168話 時間制限を受けるゲーム少女
アリスはむぅんとその可愛らしい顔をしかめていた。目の前には予想外の光景が広がっていたからだ。金属製の床に天井や壁にはびっしりとパイプが設置されて、時折蒸気がプシューと音を立てて噴き出す。
「明らかにフロロンの技術力とかけ離れています」
「そうだな。あとフロンティアな。いつここの惑星の名前をアリスは覚えるのかな?」
なんだかおっさんフェアリーが呆れた声音で言ってくるが、おっさんフェアリーの呆れた声はいつものことなのでスルーしつつ、アリスは倒した竜機兵たちを眺めて真剣な表情となる。
『解析』
『古代竜機兵マークⅢ。戦闘力12000』
「マークⅢですよ、鏡。これは見たことがあります」
レベル190の機械兵士。しかも現代では作成不可能と言われている生体コアを搭載しており、武技や超術も使用できる強力なタイプのロボットだ。
「だなぁ。古代兵器の一つだ。なぜフロンティアに?」
首を傾げて鏡も真剣な表情で考え込む。このロボットは見たことがあるぞと。なぜフロンティアにいるのかしらんと、真面目に考え込む。これは危険な事柄だと。
それを見て、アリスもうんうんと頷く。フロンティアに古代兵器が現れたことを警戒しているのだろう。
「これは捨てることのないお宝の山です。まだたくさんいますよね? 一体も逃しません」
違った。フロンティアに古代兵器が現れたことを心配するのではなく、全滅させて全てを回収するぞと考えているバウンティハンターアリスさんであった。
「古代竜機兵は生体コアが高価ですし、エネルギーマテリアルも特殊で、その胴体も希少な金属なんです。他のバウンティハンターがやってくる前に全滅させないといけません」
捨てるところのない敵なのだ。牛とか豚と同じ扱いである。バウンティハンターは古代兵器と聞いたら、砂糖に群がる蟻のように、肉塊を食べようとする猛獣のように、食べ物を見つけたアリスのように、倒そうと集まってくるのであるからして。
早く全滅させないとと、慌てるアリスに鏡は冷静な表情でジト目を送る。だよね、俺がそうだったもんなと。なにせ金塊マテリアルが歩いているようなものなので仕方ない。
「油断はできません。もしかしたら、急にこのミッションに加わると親切めかして現れるバウンティハンターがいるかもしれません。そういうバウンティハンターを山程見てきたので」
テレポートでいきなりミッションに加わろうとするバウンティハンターがたまにいるのだ。そういう相手に限って装備もしょぼく、たいしたダメージも与えることはできないのに、ドロップアイテムだけはしっかりと持っていく輩が。
アリスは優しいので、そういう場合はヘイトを稼がないようにして、その輩に敵をぶつけてあげた。優しいアリスなので、死亡したら装備も回収してあげたものだ。味方に優しく敵は殲滅するアリスなのである。
「ここは大丈夫だと思うがなぁ。最近は油断できないからな……」
「辺境とはいえ、新惑星を他のバウンティハンターがいつまでも見逃すわけはありませんものね」
わかるわかる、ようやくおっさんフェアリーもわかってきましたねと、全然わかっていないアリスが先程倒した竜機兵をホクホクの笑顔で回収していく。これは黒字ですねと大喜びだ。
と、目の前に半透明のボードが現れた。
『神鉄蛇ムシュフシュロードが稼働するまで残り30分』
なるほどと、アリスは見慣れているので驚きはない。こういう展開はいつものことなので。時間制限だ。なにかフラグを立てたらしい。
「ムシュフシュロードぉぉ? マジかよ。もしかして狂化学者ムシュフシュの復活ミッションかぁ?」
「さすがはおっさんフェアリー。聞いたことがあるんですね。叡智をその頭に持つアストラルフェアリー。スカスカでスポンジ製かと疑っていましたが、知っているんですね。教えて下さい」
さすがはおっさんフェアリーと、ぱちぱちとアリスはちっこいおててで拍手をする。褒めているのか、ディスっているのかわからない。たぶん両方だ。
「というか、アリスは忘れているのかよ。ほら、古代ネットワークに自身の自我を送り込んで、永遠の命を得た狂った科学者だ」
「忘れました。だって狂った科学者って何百人もいましたし。鏡は自身の食べたパンの数を覚えていますか? クリームパンなら15個食べました」
おっさんフェアリーに、覚えているわけないでしょと答えるアリスである。クリームパンを食べた回数は覚えている模様。狂科学者を倒した記憶は薄っすらとしかない。なにせ年に数回現れるのが狂科学者なので。風物詩みたいなもんである。少し違うかもしれないが。
「……さて、先に進むか」
どうせ説明しても、アリスは聞き流す。なぜならばおっさんがゲーム当時そうだったからだ。おっさんのゲームの行動を正確に性格に反映している美少女なのであるからして。ミッションのストーリーはスキップするアリスなのだ。
「とりあえず、時間内にボスのところに辿り着かないと、古代大型機動兵器を稼働されてしまうんだ。その場合は敵の戦闘力は数倍どころじゃなくなる。なので時間内に辿り着かないといけない」
「なるほどわかりました。既に『カウンタークラッキング』で、この研究所のマップは取得済み。5つの区画からなっていて、地下に広間があるようです。ここが最奥、ボスのいる場所でしょう」
最短の道をアリスは確認する。テテテとボードを叩いて、3Dマップに線を描く。これなら20分程度で辿り着くに違いない。
「では探索を開始します」
マップを確認して、前傾姿勢で風のようにアリスは駆け出す。通路をカンカンと音を立てて進む。
「まずは左ですね」
タンと足を踏み込み、速度を落とさずに鋭角に曲がる。
右へと。
シテテテと忍者走りで疾走するアリス。おっさんフェアリーは、まぁそうするだろうなと思っていたので、ツッコミをすることはしなかった。
だって鏡ならそうするので。
「見つけました、鏡」
通路から3体の竜機兵がやってくるのを見て、歓喜の声をあげるアリス。骨を見つけた子犬のように愛らしい顔を笑顔に変えて、敵へと襲いかかる。
竜機兵が手からビームガンを撃ってくる。緑色の長高熱ビームをアリスは冷静に観察して、半身を僅かにずらす。少女の顔の側をビームは通りすぎて、減速せずにアリスは敵へと迫る。他の竜機兵も同様にビームを放つが、鋭角にタンタンと跳ねるようにアリスは床を蹴り、躱していく。
「てい」
可愛らしい掛け声で、可愛らしくない強い踏み込みをすると、身体を捻じり螺旋を描くように竜機兵に拳を叩き込む。光波の輝きが命中すると光り、防御を透過して、アリスの攻撃が敵の体内に浸透する。
機械の兵士はその攻撃を受けて、スタン状態となり動きを止める。アリスはスタンした竜機兵の胴体にちっこい身体を押し付けてしがみつくと、ていっと持ち上げる。
『ジャイアントスイング』
そのまま竜機兵をポイッと空中に持ち上げると、足を掴んで振り回す。ブンと音をたてて金属の塊が他の竜機兵に命中する。1回、2回、3回と多段範囲攻撃が竜機兵へと入ると、敵は火花を散らして倒れ伏すのであった。
「時間を無駄にはできません。30分以内にボスの所に行かないといけませんし」
素早く倒した敵を回収して、アリスは真剣な表情で駆け出す。が、すぐに立ち止まった。
「『ビームトラップ』です。床、壁、天井の3箇所に仕掛けられていますね」
引っかかると、ビームのシャワーが撃ち出されて、ダメージを受けるトラップだ。だが、罠を見破るスキルは既に持っているし、バウンティハンターの基本スキル。この程度の罠にはかからない。
すぐさまアリスはトラップに手を翳すと解除しようとする。ヒュインとボードが空中に表示されるとブロック崩しが始まった。一定のブロックを破壊するとクリアだ。
バウンティハンターアリスはミニゲームの天才だ。ピコンピコンと操作して、あっさりとクリアして、トラップを解除した。
「ミニゲームでクラッキングされるって、哀れだよな………」
古代の叡智から成るトラップ。それをミニゲームでクラッキングしてしまうバウンティハンターに、リアルだと酷い話だと鏡は口元をピクピクと引きつかせる。なにしろ子供でもクラッキングできるシステムなので。
「レベルの高いシステムはなかなかクリアできませんよ。たまにクリア不可能なレベルがありますし」
「やれやれ、それはそうなんだけどな」
やれやれと言える機会を逃さないおっさんフェアリーである。リアルだとバウンティハンターは本当にチートである。
「それよりも急がないといけませんよね」
解除したトラップを回収して、壁のエネルギーマテリアルも回収しないとと、壁にヤモリのように取り付いて、カチャカチャと取り外す。エネルギーマテリアルの水晶を回収して、素早く立ち上がり駆け出す。
小部屋を見つけると、とうっと飛び込んでベッドの下を覗き込み、ゴミ箱を開けて、机の引き出しを一つずつ開けていく。バナナの皮も回収するバウンティハンターアリスは、どんな物も見逃さないのだ。
「通風孔の中も確認しないといけませんよね。たまに隠し武器がありますし」
通風孔によじよじと登り、中へとガタンゴトンと小柄な体躯を押し込む美少女。
「へーへー、ソウダネ」
「隠し部屋とかあるかもしれません。不自然なワゴンや、扉を塞いでいそうなコンテナが積み重なっていたら教えて下さいね? 急がないと敵は復活してしまいますので」
「うん、時間制限ありのミッションだと、そう呟くよね。たとえ時間が過ぎていても」
半眼になっちゃうおっさんフェアリーである。たしかにゲームであったなと、記憶にあるのだ。シュールだなぁと思いながら時間を確認する。
『残り時間17分』
ガタンゴトンと這いつくばって通風孔を進んでいく子犬のような愛らしさを見せるアリス。きっと通風孔には装備を持った死体があるはずですと、その目はいかなる物も見逃さないようにキラキラと輝いていた。
「うん、絶対に間に合わないよな」
マップによると、30ほどの小部屋があった。アリスはその全てを探索しするだろうと、鏡もふよふよと飛んでアリスの後に続く。
結局、ボスの間に辿り着いたのは3時間後であった。ぎりぎり間に合わなかったようである。




