24話 ゲーム少女の近所の朝ごはん突撃
おじゃましま~すとアリスはてってこと、家の中に入る。玄関は広く、上品そうな建物であり、まだまだ新しい。隣に建てられた道場とは違い新築みたいである。広さもあり旧型の家屋だとしても、そこそこ高いのだろうなぁと考えながら、おじゃまする。
「えへへ~。この家は2年前に建て直したんだよ。綺麗でしょ~」
カナタが得意げな表情で語ってくるのを頷いて、アリスは家の中を観察した。内装も玄関は広くとられており、それだけでこの家が金持ちなのはわかった。玄関が広くとられているというのは、金持ちしかあんまり考えないからだ。
現に自分の初期に作った家は玄関は狭かった。たぶん一人が立てばもう出入り不可能になる狭さだ。
靴を脱いで入るカナタを見て、アリスも靴を亜空間ポーチに入れようとする。というか、実際に仕舞うと頭の上で浮いていた鏡がうるさく言ってきた。
「ピピー! イエローカード! イエローカードです。 アリス、この惑星ではその行動はアウトだから! 確実にクエストがショートカットされるけど良いのかな?」
「むぅ、面倒な惑星です。仕方ありませんね」
亜空間から靴を取り出して、玄関に置く。そして靴を眺めて考えてからおっさんフェアリーへと問いかける。
「盗まれないでしょうか? そこらへんの住人が勝手に履いていかないでしょうか? 凄い心配です。まだ登録機能はないんですよ?」
自分の拠点以外でアイテムを置きっぱなしにしておくと盗まれるのではと心配するアリス。過去にあったのだ。パワードーアーマーにエネルギーコアを入れたまま放置しておいたら、住人が勝手に着ていったことがあるのだ。あそこは自分が大量に投資して開発を進めていた場所なので、まさかそんなことをされるとは考えてもいなかった。
その時はエネルギーコアを入れたままだと、住人は勝手にパワードアーマーを着ていくよと友人のハンターに教えて貰って口を開けたまま唖然としたものである。
それ以来、装備品などは高くてもトレードしない時は、絶対にエネルギーコアを抜いておく。そして自分の物だという登録機能をつけたのだ。それ以来少なくとも住人から盗まれたことはない。
しかし登録機能がつけれるのは当たり前だが機械が使われていないと無理である。そして機械が入った装備はレベル20からの物だから、この靴は対象外なので盗まれることを危惧するアリスである。
「近接盗難防止地雷をつけておいたほうが安心できると思うのですが、どうでしょうか? つけておきますか?」
亜空間ポーチから、小さい箱のような近接盗難防止地雷を出して、手にとりながら、可愛らしく小首を傾げて、恐ろしい内容を口にするアリス。それならば少なくとも住人が盗もうとすれば爆発して気づく。
「駄目だから! 死人でちゃうから! 大丈夫。この玄関は大丈夫だから、とりあえずその手に出した近接盗難防止地雷をしまってくれ!」
両手を振り上げて大声でアリスの行動を非難する鏡。なので、本当に大丈夫なのかなぁと不安感いっぱいで、近接盗難防止地雷を亜空間ポーチに仕舞う。こんなの爆発してもちょっと痛いだけだから、爆発時の音が重要なのだと愚痴るゲーム少女である。
実際にこの玄関で爆発したら確実に死人が出るので、素直にアリスが仕舞うのを見て、鏡はホッと胸を撫で下ろした。
「えっと………。なにか問題があった? アリスちゃん」
カナタがアリスがなかなか玄関から動かないのを見て戸惑いながら尋ねてくる。アリスはそれを微笑みながら
「いえ、立派な玄関なので感心していたのです」
「あ、そう? えへへ。褒めてくれてありがとう」
先程までは他人の家に装備品を置いておくと盗まれるのではと危惧して地雷まで設置しようとしていた人間には見えない演技である。常に最善の選択肢を取るために余念がないゲーム少女であった。
そうして、ダイニングルームまで案内される。ガラス扉を開けてカナタが台所へと声をかける。
「お母さん、ただいま〜」
「お帰り。遅かったのね。どうしたのかと心配したわ」
返事をしてきた女性は見たところ35かそこらの年代だろうか。カナタに目元が似ている優しそうな、そこそこ美しい顔だちの人であった。
「それでパンは買えたの?」
「え? パン?」
母の言葉に動揺するカナタ。手には何もない。なぜならば緊急回避的にアリスへとあげてしまったからである。
このままでは母親に怒られると、こちらをチラチラと見てくるので、アリスはピンときた。
「はい。カナタさん。これが欲しいんですよね?」
ほいっと亜空間ポーチから食パンを取り出してカナタに手渡すアリス。
なんとなく受け取ってしまったカナタは驚きの声音をのせて確認してくる。
「いいの? 報酬だったのに?」
マジマジとアリスの顔を見ながら信じられないといった表情をするカナタ。さっきは報酬よこせと銃まで抜いたのだ。それがあっさりと返してくれるとは思いもよらなかった。
だがアリスの中では矛盾していない行動だ。報酬を取るときはできるだけむしり取る。そして……。
「良いのです。必要な人に渡すのがふさわしいと思いますので」
ニコリと微かに笑いながら返答する。内心で好感度は上がったよねと確信もしている。
そう、実は貢ぐ能力も高すぎるアリスである。好感度をあげて新しいクエストを受けるのに仕方ないので。必要経費というやつだ。
そして好感度上げのクエストはだいたいが報酬はない。好感度を上げると新しいダンジョンの場所を教えられたり、貴重なアイテムを貰えたりするから、それまでは貢ぎまくろうと決心するアリス。実に決心してはいけないことを考えるゲーム少女だ。
アリスがカナタへ食パンを渡したのが見えたのであろう。中から、不思議そうな表情をしながらカナタの母が出てくる。そしてアリスを見て目を丸くして驚く。
「あら! 随分可愛らしい女の子ね。こんにちはお嬢様。私はカナタの母です」
微笑んで歓迎をしてくれるカナタの母。アリスもよそゆきの笑顔を浮かべてペコリと頭を下げて、その子供のような容姿を利用して愛らしく挨拶を返す。
「おはようございます。私はお向いに引っ越してきた魔風アリスと言います。母が亡くなり認知をしてくれた父が引き取ってくれたんです。しがないバウンティハンター業をしています」
その言葉を耳に入れて、僅かにカナタの母の目が険しくなる。そして常にバウンティハンターだとアピールするアリス。
だが、カナタの母はすぐに柔和な表情に戻り
「ようこそ、これからよろしくね。ご近所さん付き合いね」
微笑んで返事をしてから、カナタへ目線を向けて、どういうことか説明しなさいとアイコンタクトをした。
それを受けて、ワタワタと両手を顔の前でひらひらと動かして弁解するカナタ。
「えっと、せっかくだから一緒に朝食をと思って誘ったの!」
「なるほどね。アリスちゃん、粗末なものですが食べていってね」
母性溢れる微笑みを見せながらカナタの母は挨拶をするのであった。
トーストに目玉焼き、豆腐の味噌汁と和洋折衷なちょっとへんてこな組み合わせの朝食であるが、アリスには関係ない。全て美味しそうに見えるからである。なにしろ食べ物は半分腐った物かリンゴ以外はボス戦でしか食事を取らなかったゲーム少女だ。全てが魅力的に見えた。
「いただきま〜す」
目を輝かせて満面の笑顔で食べる姿は幼さもみえて、かなり可愛らしいアリス。このトーストは柔らかくて小麦の味がします!目玉焼きをトーストに少しのせて食べると絶品です、黄身がとろりとして美味しいです。豆腐の味噌汁はちゃんと出汁を摂ってから作っている。味に深みとコクがあり美味しい美味しいと食べるアリス。
まるで欠食児童のような食べっぷりである。そんなアリスへと優しい目で見つめながら、カナタの母が尋ねる。
「ふふ、そんなに美味しいかしら? トーストとお味噌汁は合わないと思うんだけど」
「美味しいです! こんなに美味しい食事はなかなか食べれませんので!」
小さいお口にパクパクと食べ物を入れながら喋るアリス。本当に美味しそうに食べるので見ているほうも幸せな感じになる。
「いつもは何を食べているのかしら?」
「鏡の家に…。いえ、父の家に来る前はリンゴが主食であとは半分腐ったものですね」
毒耐性を上げるために。という副音声はおっさんフェアリーには伝わったが、カナタの母には伝わらなかった。
顔を顰めて、同情の表情となり優しい声音で語りかけてくる。
「……そう……。苦労したのね……。でも、もうお父さんがいるから安心よね。ちゃんと食べているのかしら?」
「冷蔵庫の中は全部食べて良いと言われました。あと、お金をあげるので、それでなんとかしろと指示を受けましたね」
全て本当のことだ。亜空間ポーチへと調味料から氷まで全て入れたがめついアリスは、食事には新しい食材が必要です。もうさっきの調味料とかは私のものですと駄々をこねて、鏡から金を分捕ったのだ。
しかし子供のように見える少女が、そういった発言をすると違う意味でとらえられた。
一気に険しい表情になったカナタの母が呟く。
「なんてことかしら! お金だけあげれば良いという考えなのね! 金持ちだとは聞いていたけど……」
そうしてアリスへと尋ねてくる。
「学校はどこなのかしら? そういえば何歳なのかな? アリスちゃんは」
「15歳ですよ。学校は中卒とかです。もう学校には行かなくて良いんですよね?」
平然とした表情で、たしか設定はあっているはずと、アリスは思いながら答える。
カナタの母はその答えを聞いて、少し唖然としたあとにバンとテーブルを叩いて立ち上がった。
険しそうな声音で怒鳴るように言う。
「なんてこと! 中卒? アリスちゃんはカナタと同じ歳なの? そんなに細い小柄な身体で? しかも学校も行かせてもらえない?」
怒鳴ったカナタの母を見てキョトンとする。なにか問題ががあったただろうかと。
こちらへと来て、ギュッと抱きしめてくるカナタの母。
「わかったわ! お姉さんに任せなさい! 貴女の父親とお話するわ」
その反応を見たおっさんフェアリーは頭を抱えて、もんどり打ちながら叫ぶ。
「ほらぁ! やっぱり俺がゴミのような人間に思われたじゃん! ネグレクトがあって栄養不足な少女! そして学校も行かせない渋々娘と認知した父親! こんな内容、小説かけちゃうよ! どうするの、これ? どうやって話をおさめるの?」
カナタはこちらを見て、タハハと軽く笑っている。アリスが宇宙人だと考えているから、特に思うところはないらしい。
どうしてそんな状況となったか、いまいちわからずにアリスはご飯は美味しいですねと、抱きしめられながらも、食べるのをやめないアリスであった。