181話 誘拐されるSR乗り
ホテル内での戦闘は速やかに終わりを告げた。迎撃する日本兵は、敵兵の予想以上の戦闘力に一旦退却しなければならなかったからだ。
侵入者であるのに、堂々と廊下を歩く敵兵の集団。絨毯が敷かれた廊下は無残にも軍用ブーツに踏み荒らされてボロボロになり、クリーム色の壁には弾痕が残り砕けているところもある。
敵の兵士は5人程度で、前列に3人、誘拐した軍の高官の家族がその中央に。後続に2人と並んで歩いている。誘拐された者たちは怯えた表情で従い、子供が親にしがみついて震えていた。誘拐されているのは、全員で8人ほどの集団だ。
「き、君。身代金目当てかね? このホテルは太平洋連合御用達のホテルだ。面子にかけて君たちをすぐに捕まえに来るだろう。降伏した方が身のためだぞ」
ラフなアロハシャツを着た一人の男性が意を決して、誘拐犯たちに声が多少震えながらも話しかける。だが、その勇気ある言葉は敵兵たちのせせら笑いで返された。どうやら日本語がわかるらしい。
「馬鹿かてめえは。んなことは、こちとらわかってるんだ。ここを攻撃するのに、そんなことを理解していないわけないだろ」
男性を馬鹿にして、後ろの兵士が殴ってやろうとアサルトライフルの銃床を男性に向けて叩こうとする。
「伏せろっ!」
だが、その攻撃は迂闊であり、アロハシャツの男性の狙っていた行動であった。叩きつけられようとした銃床を払いのけると、兵士の懐に入り込み、その腕を掴み肘を極める。痛さで蹲ったところをアサルトライフルを奪い取り、後方の兵士を撃ち、肘を極めている敵を盾にすると自身も腰をかがめて伏せる。
そうして敵が動揺したところに、廊下から飛び出してきた味方の日本兵が混乱した兵士たちを撃ち殺す。そうして、誘拐犯は全滅した。
と、なる予定であった。既に前方の通路角には仲間がいるのを理解していて、連携を組んで誘拐犯を倒すつもりであった。
「なにっ!」
だが、その予定は夢に終わり、男性は目を見開いて、予想外のことにくぐもった声を上げる。
なぜならば、アサルトライフルを弾き、懐に入り込み、肘を極めるところまでは予想通りであった。しかし、予想外のことに肘を極めても、途中で鉄の支え棒でもあるように硬い感触が返ってきて、極めることができなかったのだ。
「残念だったな! ブービー賞だ!」
不注意に男性を叩こうとした兵士は口元を歪めて、意地悪そうに笑うと、極められた肘を力だけで振り払い、拳を繰り出す。
振り払われた男性はその感触と怪力に、何者か思い当たり苦虫を噛んだように表情を歪める。
「くそっ、機械強化兵か!」
「当たりだ!」
敵兵の拳をなんとか腕をクロスさせて防ぐ男性だが、そこまでであった。まるでハンマーのような一撃に腕が痺れて、後退る。その隙を逃さずに、敵兵は正面からのキックをお見舞いし、男性はくの字に身体を折って蹲ってしまった。
廊下に隠れていた3人の日本兵は男性の奇襲が失敗したことに気づき、アサルトライフルを構えて躍り出る。そのまま、引き金を引き敵兵を倒そうとするのだが
「甘いな、日本兵!」
敵兵の中でも巨漢の男が咆哮し、獣のように飛び出すと、床にミシリとヒビを入れて、その強力な踏み込みでジャンプする。アサルトライフルを持ち、防弾装備の戦闘服を着込んでいるにもかかわらず、その重さを無視して、壁をダンと蹴りつけると三角跳びをして、クルリと身体を回転させて、天井に逆さまに足をつける。
驚くことに、そのまま数秒間、重力を無視したかのように走り、あまりの行動に動揺する日本兵へと蹴りかかる。先頭の一人の頭を強く蹴り抜けると、反動を利用して隣の日本兵にソバットを決めて、最後の日本兵へと身体を縦回転させてムーンサルトキックを頭上から食らわせて倒すのであった。
どう考えても人間には不可能な動きだ。その動きは淀みがなく、自分の怪力を完全に制御していた。
「さて、これで抵抗は無駄だとわかったか? 出雲大尉」
余裕を見せて、敵兵が嗤う。その視線の先はたった今抵抗を見せた男、太平洋連合軍のSR乗り出雲大尉であった。
腹を抑えながら、出雲大尉は憎々しげに口を開く。
「機械強化兵。身体に機械を埋め込んだ命知らず。お前ら、悪名高い人狩りだな?」
機械強化兵であることから、何者かを連想して出雲大尉は舌打ちする。
「あぁ、そうだ。俺たちは人を商品としていてね。お前のようなエリートSR乗りは下手な科学者よりも高く売れるんだ。だからおとなしくして、助けが来るのを待っていろよ」
ニヤリと嗤う男へと、出雲大尉は絞り出すように答える。
「ぬかせ。運ばれたら最後逃げられないだろうが」
「お前は随分と悲観的なんだな。まぁ、その方がやりやすい」
ゲラゲラと嗤って、敵兵は誘拐した者たちを顎で促すと、出口へと向かう。その態度を見て、出雲大尉は顔を顰めさせる。
「おとーさん、だいじょうぶ?」
まだ8歳になったばかりの娘が殴られた父親を心配して、この裾をキュッと掴む。出雲大尉は無理矢理顔を笑顔に変えると娘の頭を撫でて安心させる。
「大丈夫だ。お父さんは強いからな」
「貴方……」
その様子を悲痛の表情で妻が見てくるので、小さく頷き安心させる。大丈夫だと。
だが、逃げるチャンスは今が絶好の機会だとも思っていた。危険だとはわかっていたが、家族が怪我をする可能性もあったが、ここしか無いと考えていたからだ。
なぜならば太平洋連合軍の管轄するホテルに襲撃する奴らだ。トチ狂っているのでなければ、万全の準備をして襲撃を仕掛けてきたに違いない。脱出方法は恐らくは船。いや、悪名高き『人狩り』の傭兵団なら、潜水艦だろう。
出雲一人だけならば、逃げられる可能性はある。だが、家族を連れて脱出するのは極めて難しい。映画の中の世界のように、なぜか敵がいくら撃っても当たらない主人公ではないし、都合良く家族が機転を聞かせて活躍するといった展開はない。
極めて冷たい世界は、銃弾一発で人は死ぬし、家族は一つの部屋に監禁されない。妻も子供もバラバラに監禁されるだろう。
ちらりと敵兵たちを観察する。その手に持つアサルトライフルは良く整備されており、しかも大口径。薄い鉄板を貫く。人体は一発当たればその威力にショック死する可能性すらある。
傭兵たちも鍛えられており、銃を持ちながら警戒するその姿は手慣れており、その足取りは精鋭のものだ。整然としており油断する様子は見えない。しかも機械強化兵ときた。なぜ、日本兵がここまで簡単にやられたのかも理解した。
超電導エンジンが開発されたことにより、石油の需要が大幅に減って、原油価格が暴落した昨今。中東はどこもドンパチしており、困窮した孤児などが危険な改造手術をする人間も多いと聞く。
『機械強化兵』は、遺伝子組み換えや薬品による肉体の強化のみならず、その肉体に機械を入れて、人間を超えた能力を発揮するものである。皮の下にチタン合金を、関節部分に合金を、筋肉組織を強化する電流を流す機械をと、非人道的改造を行われている。
もちろん良いことばかりではない。大体が戦場で使い潰されて死ぬか、機械を埋め込んでいるのだ。無事で済むわけはなく改造したあとの故障や副作用で死ぬ。短命であることが確実なのが『機械強化兵』である。
『人狩り』の傭兵団の前身は、それら生き残りの『機械強化兵』が集まって作られた傭兵団らしい。その軍隊は強力無比で、様々な国の援助で最新装備を整えているらしい。
なにせ、戦場で暴れることは当然として、優秀な人材を誘拐拉致をして、他国に売り払うのを仕事としている犯罪者集団でもあるからだ。誘拐された人間を密かに買う国々が支援をしている。
「まさか俺が狙われるとはな……」
忌々しげに呟くと、傭兵はこちらへとニヤリと嗤う。
「お前だって知っているだろ。SR乗りは優秀だ。何しろ誰もが操作できるわけじゃない。操作は複雑だし、エンジニアレベルの知識も必要だ。その上、凄腕とくれば希少価値がある。なに、安心しろよ。あんたが活躍すれば、家族に時折会わせてくれるだろうさ」
「そのために家族も誘拐しようってんだな?」
「裏切られると困る奴らは多いんだろ」
なにがおかしいのか、ゲラゲラと嗤う傭兵に、この野郎と出雲は睨むがそんな態度は慣れているのだろう。全く気にすることなく傭兵たちは先に進む。
なんとか妻と子供だけでも助けないと、その未来はどこかの国に閉じ込められて人質として生活する悲惨な未来しかない。歯噛みをしてどうにか逃げるチャンスがないかと窺いながらついていく。
「おい、また隔壁が閉まっているぞ!」
罵り声が聞こえ、階段を塞いでいる隔壁を傭兵の一人が苛立ちながら叩く。傭兵たちは廊下を進むが素直に下には行けなかった。
階段途中で重い金属製の隔壁が下りて、通路を塞いでいたのだ。このホテルは防火シャッターという生易しいものではなく、シェルター並みの堅固な作りをしている。壁も分厚いコンクリートだし、隔壁は爆弾を防げるレベルである。どうやら誰かが、隔壁を操作して閉めたらしい。
先程から何度も通路を隔壁が閉まり塞いでいた。
「早く解除しろ」
「今やってる!」
だが、防火シャッター代わりなので、壁にある手動式のパネルで解除はできる。何度も繰り返して面倒くさいと呟きながら、傭兵が隔壁を開く。
「おかしいな……バアル。警備室は制圧したんじゃないのか?」
「そのはずだが……どうにも嫌な予感がするな」
先程天井を走るという信じられない肉体能力を見せた巨漢の男、バアルと呼ばれた傭兵は顔を顰める。どうやら、想定外の事態となっているらしい。
「待て。後ろから走る音がしてくる。速いな」
後方を警戒していた傭兵が耳に備え付けられているなにか小さな機械を操作している。補聴器に見えるが、その用途は同じようなものなのだろう。
「足取りは迷いなくこちらへと向かっている。……普通の人間よりも速い。その足音から女か? 乱れのない足取りだ。普通じゃない」
「女か……。耳長迎撃しろ」
「ラジャー」
ゴウンと隔壁が開き始める中で、バアルと呼ばれた男が命じて、耳が異常に良い男がアサルトライフルの銃口を廊下の角に向ける。
タッタッタと足音が近づいてきて、角から少女が姿を現す。と、同時に耳長と呼ばれた男が引き金を引く。
タタタと正確に3発。角から無防備に現れた少女の頭に向かう。少女は目を僅かに細めて、アサルトライフルの銃口が自分を向いていると気づき
「ほっ、と」
僅かに首を傾げると、その横を銃弾が通り過ぎていった。
「あぶな!」
どことなく緊張感がない声音で叫ぶと、そのままステップを踏み、後退ると廊下の陰に消えていった。
「ちっ。強化兵だ!」
まさかアサルトライフルの銃弾を回避されるとは思わなかった耳長は相手の超反応を見て舌打ちをつくとバアルへと振り向く。
「どうやら厄介な奴が残っているらしいぞ」
その動きから強化兵だと判断し、バアルへと指示を仰ぐ。バアルは少し考え込むと決断を下す。
「ステール。耳長と共に奴を殺してこい。強化兵は片付けないと厄介だ」
「了解だ」
「ちっ。まさか強化兵がいるとはな」
2人が警戒しながら、アサルトライフルを構えて、今の強化兵の少女を追いかけていく。
「早く行くぞ」
「どうやら上手くは行っていないようだな?」
皮肉げに出雲がバアルと呼ばれた男へと嫌味を言うと相手は肩をすくめて、つまらなそうに答える。
「強化兵が1人や2人いたところで、戦況は変わらねえよ」
一行は再び出口を目指す。出雲大尉はどうにか逃げる、チャンスがないかと思いながら、先程ちらりと見えた兵士を見て思う。
「ありゃ、カナタちゃんじゃなかったか?」
武術師範の爺さんの孫娘だったような気がすると思いながら、無事に逃げてくれよと祈りながら連行されるのであった。




