162話 栄えるアリスシティとゲーム少女
アリスシティは人口5万人を超えた。ゲーム並みの人口の増え方である。イーマ国の人間奴隷を確保できたのが大きい。というか、半年経たずにここまで大きくなった街をフーデは見たことも聞いたこともない。
開拓とは大変なものだ。まず、土地を開拓する。田畑を作ったらすぐに作物を植えて、秋には収穫できる。
とは、いかない。平原を田畑に変えたら3年は普通に収穫するのに時間が必要だ。なぜならば普通は平原の土地は作物を育てることができるほどの力はない。しばらく作物の種を植えて、田畑に相応しい力を持つまで頑張るのだ。
そのために開拓地はだいたい3年の税免除がある。そこまで開拓が成功するかもわからない。天候不順、魔物の出現、盗賊の襲来などなど。失敗する可能性は高いのだ。
だからこそ、半年でここまで繁栄した街は色々おかしい。
だからこそ、フーデ・ブックスが再興するのに相応しい。
ここは金鉱のようなものだ。ほとんどが農民で、大量の作物。しかも他の地に比べて、遥かに美味しい作物! を収穫して余らせる。それを買い取り王都などに売り払う。王都で足りない作物を買い取り、この地で売りさばく。
それだけでも儲けることができるが、アリス様が他大陸から輸入してくださる魔道具の数々! そして、最近に始まった魔法の建物内で育て始めた砂糖や香辛料の数々! これを外に持っていくだけで、濡れ手に粟であるのだから! 金貨の山で笑いが止まらないとはこのことだ。
ライバルのグリムはアリス様にそれらを扱える許可を頂きながら、多様な商品を前に、人材も馬車も伝手も足りずに、アップアップと溺れようとしていた。
潰れたといえ元ブックス商会はグリムよりも人材も豊富であり、伝手もある。いずれグリムに勝って、交易の重鎮としてアリス様のお側に立つとフーデは決意していた。
そして、新たなる商売の種を見つけたと、馬車内ではしゃぐ外の景色を楽しむ少女を見る。
「すごいや、馬車だよ、馬車! 私、初めて乗ったよ!」
椅子の上でポンポンと跳ねながら喜ぶのは人間族の少女だ。馬車に乗るのが初めてとは驚くが、それは彼女の身分が低いためではないとフーデは理解していた。
ピクピクとうさぎ耳を揺らして、にこやかに微笑みを見せて話しかける。
「いつもは馬の必要のない魔道の車に乗っているのでしょうか?」
「うん、そうだよ! 馬なんて滅多に見ないよ! ヒヒーン」
はしゃぐ姿は普通の少女に見えるが、その服装はかなり上等のものだと見抜いていた。仕立ても良さそうな布地だが、何なのか見当がつかない。肩や袖に見事なカットのサファイアがつけられており、その光が服を照らしているかのようだ。細かい刺繍が目立たぬところでされているが、精緻で見事なものである。
ケチケチなアリスであるが、部下が殺されるのを1番嫌う。そして格安でこき使えるサポートキャラのカナタにはレベル75に相応しいレベル70のレア防具を渡していた。やはりケチケチなことは否めないかもしれない。
耐久力が自動回復する防具でとにかく物理、超術耐性をもつ防具でダブっているのを探したら、そうなったのである。蒼水竜の装甲服。見た目はセーラー服、水夫が着るセーラー服の方に似ている。ステータス補正やスキルがまったくない、自動修復だけが売りの防具だ。宝石が各所に散りばめられて、細かい刺繍が施されて、その材質は蒼水竜リヴァイアサンの物である。ちなみにリヴァイアさんは二つ名が違うのがたくさんいます。
そんな背景を知る由もなく、フーデはカナタの服装を見定めていた。
「まぁ、あたしんちは警察とか……ここでは騎士団になるのかな? そこに武術指南におじいちゃんが出かけるのに必要だし、仕事でも使うからって、車だけは3台あるんだけどね」
ちょっとした自慢だよと、カナタは気軽に答えて頭をかく。あははと風船みたいに軽い頭を持つカナタに、ウンウンとフーデは頷き、感心の表情でパチパチと拍手をする。
「素晴らしいですね! 私もそのような魔道の車を複数持ちたいものです。カナタ様が羨ましい」
「いやぁ。そんなことはないよ。てへへ。ここも凄いよね。未開の辺境だって聞いてたのに、普通に栄えているし」
昔ながらの手動の氷削り器で、かき氷屋さんが、かき氷を作っている。その周りには子供たちが集まって、かき氷を食べている。夏の暑さの中で、美味しそうだ。特に馬車の中は暑い。
「いえいえ、このような場所はこの街だけです。他の土地はここまで栄えておりません。魔道具の街灯があり、水も蛇口を開けば出てくる。薪を使わずに炎を扱えて料理ができて、毎日お湯を張った風呂と言うものにも入れる。そんなことができるのはここだけです」
「あぁ、アリスちゃんの力なら楽々だろうね」
「それにアリス様がお作りになった畑では、なんとカブが3日で収穫できるんです。小麦はなんとたったの20日なんですよ」
驚くかなと、フーデは冷静に伝えるが、カナタは特に何も思わなかった。
「へー。まぁ、アリスちゃんがやることだしね。おかしくないよ。優れた科学は魔法にしか見えないもんね」
まったく驚かないカナタに、やはり外大陸は同じような技術が出回っているのだとフーデは確信した。
確信してはいけないことに確信した。ゲームの世界の仕様だとは誰も思わないのだから、当たり前だ。
そしてカナタは何も考えていない、豆腐でも頭に詰まっているのだろうか、幼女レベルで興味を持たないことは気にしないアホの娘である。
外大陸はこの街のように、作物が豊かに収穫できるのだろうか? だが、と、フーデは考える。恐らくは違うと。
この街でも、作物が異常な早さで育つのは一部だ。住人が飢えないように、麦や米は素早くその特殊な農地を使って収穫するが、あとは普通の畑で収穫する。
恐らくは王家や神殿が独占している貴重な技術なのだろうと。農地の秘密は知ったら、命を失いそうなので、考えるのをやめておく。
それよりも、だ。
「ここがわたくしの家です。どうぞお寛ぎください」
大金を稼ぎ、早くも屋敷を手に入れたフーデ。ずらりと玄関前に並ぶ召使いがお辞儀をする。
「いらっしゃいませ、鶴城カナタ様!」
一斉に唱和をして挨拶をしてくる召使いさんたちに、いよいよ雲の上でも歩くように調子に乗るカナタ。
うむ、と大物ぶって軽く頷き、フーデの後に続くのであった。
上品でありながら、農民なら数十年分の年収の高級な調度品や家具が並ぶ応接間。そこで、ソファに座りカナタは寛いでいた。
カナタ的には、西洋風の応接間だね、なにか珍しい物があるかなと周りを見渡したが、アンティーク家具しかないので、即座に興味を失った。
それを見て、やはりこの方は外大陸でも高位貴族の子女なのだろうと推測するフーデ。これらの金のかかった応接間を見て、興味を持たないとは、慣れているということだ。
なにしろアリス様が直々に連れてきた方だ。こっそりと酒を飲んでいるときの鏡様にさり気なく聞いたら、アリス様は侯爵であり、大神殿の枢機卿だと言っていた。かなりの家格だ。
カナタ様はその友人。同じ家格の子女なのだろう。休みを利用してやってきたらしい。この方はそれほどの力を持っていないかもしれないが、その後ろにいる家門の者たちなら力を持っているはず。
全力で良い取引をしようと決意するのであった。
そしてカナタはお大尽をした。かなり楽しんだのであった。わはは、それ小判を投げてやるぞと。
かなり散財をした。
その夜である。
「ありすえもーん! 助けて〜」
アリスが鏡の膝の上にのり、ポチポチと領地のスケジュールをたてていると、泣きそうな声でノビカナタ君が執務室にやってきた。
「なんですか、ノビカナタ君。貴女はいつも叫んでますね」
「俺、膝が痺れてきたから、もう降りてくれない?」
「麻痺無効の指輪をあげますから我慢してください。モニターに手が届かないから仕方ないんです」
アリスはモニターを部屋いっぱいに広げて、街を映し出していた。そこで表示される不満顔の住人にカーソルをあわせて、なにが不満かを見ていっていた。なので、小柄なアリスでは手が届かないのだ。おっさんが女性たちにモテて絡まれているからでは決してないのだ。
というわけで、二人で領地の経営戦略シミュレーションをしていた。細かく見ると結構面倒くさいが、意外と不満顔アイコンが多かったので、ひとつひとつ潰しているのだ。
「ありすえもーん! 助けてよ〜。ちょっと困ったことになっちゃった」
「なんですか、いったい? 鏡はどこにあるかと女性に聞かれたら、おっさんはグヘヘと笑って少女を膝の上にのせていたと答えておいてください」
「そんなどうでもいいことは、私は知らないよ。それよりもフーデちゃんと取引契約書を書いちゃった」
どうでも良くないよ? おっさんの立場的にまずいよと、鏡は社会的地位の暴落に恐れるが、カナタは気にせずにアリスにしがみついた。
「なんだか、美味しい葡萄ジュースとたくさんのご馳走を食べてお喋りしてたら、フーデちゃんがね、なにかお安くてここでは高く売れる物がありますかって、聞いてきたの。ほら、私って砂糖と胡椒っていう高く売れる物を持ってきた慧眼の持ち主でしょ? 他にもあるのではって聞いてきたの」
手のひらでコロンコロンとボールみたいに転がされた模様。
「私ね。色々とリュックに入れてきたんだ。未開惑星で高く売れそうな物。それを色々と見せたの。爪切りとか売れるかなって思ってたんだけど、あまり良い顔はしなかったよ。絶対に売れると思うんだけどなぁ」
何やら異世界でのテンプレをしようとしたんだなと、おっさんは呆れた表情となる。アリスは話の続きをスキップしようかなと考えていた。
「で?」
「ベルベット生地に驚いたの。こんな手触りは初めてですと。ちょっと高いよと言ったら、ちょっとですが、それならば高く私が売ってみせますので、どうか定期的にお持ちになりませんかと頼まれてね?」
「契約したんですね?」
「ありすえもーん! 助けて〜」
ベルベット生地ですかと、カナタを見ながら考える。なるほど、たしかに儲かりそうだ。マテリアルベルベットなら、銀河を跨ぐアリスは交易したことがある。
泣き真似をしてくるカナタを見つつ、今回のサブクエストはしょぼいかもとモニターを叩く。
『舶来物を広めよう! 報酬:交易の始まり』
新たなるクエストを請け負うアリスであった。さすがはサポートキャラにして、イベント用キャラ。新たなる場所に連れていけば必ずクエストを発生させてくれると思っていました。
そうしてニコリと花咲くような微笑みにて、本気で交易を始めますかと、ゲーム少女は考えるのであった。




