109話 襲撃は慣れているゲーム少女
ジリリと非常用火災報知器のベルが研究所内に響き渡り、夜の静かな空気は一瞬のうちに消え去った。
あっさりと侵入されてしまった研究所であるが、平均的な練度は持っているのだろう。夜の静寂が打ち破られて、兵士たちが走り回る。火災報知器のベルは通常ならば、火災を心配する。だがここは重要度の高い研究所だ。それ以外のことも予想をして行動する。
そして、すぐに火災ではないと判明した。歩哨をしているはずの兵士の何人かの姿が見えなく
タタタ
と乾いた音が響いてきたからだ。
乾いた銃声。どうやら好まざる者が侵入してきたのだと、兵士たちは銃のセーフティを解除するのであった。
「血の臭いがするんだ、と言ったら格好いいんだけど、実のところ殺気がだだ漏れだったからなんだよね。なんで、そんなにピリピリしながら巡回してるのかなって不思議に思っただけなんだけど当たりだったね」
うっしっしっと、可愛らしく微笑むその姿は銃を向けられている少女にはとても見えない。緊張感を見せない少女を前に、侵入者たちは警戒の色を見せる。
カナタは非日常が来ちゃったよと嬉しそうに相手を見ながら、こっそりとポケットに手を入れる。
サイレンサーがついたハンドガンを持つ兵士に、もう一人はナイフを身構えたままだ。恐らくはまだ逃げれると考えて銃を構えないのだろう。
その判断は誤りだ。背中に背負った小銃を使う選択肢を選ばなければいけなかったんだよと口元を僅かに笑みへと変えて、ポケットから手を抜き出し、掴んだものを手首のスナップを利かせて投擲する。
キラリと光る硬貨がちょうど引き金ひこうとしていた兵士に飛んでいき、正確にその銃口に命中した。
カナタへと向けていた銃口はあらぬ方向へと逸らされて、プシュと小さな音をたて、壁に小さな穴を開けるだけに終わる。
「すきありっと」
前傾姿勢となり、床を蹴り獣のように飛びかかるカナタ。もう一人の男が腰を落として床を擦るように踏み出すと、飛び込むカナタを切り裂かんとナイフを横薙ぎにしてくる。
「せいっ」
足を止めずに、手をすくい上げるように横薙ぎに迫るナイフを持つ手に合わせて弾き流し、さらに腰を低くくしてくぐり抜ける。
サイレンサーを持つ相手はすぐに構え直していたが遅い。その引き金が引かれる前に銃を上から掴みくるりと捻り、その勢いのままに懐へと入り込み身体を反転させ、勢いよく腰を跳ね上げて一本背負いを繰り出す。
「ぐおっ」
「がふっ」
投げ飛ばす先にはもう一人の男。受け止めることもできずに慌てるもう一人の男を巻き込んで床へと押し倒すと、二人のこめかみに向けて、鋭い蹴りを追い打ちで入れる。
その容赦のない一撃に朦朧とする相手の頭を強く上から踏むと、ガツンと床に頭はぶつかり気絶するのであった。
パンパンと手を打ち、はふぅと息を吐き満足感に包まれてカナタは自分が起こした目の前の惨状を見る。
組手以外で本気で戦ったことはない。手加減をせずに追撃するのは教えられてはいるが、実際は初めてのことだ。
「教わっても使いどころなんかないじゃんって、不満だったけど人生どこで役に立つかわからないね!」
こんなに厳しい練習をする必要ないじゃんと口を尖らせておじいちゃんには文句を言っていたが感謝せねばならない。
「やっぱり非日常には身を守るためのある程度の護身術が必要だよね。っと、早くアリスちゃんに合流しなきゃ! きっと面白いことをしてると思うし」
こっちでこんなに面白いことがあったのだから、アリスちゃんのところはもっと面白いことがあるはずだと、銃声がどこからか鳴り響く中を、カナタは慌てて走り出すのであった。
途中で戻ってトイレに行ったけど。
鳴り響く非常用火災報知器。一気に騒がしくなる研究所。食堂の隅にいるサラスと守里の護衛たち合わせて四人。待ってました、待ちくたびれちゃいましたと喜ぶ幼気な少女。自重してねと慌てるおっさん。この中で一番危機感を持つのはおっさんこと鏡であるが、それは誰にもわからない。
「火災……にしてはおかしいね。銃声が聞こえるものね」
このような状況に慣れているのか、守里が余裕ありげにいう。
「おー。今年は3回目でーす! でも研究所では初ですねー」
外出したら拉致されそうになったこと今年は2回のサラスがおちゃらける。
「私は覚えていませんね。宇宙船の燃料が足りない時とか海賊を襲っていましたが」
燃料って、海賊が必ず持つアイテムなんですよと、ジャッカルアリスも答える。
「シェルターはどこなんです? 逃げましょう、隠れましょう。どうせ長くはテロリストだか、スパイだかも行動できないですよね?」
おっさんはアリスがワクワクとモニターに映るクエストを受領しようとしていたので慌てている。盗賊をボーナスアイテムと思っているアリスだ。ゲームウェポンで無双をしてもらったら困る。素手でもなんだったら困る。もはや薄い鉄壁程度なら素手で壊せるステータスになっているのだからして。
「お〜、慌てないでくださーい。どんな情報を奪いに来たかは知りませんが、この施設には今のところは重要な研究はしていませーん。幸いなことにエイリアン……、いえ、ちょっとしたことがあって、課の再編中でして……」
気楽そうにサラスは言うが、途中でなにかに気づいたのか黙り込む。見ると守里も深刻そうな表情となる。
え? 不安感を煽るような態度やめてくれない? 鏡はその様子に嫌な予感を持ち、なんて素敵な態度なんでしょうと、キラキラと王子様を見るような目つきでサラスたちを見つめるアリス。難解なクエストだとわかっているのだ。
アリスは既にクエストを受領していたので、なんと言われるか予想はしていたが、スキップとは言わなかった。アリスの目の前にはコーヒーがあるのだ。イベント中に飲まねばなるまいと使命感を持って、クピクピと飲んでいた。
「まずいでーす! ハンガーに置いてある六文銭改に、AOSをインストールしたままでーす」
「AOSって、なんですか?」
金切り声をあげて、余裕を消して動揺するサラス。何そのアイテムとアリスはコテンと首を傾げる。貰っても良いレアアイテムかなとか思っていたりする。これもよくあるイベントなので。開発中の機動兵器を用いて敵を迎撃するクエストは多いのだ。クリアするとその機動兵器は貰えるのであるのだ。
「アリスが作ったOSだから、AOSでーす! 六文銭改は量産を主軸にしたスペックをダウンさせた機体なので奪われてもたいしたことはありませんが、あのAOSはまずいでーす! 奪われる訳にはいきませーん」
胸元からCDを取り出してパキンと割ってゴミ箱に捨てる危機管理ができているサラス。映画のようにこれは奪われる訳にはいかないわと言いながらあっさりと奪われる博士とは現実は違う模様。
胸元から出したよと、鼻の下を伸ばして、社会的地位の危機管理がなっていないおっさん。
「皆さん、ハンガーに向かいますよー。ディスクを破壊しに行きまーす」
慌てて言うサラスに護衛の女性が慌てる。この人たち、ずっとついてきているけど、なんだろうと不思議に思っていたら護衛だったと、気づいたおっさんである。アリスはそもそも気にもしていなかった。クエストをくれる人以外は認識しない可能性あり。
「駄目ですよ、サラス博士! この襲撃は計画された大規模なものです。博士を危険に晒す訳にはいきません。避難場所にいきますよ!」
理知的そうな女性で一見護衛には見えない。そう見えない人を護衛に選んでいるのだろう。
「聞きなさーい。あのOSは超電導システムの新たなる基幹となるかもしれませーん。敵国に奪われたらどれだけの損失か測りしれませーん」
真剣な表情でサラスが詰め寄るので、たじろぐ護衛。
「たしかにあれは現在セキュリティもかけていないんだ。あのOSが飛行できるSRにインストールされたら……稼働時間が大幅に伸びるだろう。わが軍は未だに飛行できるSRは試作機なのにね。それだけ素晴らしいOSであり、危険な物でもあるんだ」
この間の襲撃事件。その時に見た謎の敵SRを思い出しているのだろう。守里が深刻そうな表情でサラスに追随する。
AOSって、アリスが作ったからぁと、鏡はデスゲームじゃないのねと明後日の方向で考えていた。AOS……女神アリスが敵からも味方からもアイテムを奪おうとするゲームだろうか。サービス即行終わりそうだなぁと。
おっさんのことはどうでもよく、護衛たちは苦渋の表情で話し合っていたが、スマフォで連絡をとることに決めたようでスマフォをタッチしていた。
だが渋い表情でスマフォを見ている。なんだろうとふしぎに思ったが圏外と出ているらしい。ジャミングも敵は完璧らしい。
「……仕方ありません……サラス博士がそこまで熱弁するということは、信じ難いですが本当のことなんでしょう。わかりました、それでは兵士の駐屯している部屋に向かいましょう。そこで事情を話して、兵を向かわせます。その後でサラス博士たちには安全な場所に移動してもらいます」
「それが最善策だろうね。それじゃ行こうじゃないか」
護衛が考え抜いて妥協点を作ったのだろう。守里が賛成して、不安の表情を隠せないが、サラスも頷く。
「話は終わりましたか? それじゃ護衛しますので、敵が来たら防御でお願いします。私が全部倒していくので安心してください」
食堂のドアの前にいつの間にか移動していたアリス。まずは兵士の待機室ですねとクエストが発生したと張り切っていた。
見た目12歳程度の少女は、先導しますのでと、ふんすふんすと張り切っていた。
「あ〜、アリスさんや、先導はおすすめしないよ? ちょっと洒落にならないよ?」
鏡が疲れたように言ってくるので、コテンと首を傾げる。
「もうクエストは受領しました。護衛クエストの始まりです。では行きますよ」
おっさんの話は聞き流すいつものスタイルでアリスは飛び出して、慌ててサラスたちも追いかける。
「あ〜! アリスちゃん、置いていかないでよ〜」
通路の先から、てってけとカナタが走ってくる。どうやら無事の模様。
「カナタさん、遅いです。もうクエストは始まりましたよ」
押し止めようとするサラスたちの護衛をがん無視して走る横にカナタも並ぶ。
「私にも報酬あるかな? さっき怪しいの倒したんだけど?」
「剥ぎ取りしてこなかったんですか? もったいない」
私なら全て剥ぎ取ったのにと残念がりながら意識を少しだけ電子の海へと向かわせる。監視カメラの制御は奪われていないらしい。が、録画なのだろう、何も起こっていない明らかに不自然な画像を延々と映し出している。
『クラッキング』
ポツリと呟き、録画を消して、現在の状況を映し出すように切り替えて、ふふっと微笑む。
「私の目からは丸見えです。護衛クエスト、見事にクリアをしてみせます」
そう呟くと、颯爽と廊下を駆け抜けるゲーム少女であった。




