103話 問答をするゲーム少女
トーギ城にて円卓の間。そこはかなりの重々しい空気に支配されていた。正直に言うと重苦しく、おっさんは呼吸難だ。誰か酸素呼吸器下さい。
すなわち、現在進行形で、アリスがサポートキャラと信じるおっさんフェアリーの鏡はおっさんうさぎとなって、いや、渋いダンディなおっさん、神殿騎士団長、カガミ・ケーマとして円卓の間に座っていた。隣にはアリスがテーブルに突っ伏して、スピヨスピヨと可愛らしい寝息を立てている。たまに寝言でスキップスキップと呟くのが、悔しいが可愛らしい。
目の前には苦々しい表情で座るトーギ王やシグムント侯爵に、宰相やら大臣やら。こっちはおっさんとお昼寝中の少女である。圧迫面接かな?
当初は起きていたアリスだが、いつものごとく、毎度のセリフ。「スキップ、スキップ」と呟いて、会議を終了させようとしたのだ。おっさんもスキップスキップランランランと言いたかった。おっさんの編集カットなセリフは無視するとして、現実ではもちろんスキップは発動しなかった。なので、長ったらしい会議へと突入したのでアリスは寝た。鏡も寝たかった。こいつサポートキャラの解釈が広すぎじゃねとアリスを最近は疑ってもいます。
「此度は我が国の商人が大変なことをしでかしたこと、謝罪を致そう」
頭を下げず、威圧するように眼光鋭くハイエルフのトーギ王はこちらへと告げてくる。セリフは謝罪内容だけど、全然謝罪をする気はないよねと、おっさんうさぎはプルプルと震えたいが、なんとか我慢してニヒルな笑みにて返す。皆、ウサギではなくて、ダンディなおっさんに見えているよね? 見えているよなと神に祈りながら。
「だが、我が国の鉱山を奪取したとのこと。実効支配はイーマ王国がしていたとはいえ、一言我が国に相談をしてくれても良かったのではないだろうか?」
そうだ、そのとおりと大臣たちも声をあげる。国会のやることがヤジを飛ばすしかない木っ端議員みたいだとため息を吐きながら、椅子に凭れかかり余裕そうに鏡は腕を組む。
「悪いがこちらは街を、この大陸に巨額の資金と資材を投入して建てた街を襲われているんだ。しかも攻めてきた敵を手引きしたのはそちらのお膝元。王都1の商人だ。悪いがこれから鉱山を攻め落とすと説明には行きたくないな。敵へと情報が筒抜けになると困るんでね」
挑発的に答えるが、大丈夫。交渉スキルはアリスがいるだけで発動しているのだ。常にアリス優位に働くはず。んにゃんにゃと可愛らしい寝言を言ってお休み中だが。後で胸の中で俺も寝てやる。その場合、永遠なる眠りにつく可能性が微レ存。
出来もしないことを考えながら、アリスのチートスキルを頼りにするおっさんであるが、しっかりと交渉スキルは働いたのだろう。反論はなく、静寂が一時生まれた。
「……確かにそのとおりだ。どこかの商人の行動に焦ったらしく、馬鹿な真似をしたようだ。まさか敵国を利するようなことをするとは呆れを通り越して、哀れにしか思えん」
皮肉げに言ってくるが、悪いが誤魔化されない。論点を変えようとしても無駄だ。商人が商売に負けたからと、スパイを送り込む真似をするのはお門違いだ。たとえ異世界からの商人との絶望的な争いであったとしても、だ。
「それはうちが迎撃に成功したから言えるんだぜ。もしもアリスシティがイーマ王国に制圧されていたら、表沙汰にもならなかっただろうからな」
きっとトーギ王国は大混乱となって、スパイがブックス商会から送り込まれたなんて、わからなかっただろう。アリスシティのアリスのチートスキルだからこそスパイは判明したのだ。通常ならわからずにイーマ王国の急襲を受けて占領されていただろう。
そのことをトーギ王も理解はしていた。もしもアリスシティが奪われていたら大変なことになると理解している。だが、鉱山を奪取したのはまずかったのだ。あの鉱山をアリスシティが奪取したことにより、貴族たちは騒いでいる。元はトーギ王国の物なのだと、ここぞとばかりに声を張り上げて、アリスシティから返還してもらうようにと。
モート鉱山が金を採掘し始めたのもまずかったし、何やら不思議な水晶も産出しているとの報告もまずかった。ただの銅鉱山から、極めて重要な、外大陸の者が欲しがるほどの、おそらくはかなりの価値がある水晶も産出する鉱山へと変わってしまったのだから。
ちらりと神殿騎士団長の表情を盗み取るが、ニヤリと不敵に笑い余裕ある態度を崩さない。かなり胆力があり、自らの武力にも自信があるのがわかる。
鉱山を返還してくれないかと、言外でいくら伝えても、まったく無視をして話に乗ってこない。
実際は難しい遠回しの言い方であったので、おっさんは理解していなかったりする。正面から返還してくれとお願いすれば検討だけはしただろうが、トーギ王国の面子もあるので口にできなかったのだ。
経験豊富な有能な者がしばしば陥る罠である。自分でもわかるのだから、相手もわかるだろうと考えてしまうのだ。だいたいが、そういう時は相手に伝わっていないのだが。おっさんの場合はもっと伝わりません。
先程からこの話の繰り返しで話が進まないことをトーギ王は悟る。相手が鉱山を譲る気はないことは明らか。戦争にて奪い取ることも案にはあったが、アリスシティはどうやら赤竜を使役しているらしく、さらには多くの魔物を使役して鉱山の採掘をしているとのこと。
どれだけの力を隠し持っているか不明であり、敵にはしたくなかった。持ち込んでくる交易品が非常に魅力的なこともある。
元々鉱山は敵に奪われていたのだし、交易品を他国に売るのは非常に大きな稼ぎとなる。金だけではなく、多少の問題も片付けることができる。結果、アリス嬢には手を出したくないのが正直なところであった。あとは貴族をどう抑えるかだが……。
それはこちらの事柄となる。とりあえずはこの話は保留として、次の話に入ることとする。
「鉱山の問題は今後の話し合いで決めたいと思う。次の議題はブックス商会の取り扱いだ。財産没収の上に、当主は処刑。商会は取り潰しの上に一族郎党は犯罪奴隷としようと思う」
「……まぁ、それで良いと思うぜ」
多少苦く思うが、敵国のスパイを送り込んだのだ。仕方ない結論だろう。あの有能そうなウサギちゃんも鉱山行きかぁと鏡は残念に思う。
「犯罪奴隷。犯罪奴隷って買えるんですか?」
ぴょこんと起き上がってアリスが興味深そうに目を輝かせて口を挟んできた。都合の良い時だけ起きる、いかにもゲーム的ご都合主義に支配されていそうな少女である。
「うん? ブックスの一族郎党を受け取りたいのか?」
「はい。私が引き取りたいのですが良いですか?」
その言葉に、しばしトーギ王は顎に手を当てて考え込み……良いだろうと了承するのであった。
アリスシティに帰ってから一週間後、早々にブックスの一族郎党は連行されてきた。広間にてアリスはレイダたちと共に奴隷たちと会っていた。
目の前には、頭はギトギトで脂ぎっており、顔も泥だらけ、体臭も鼻を摘みたくなるボロ布を着た傷だらけのラビットニュートの少女と、足がない元警護兵のウルフニュートたちがいた。足がないのはアリスのせいであるが、剣を持ち警備兵となったからには覚悟の上だろうと、自らも常に命と財布をかけて活動しているアリスはなんの感慨もなく眺めていた。どうやら、ブックス商会に雇われていただけで、スパイ関係とはかかわっていない者たちも一緒くたに奴隷とされた模様。
雑な扱いだが、このような中世風剣と魔法の世界ではこんなものなのだろう。いちいち木っ端兵にスパイ騒ぎに関わっているかとセンスライをかけることもしなかったに違いない。
アリスはまったく罪悪感がなさそうなので、ちょっとそろそろこの少女には現実的感情の機微を教えないといけないのかなぁと、妖精姿に戻った鏡は考えるが、そんなことは俺には無理だなとすぐに放り投げた。
こういう場合、どういう顔をしたら良いのかわからないのと、殊勝なことを言ってくれればやりようはあるかもしれないが、こういう場合、どうやってアイテムを独占したら良いかわからないのと言ってくるがめついバウンティハンターにはなにもできない。感情がないわけではない。ゲーム的な常識の中で生まれた感情だから、そこから発生する感情の機微ももちろん違うのであるからして。
「ははっ。どうもアリス様……。やっちゃいましたよ。早々に父さんを当主から追い落とす準備をしていたのですが、間に合いませんでした。もう王都1どころか奴隷になっちゃいましたよ」
絶望から顔を暗くさせて俯きながら、フーデが言ってくるので、ふむとアリスは頷き手を伸ばす。もちろん顔をあげてくださいとか、手をとって元気を出してくださいとかではない。うさぎ耳に即行手を伸ばすアリスである。
「そのようですね、ウサギさん。もふもふなお耳じゃないですね」
カサカサだねと、残念そうな顔をしちゃう。脂ぎってギトギトでもある。
「奴隷って、こんなのなんですね。そういえば鉱山から連れてきた人たちもこんな感じでしたっけ?」
コテンと首を傾げて、鏡に尋ねる。奴隷という存在がいまいちわからないのだ。モニターには人口が増えたと記載されているのでまったく気にしなかったアリスである。
「そうだな。今も着の身着のままで、畑を耕しているぞ?」
「えぇ〜っ! なんでそんなことになっているんですか? もしかして奴隷の立場を幸福に思っているとか?」
焦ってポチリと拠点情報を確認する。まだまだ小さい街なので気にしていなかった治安と幸福度を確認すると、なんと幸福度が激減していたので、飛び上がって驚いちゃう。
「た、大変です! こんな小さな街なのに幸福度が50程度しかありません! そういえば酒場とか全然作っていなかったですね」
1、2ヶ月で作った弊害。研究施設ばかりに目がいっていて、娯楽関係などには注意を払わなかった。奴隷だって、なんだって街に住まわせれば良いでしょうと、領地経営初心者なアリスは考えていたのだ。バウンティハンターとしては一流でも領地経営は初心者なのだ。酒場はアリス的にはほとんど建てていないと考えていた。実際はそこそこあるが、ブロックごとに無いといけないと考えていた。
あわわとギャラクシーライブラリのローカルデータにアクセスする。会話などの通信はできなくても、過去の情報は得られるのだ。ポチリと初心者、領地経営と検索すると、人口に比例して酒場を作れ、治安維持の兵舎の数、幸福度の目安などが出てきた。
「むむむ。これは大変なことです。レイダさん、とりあえず奴隷を解放してお給料を配って……。レイダさんはそんなことできない……。グリムさんは王都……。良いことを考えましたよ」
ポムと手を叩き、一人で騒ぎ始めたアリスを力なく眺めていたフーデへと向き直る。
「貴女を奴隷から解放します。すぐにお給料を配布するので、やってください。それと、そこの足のない人たち。いつまで足をなくしているんですか? 『クローンエリアヒール』、『エリアヒール』」
部位破壊された部分をヒットポイント1で回復させて、続けてエリアヒール。もう一回念の為にと使用しておく。
足のない奴隷たちは、空中にマテリアル陣。奴隷たちには光の魔法陣と見えるものが描かれて、光に包まれると、失われた足がニョキニョキと生えてきて、あっという間に回復したので、驚きで声を失う。
まぁ、破壊したのもアリスなのだが、そこはブックス当主が利敵行為をしたと知らされているので、あまり恨みはない。
しかも一瞬のうちに回復してもらえたのだ。この少女は何者なのかと、騒々しくなる中で、フーデは自分の耳を疑った。今、この少女はなんと言ってきたのだろうかと。
「大変ですよ、鏡。給与をゼロに設定すると次の月には逃げちゃうらしいです。危ないところでした。あ、清潔感も治安度にかかわるらしいので、レイダさん、お風呂に……お風呂もなかった! 明日香、聞こえますか、明日香? ちょっとこっちに来てください。緊急事態です」
一人で大騒ぎする少女へと恐る恐る尋ねる。
「あの……私を奴隷から解放するなんて嘘ですよね?」
「むっ、逃しませんよ。もふもふしたいですし。奴隷からの解放は決定です」
むんと胸を張り、不機嫌そうに言ってくるので、混乱してしまう。だって一週間前に奴隷になったばかりなのだ。
だが少女は本気だった。すぐにそれは理解したフーデである。なにしろ大量の金貨を無防備に渡されて、給与の支払いを命じられたのだが。
なぜか、マテリアルでの支払いでなくても良さそうなので良かったですとアリス様は胸を撫でおろしていたが。




