108話 天才少女たちと話すゲーム少女
もう夜遅く、研究員のための食堂にてアリスたちは寛いでいた。
「引き留めて申し訳ありませんでした〜。貴女は私が本当に天才だと思った初めての人間でーす」
サラスが芝居ががったように肩をすくめながらコーヒーを手渡してくれるのをアリスはコクリと頷きながら答える。
「大成功でしたので追加報酬が貰いたいです」
「私の夜食用にとっておいたサンドイッチで良いですか〜」
カツサンドを手渡してくれるので、目を輝かせて受け取る。やったね、やはり大成功は報酬も豪勢ですねとカツサンドにパクつくアリス。どら焼きに続いてカツサンドゲット。これは当たりのクエストだぞと、モキュモキュ可愛らしいお口に頬張り、このしっとりとソースに浸かったカツが最高ですねと満足アリス。
安い報酬で何十億の価値があるかわからないプログラムを渡すアリスであった。まぁ、そんなことは珍しくない。古代戦艦の設計図をクエストで博士に渡したら、ありがとうと珍しい銃一丁しかくれない。そんなクエストはゴロゴロしているのだからして。
だが、ここは現実世界である。当然の事ながらそんなボッタクリはできない。研究を盗んで発表することも可能だが、それはわかりにくい研究などの時だ。超電導は皆が知っている研究。必ず盗んだ研究なのはバレるだろうし、研究者の矜持としてサラスも守里も盗むつもりもない。
「君の新しい超電導エンジンを制御するプログラムは既存の出力の48%向上することが見込まれるんだ。おめでとう、君は研究者として確固たる名声を得ることができるだろうね」
「きっと各企業からスカウトされまくりでーす。それだけの能力ですからね〜。でも太平洋連合の研究室がお薦めしますよ〜? 予算も使い放題ですし、給金も良いでーす」
守里とサラスがアリスにニヤリと笑いかけながら言ってくるが、アリスはコテンと首を傾げる。
「申し訳ありませんが企業には所属しません。あそこに入るとバウンティハンターは活動しづらくなるんです。あの古代遺跡のアイテムは没収するとか、没収するとか、没収するとか。支給される装備はそこそこですが、ハンター個人で活動した方が将来的には良いんですよね」
アリスの嫌いなこと。倒した敵がドロップするアイテムに所有権がないこと。企業に所属すると、そんなクエストが多いのだ。以前、知らなかった頃に所属して悔しかった覚えがある。その企業から抜けたかったのだが、抜ける方法がなかったので、悔しかった。結局謎の宇宙戦艦からの艦砲射撃が企業の本社ビルを吹き飛ばして、その企業がなくなってようやく辞めることができたのだが。あれはアリスの黒歴史である。戦艦のステルス装備を揃えるのにとっても苦労したのだ。
鏡も覚えている。たしか悪徳企業を倒せという隠しクエストだった覚えがある。一切のドロップ所有権が企業に移るという悪夢の隠しクエストであった。宇宙船のステルス装備を揃えるのに苦労したのだ。その代わりに悪徳企業のビルの廃墟から古代遺跡のアーティファクトを大量にゲットできたのだが。
なのでアリスの言うことは尤もだと頷きながら、ゲームと現実をごっちゃにしちゃいけないよと生暖かい目でアリスを見ながら現実逃避した。
ゲームの話だよ、ゲームの。ゲームの話だからねと。実際にゲームの話だからややこしい。
「なっ! なんでですか〜? 私と一緒に研究しましょー。きっとシヴァよりも良い機体できまーす。対エイリアンのためにようやく国家間の垣根がなくなったのですから、一緒に新型を作りましょー」
予想外の返答にバンと激しくテーブルを叩いてサラスが険しい声をあげて、身を乗り出す。
「こほん、機密の話が今の中にあったかもしれないがスルーしてほしい。別にSRの開発じゃなくても良いんだよ。君の頭脳はきっと現在の基本的技術水準を上げられる可能性を秘めている。私と一緒に総合科学をやっていこうじゃないか」
にこやかな表情で守里がアリスを引き抜こうと提案をしてくる。
「何言ってるんですかー! そんな抜け駆け許しませーん! 私と一緒にSRを作りましょー」
サラスと守里がいがみ合い睨み合うのを見ながら、ようやく鏡は合点がいった。おかしいと思ったのだ。機密情報であるSRのOSをアリスに見せるなど。どうやらエイリアン騒動で無理にでも優秀な人材を集めようとしているのだろう。
そのエイリアンはおかわりは無いのでしょうかと悲しげな表情でサンドイッチを包んでいたサランラップを指でつんつんしていたが。
「ふわぁ、もう、眠くなっちゃったよ。ねぇ、鏡さん、今日はどこに泊まるの〜? お母さんに連絡しなきゃ」
「あぁ、ヨルトンのスイートルームを予約しておいたぞ。近くにあったからな。もちろん別の部屋だ」
カナタがあくびをしながら尋ねてくるので、ここらへんで一番の部屋だよと答える。アリスの付き添いとはいえ、泊まりまで付き合うのは可哀相だと思って気を利かせたのだ。一泊50万とかだったが特に気にする必要もない。
「わわっ。私、もしかして口説かれてます? キャー」
「別にビジネスホテルでもいいぞ? 俺はスイートルームでゆっくりするが。飯も特別に頼んでおいたし」
「あ、嘘です嘘です。ありがとうございます! ニヒヒ、楽しみですね、スイートルーム。そんじゃ移動する前に花つみに行ってきまーす」
アホなことを言うカナタの頭を小突くとぺろりと舌を出して悪戯そうに笑うとカナタは食堂を出て行った。
「やれやれだぜ。まったくおこちゃまだな」
やれやれやれやれと、しつこくやれやれを嬉しそうに呟く自称ダンディなおっさんである。
俺たちもそろそろ帰ろうぜと、まだ言い合いをしている二人を放置してアリスに話しかけようとするが、アリスはギラリと目を光らせていた。
この目をした時のアリスは碌なことをしでかさないと、ようやく理解してきた鏡。
「ん? ……なにかあったか? 何もないよな? ないと言ってくれ、アリス」
「? なにもないですよ。心配性ですね鏡は。そんなにいつも心配していたら、疲れませんか? いつも疲れているおっさんなので、私にはわかりませんが」
相変わらずのディスりから入るアリスの言葉に安心する。少し考え過ぎだったのだろう。
「すまん、なにか変なことが起きたと思ってな」
鏡の謝罪に首を振ってアリスは微笑み、コソッと耳元に口を近づけてナイショ話をするように囁いてくる。
「まだなにもおきてませんよ。ちょっと盗賊が侵入してきているだけです。あ、たった今カナタさんと戦闘を開始しました。早くクエスト開始しませんかね?」
「それ起きてるから! クエスト発生しなくても起きてるから!」
やっぱりなにか起こっていたのねと、呆れると同時に
ジリリと非常用火災報知器の音が研究所に鳴り響くのであった。
カナタはリノリウムの床をてこてこと歩きながら不満そうに口を尖らせていた。
「きっとアリスちゃんについてくれば面白いことがあると思ったのになぁ。残念」
筑波研究学園都市なんて、名前からして何かが起こりそうな予感がすると期待に胸を膨らませていたのだが、凄いことはアリスちゃんがなにかプログラムを改修したことらしい。そっち系統かぁと、肩を落としてがっかりしたカナタである。正直なところ、興味はない。
カナタの期待する非日常とは、革命的技術であったりはしないのだ。もっと俗物的な事柄である。
まぁ、たまにはこんなこともあるかと、スイートルームのご飯って何だろうと気を馳せながら通路を歩いてゆく。窓から覗く外はすっかり暗く警備員が自動小銃を担いで歩哨をしている。
軍事技術を守るためなのだろう。よく私たちは入れたなと考えながら角を曲がる。何気にトイレが遠い。
反対側から歩いてくる二人の兵隊さんが見えたので、てってこ近寄って尋ねることにした。
「すいませーん」
笑顔で近づくカナタに平凡な顔つきの兵隊さんたちは気の良さそうな笑みで見てくる。
「あの、トイレってどこですか?」
「あぁ、トイレかい? おじさんたちもこの研究所に配備されたばかりだからなぁ。どこだっけ? お前知ってる?」
「う〜ん、まだこの研究所の見取り図覚えていないからなぁ。バレたら隊長に怒られるな」
苦笑で気まずそうな顔で返してくれるので、私もワタワタと手を振って答える。そんなに気にすることじゃない。
「そうですか。それなら良いです。すぐそこのドアを開ければあるんですけどね」
ほら、と笑顔で指差す先にはトイレのマークが白抜きで描かれていた。一時期流行った男女差別反対という運動から、青とピンク、ズボンとスカートの絵表示ではなく、白抜きのズボンだけの表示。間違えて女トイレに入る人が続出して、ようやく運動をしていた人たちも差別じゃなく区別だったのなと抗議するのはやめて、すぐに直された絵表示だ。
「おかしいですねっと」
最後まで言えず、私は軽くスウェーにて死角から迫った振り上げられたナイフを躱す。
目の前を通り過ぎるナイフは軍用のナタみたいなナイフだ。ギラリと恐怖を誘う光が明かりのもとに反射して、一般人なら身体を竦めて動けなくなるだろう。
僅かに前髪がナイフで斬られてパラリと落ちていくのを見ながら、体を捻り左足を踏み込む。相手は躱されたことに僅かに顔を顰めていたが、空を切ったナイフを再び振り下ろさんと間合いを詰めて来ていた。
が、そこにしなやかな動きで右脚からの鞭のような蹴りをナイフを持つ手に叩き込む。その威力にナイフを手放し動きを止める敵。
「シッ」
すぐさま脚を引き戻して、相手の顔へと追撃の蹴りを見舞う、
「ぐはぁ」
頭を仰け反らせて、床へと倒れ込む敵を見ずに、タンッと左足に力を入れて後ろに下がると、横薙ぎにもう一人の男がナイフを繰り出してきていた。
そこそこの練度だけど甘い。キュッと床を鳴らして左足を軸に、右脚を敵の胴へと叩き込む。硬い感触が返ってきたので、防弾チョッキか何かを着込んでいるのだろうと判断して軽く引き戻すとよろけた相手の頭へとハイキックを入れる。
態勢の崩れた相手はもんどりうって倒れ込むが、カナタはその結果を見ずに身体を投げ出しその場を離れる。
プシュッと空気の圧する音が聞こえたのでサイレンサーだねと思いながら大きく下がると最初の相手がピストルを手に立ち上がって来ていた。
「くそっ、強化人間かっ!」
「ここで出会うとは運が悪い」
男たちが罵りながら、こちらを警戒してくるが、その言葉に薄く獣のような笑みで返す。
「ちょっと強いと強化人間とか、おじいちゃんが聞いたら、昨今の兵士は軟弱になったと嘆くよ。私は普通の女子高生です」
そう言って、カナタは壁に取り付けられている非常用火災報知器のボタンを叩き押すのであった。
うん、やっぱりこうじゃないとねと笑いながら。




