て、カナタの母親はますます勘違いする。
「あんな簡単なご飯でそこまで嬉しいなんて………。グスッ、お腹が空いたら、ううん、いつでも来なさい。困った事があればすぐに来るのよ? あと、お父さんが帰ってきたら教えてね!」
涙を浮かべるカナタの母親。どうも感動ポイントを稼いだらしい。なんか面白い人だなぁと、もっとも面白い人であるアリスは思いながら、家を出ようとする。
そんなアリスへとカナタが声をかける。
「ねぇねぇ、アリスちゃんは今日はどうするの?」
「今日は街の知識を集めようと思います。この地域は色々風習が違いますので」
冷静な声音で淡々と語るアリス。次の行動は決まっているのであるからして。
「観光? なら、私が案内するけど?」
わくわく顔のカナタである。恐らくは面白い事が起きるのではと期待していることが丸わかりであった。気持ちはわかる。何しろ宇宙人であるのだから。
その提案をかぶりをふって断るアリス。
「いえ、私は観光の前に知識を集めたいのです。あまりに違う風習なので色々気をつけないといけませんから」
「そっかぁ~。なにか面白い事をやるなら呼んでね。すぐいくから! 即行くから!」
少しがっかりとした表情になった後に、アリスへと顔を近づけて興奮した表情で告げてくる。なにか面白い事とはなんだろうか。アストラル体狩りかな?と自分基準に考えるアリスであった。
絶対にすぐ来るのよ~というカナタ母親の強い熱心な言葉を聞かされて、適当に頷いて帰宅したアリス。
今度はしっかりと靴を脱いであがる。そして裸足でよごれた床をふきふきとお利口さんに拭いていく。
すこしして、全てが綺麗になった後にリビングルームで弁当やパンを20個ずつほど取り出す。
先程の朝食では、もちろん足りなかったアリスである。満腹度をせいぜい3%あげたぐらいであろうか。燃費の悪い少女であった。
いただきま~すという前に気づいたことを達成する事にする。
台所からどんぶりを取り出してきて、亜空間ポーチから粉が入っている袋をドサドサと12袋出してみる。
その袋を見て、首を傾げる鏡。不思議そうに尋ねてくる。
「アリス、それはなんだ? スープの素かなにかか?」
「いえ、これは悪名高きインスタントモスキートの粉です」
「あぁ~、インフレが止まらなくなった時に実装されたやつか………。そういや倉庫に入れて置いたな」
アリスの言葉に納得する鏡。アリスはヤカンに水を入れて、そのまま粉を入れたどんぶりに水を入れていく。
数秒後にもぞもぞと粉が集まり、半透明に輝く30センチぐらいのガラスのような蚊が生まれてくる。その数は12匹。先程入れた粉の数であった。
「これで情報収集ができますね。フォルダにこの惑星の名前つけてっと」
ステータスボードのライブラリー一覧にある惑星や国についてと書いてあるフォルダに新たに地球と書いて、すぐにわかるようにする。
そして、ガラス窓を開けて、インスタントモスキートへと指示を出す。
「この地域の情報を全て集めてきてください」
その指示に答えるようにブーンと羽を震わして、窓から出ていくインスタントモスキート。半透明の体が完全に透明になる空気に溶けるように消えていく。
「後は情報が集まるかの確認ですね。ご飯を食べた後に見れば良いと思います」
そうしてアリスはテーブルに広げられた弁当を開けて、嬉しそうに食べ始めるのであった。
インスタントモスキートとは何か?それはインフレが激しくなった500レベル以上の種族が使えるときに実装された初心者調査用ドローンである。これは各敵のサーバールームなどに忍び込み、開発技術やレシピなどの知を吸い取る使い捨て兵器である。ちなみに紙などもスキャンして取り込む機能もついている厄介さだ。
情報収集用ドローンなら多数あった。その中でもこのインスタントモスキートは悪名高かった。何が悪名高かったかというと、敵のセキュリティを破り忍び込むのはまだいい。他の機械も同じだからだ。モスキートが違うのはデータを収集したら、即使い手にそのデータが送られること。そして誰が送ったかがまったくわからないという悪魔的性能を持っていたからである。
通常は盗んだデータの送信には時間がかかるし、捕縛すれば誰が送ったか解析をつかえばすぐに判明する。だが、それがわからないうえに、このインスタントモスキートは安いコストで作れたのだ。初心者救済のためのドローンであったが、その悪質ぶりに多くのプレイヤーが悲鳴を上げた。このモスキートの対抗策がアップデートされるまでは、猛威を振るったのであった。
そんなモスキートだから、たとえ捕縛されても誰が送ったかは判別つかない。そしてこの惑星の技術力ではモスキートを防ぐことは不可能であると結論づけていたアリスである。攻撃力が無いうえに壊れやすいが、そこは数でカバーすればよい。
いくらでもクラッキングができるんだから、それを使えばいいじゃんと思うのは現実世界の人間だからだ。ゲーム少女は決まった手順や方法ではないとこういった情報収集はできない。
「インスタントモスキートかぁ。まぁ、犯人は絶対にばれないし、いっか」
鏡もうんうんと頷いて気軽に同意してくれる。所詮、この町の中だけの情報収集だし、この地域の情報が手に入れば、アホなことをアリスがしないと考えたからである。
「すぐにインスタントモスキートの情報は集まると思いますので、それまでは待機ですね」
そう言って、弁当を開けていき口元を綻ばせてアリスは嬉し気に食べ始める。ん~、このちくわを揚げたのは揚げた衣が美味しいです。海苔弁当とはなかなかにくいです。この海苔の食べかたには工夫が要りますねとパクパク食べる。
実に幸せそうに食べるアリスを見て、もう平和だろうと鏡ものんびりとゴロゴロし始めるのであった。
もちろん、そんなことは無い。平和などという言葉はゲーム少女には似合わないのである。それはライブラリーへと凄い勢いで情報が入ってくることからわかる。
この地域。それが町内を示すのではなく、関東全体を示していたことに鏡が気づくのは大分先であった。
そして関東の主要データセンターは突如現れた地球のモノとは思えないモスキートを発見して阿鼻叫喚となっていた。
だが、その時アリスはご飯を優先していたので気づかなかった。たぶん気づいても止めなかったと思われるが。
そしてパクリと弁当を嬉し気に、楽しそうに、幸せいっぱいで食べ続けるゲーム少女であった。