20話 猫耳少女は謎の少女を見て戸惑う
ふわぁとあくびをして、チャシャは藁のベッドから起床した。小鳥の囀りの中で、陽射しが明るくなってきたので、そろそろ起きないとねと、まだまだ眠いが無理やり身体を起こす。
身体についた藁を、ちょこちょこと払いながら周りを見渡す。
他のベッドには、クロームやブチーダが寝ているが起きる気配はない。昨日は寝るのが夜遅かったから当たり前である。
それでも新米の仕事をサボるわけにはいかないので、二人へと声をかける。
「起きて〜。朝ですよ〜!」
ほらほらと身体を揺すって起こそうとする。寝相が悪くて、ベッドから落ちそうなブチーダ。規則正しい寝息をたてていたクロームが、その声で起き始めた。
「もう朝かよ〜。さっき寝たばかりじゃん」
「正直、頭が回らないよ……」
くぁぁと大きくあくびをしながら、それでも起きる二人。
二人共、同じ農村の出身であり幼馴染だ。なぜ傭兵になんかなったかというと貧乏だから。簡単な理由であった。
そんな3人は農村にいても、将来がない。長男でもなければ、長女でもないのだ。チャシャももちろん長女ではない。そんな境遇なので、身を立てようとすれば新たに田畑を作り上げるか、開拓民として危険な魔物がいる場所に売られるように連れて行かれるか。チャシャならば娼館でもおかしくなかった。
だが、両親たちは優しかった。いや、普通の農村の人よりは優しかったというべきだろうか?
人脈もなにも無い両親たちは、たまたま来ていた猫まっしぐら団に入れてくれないかとお願いをしてくれたのだ。レイーダさんは苦笑しながらも、わたし達を引き取ってくれて、戦う術を教えてくれた。そして一年がたち、ようやく私たちは武器を貰い、そこからほそぼそとさらに一年間傭兵の仕事をしてきたのである。
「ねみぃ〜」
「昨日は遅かったもんね〜」
「まだまだ寝れる自信あるよ〜」
各々が眠い眠いと言い合いながら、部屋を出て厨房に向かう。新米はお金が無いので、大部屋には格安に泊まらせてもらえる。その代わりに厨房の食事の準備や厩舎の掃除など細々な仕事をするのが慣例だ。
階段を降りながら、チャシャはクロームたちに尋ねる。
「ねぇ、アリスちゃんはどうする? 起こす?」
アリスちゃんも新米であるから手伝わないといけない。普通はそうなんだけど………。
「う〜ん、アリスは別口じゃないか?」
「初日から個人部屋で泊まってますしね〜」
そうなのだ。昨日出会った治癒魔法を使う少女。裸足でみすぼらしい服しか着ていなかった人間族。森で出会った時は、薬草でも取りに来ていた村の少女だと思った、美しい少女。
「だよね。普通なら新米は特別安く泊まらせてもらっているから半分はここの従業員だぞって、説明文を受けるんだけど……。普通にお金を払っていたしね」
私たちは彼女に助けられて、お礼を支払った。正直、命を救って貰った金額にしては安い大銀貨3枚っぽっちだ。それでも私たちには痛い出費であったのだけど……。
「彼女は全然お金に困ったようには見えなかったよね。なにしろフワうさぎを買って入団試験をクリアしちゃうし」
そう言って苦笑いをするクローム。そうなのだ。報酬もないただの入団試験。しかも普通はクリアできない内容なのはすぐにわかった。簡単には狩れないことは子供でも知っているからだ。恐らくは物凄くアリスちゃんに有利な入団内容だったので、達成できない条件にしたのは明らかであった。
それでも命の恩人だからと、手伝おうとしたのだけど、実物を見たいと言うので肉屋に連れていったらあっさりとその場でフワうさぎを買い占めたのである。それも金貨をジャラジャラと取り出したので、ビックリしたものだ。
「依頼をこなしたばかりだし、新米として扱うかは団長に聞こうぜ」
ブチーダの言葉に、そうだねと頷き厨房へ向かうのであった。まぁ、神官様を新米扱いするとは到底思えなかったが。
厨房に行くと、酒場のマスターがじゃが芋を剝いており、こちらへとかごいっぱいのじゃが芋を剥けと視線で言ってくる。
「は〜い。私は皮剥きしますね」
「なら、俺は水くみにいってくるわ」
「僕は昨日の洗い物をしてきますね」
皆バラバラにできること、得意なことをやるために仕事を始める。ドワーフには勝てないが猫人族はそこそこ器用だ。それにいつもやっていた仕事でもある。
包丁を持って、じゃが芋の皮をするするっと剥いていく。少し遅れて、もう一組の三人組の新米パーティーもやってきた。
「おはよ〜」
「ありゃ、少し遅れた?」
「ねみゅい〜」
少女だけの構成のパーティーである。1年前にやってきた私たちと同じような境遇の娘たちだ。
一気に厨房は騒がしくなり、次々に起きてくる先輩傭兵たちへのご飯を作らないといけない。この宿屋には80人程の猫まっしぐら団のメンバーが滞在している。2万人程のダイショーの街でライバルである犬人族の団と同じぐらいの規模を持つ。そのため、ご飯を作る量も多い。
一生懸命に皮剥きをしていると、もう1人の皮剥きを始めた後輩がこちらへと興味深げに顔を向けた。
「ねぇねぇ、神官様が入団したって、本当?」
「あ、それ私も聞いたよ。治癒魔法を使えるって?」
野菜を切っていた娘も話に加わってくる。二人共昨日の場にはいなかったのだろう。
私は素直に頷いて答える。
「うん。凄い神官様だよ。神聖魔法も凄くて、墓場にいるゾンビを全部倒しちゃったんだ!」
少し興奮して、昨日の状況を話す。正直、神官様の治癒魔法や神聖魔法を見るのは昨日が初めてだし凄かった。
「少し休むと魔力も回復したし、凄い人っているんだよね」
でも、回復時は無防備になると言っていた。なら、私たちとパーティーを組んでくれないだろうかと考えてもいる。そうすれば護衛になるはずだ。内緒だけど。
「ほぇ〜。人間族って、聞いたよ? それ本当?」
「うん。まだまだ小さい子供だよ」
「へぇ〜。人間族は鍛えると凄い能力の持ち主になると聞いたことはあるけど本当だったんだぁ〜」
感心してウンウンと頷く後輩。たしかに何をしてもひ弱な人間族だが、鍛えると恐ろしく万能な使い手になるという噂は聞いていた。現に王国最強と呼ばれる騎士団の団長は人間族だ。剣も魔法も使えるらしい。
でも平民の人間族しか見ない私たちはひ弱な姿しか見たことはない。だから想像つかなかったが、今ならわかるような気がする。
そんな考えをしていたら、良いこと考えたと後輩が声を発する。
「あたしたちとパーティー組んでくれないかな? そうしたらじゃんじゃん稼げそう!」
「だめ! 私たちも狙っているんだから!」
「え〜。早いもの勝ち〜?」
ワイワイと言い争う私たち。だってこの傭兵団を紹介したのは私たちなんだからという思いがある。それに命を助けられた恩返しもしたい。
「お前ら、手を休めるな! さっきから全然手が動いてねぇじゃねぇか!」
マスターが、私たちに大声で怒鳴る。私たちは慌てて首をすぼめて、耳をぺたんこにして謝る。
「すいません! すぐに皮剥きをします!」
「すぐにやります〜」
冷や汗をかきながら、皮剥きを再開する私たちを見て、マスターは嘆息して話を続けた。
「ったく。仕方ない奴らだ。神官様がお前らみたいな新米と一緒に行動するわけないだろう? 昨日の力試しのゾンビ討伐も凄かったとくれば凄腕の傭兵が一緒に依頼をこなすだろうよ」
そう言い放つマスターの言葉にもっともな話だと、しょんぼりする。この街ですら1人しかいない貴重な神官様だ。新米傭兵と一緒に行動なんてできるわけがない。
はぁ〜とため息を吐いて、しょんぼりする私たちに難しそうな顔をして、さらに話しを続けるマスター。
「それに貴重な神官様だ。領主様もなにかしら言ってくるだろう。お前たちには荷が重い。諦めるんだな」
正論過ぎる正論である。ポーションはじわじわとしか効果がないし、毒や病気などは、それにあった薬を作らなければならない。しかし、治癒魔法なら万能であり、即効性もあるので、絶対に多くの人が欲しがる能力だ。
「う〜ん。やっぱりトラブルになるんでしょうか?」
考えれば考えるほど、そんな感じがしてくる。でも不思議なことにアリスちゃんは喜々として、そのトラブルに首を突っ込みそうな想像もできるので不思議だ。なんでだろう?
「もちろんトラブルにはなるだろう。恐らくは昨日の門兵から既に話はいっているだろうよ。団長はその中で金をどう稼ぐか考えているはずだ」
「はぁ、さすがは団長ですね」
私の言葉に頷いて、マスターはまた怒鳴った。
「それよりも、また手が止まっているぞ! 仕事をしろ! 仕事を!」
「はい! すぐにやります!」
慌てて再度皮剥きを開始しながらも思う。アリスちゃんは私たちと依頼をしてくれないかなぁと。
なんだか一緒に依頼をすると、楽しそうな予感もするのだ。そう思いながらチャシャは芋の皮剥きを続けるのであった。
昼になっても起きてこないアリスちゃんを部屋まで見に行ったら、もぬけの空であったので、大騒ぎになることになるのだが。




