第4話 スタンの成長
「・・・・まあ、我らはこれで引き上げます。ハクレン様、正式なお礼はまた後ほどにでも」
「ほほほ、そんなに気を使わんでもよいぞ」
「いえいえ、ハクレン様のお手を煩わした上お礼もなしとは、我がリットル家が世間のそしりを
受けてしまいます。それからスタンよ、、、、」
「は、はい父上」
イエルスにギロリと睨まれたスタンは、首をすくめてしまう。
「アイアンウルフごときに遅れをとるとは、代々王国軍に貢献してきたリットル家の嫡男失格だ。
帰ったらさっそく鍛え直してやるからな。覚悟はよいかっ!」
「えー、、、、でもさっきハクレン様が父上も同じことやったって・・・・」
スタンはしっかり聞いていた。
「ぐっ、、、これは我がリットル家に代々伝わる試練であるぞ! 詭弁を弄するな!」
どーみても詭弁を弄しているのはイエルスの方なのだが、彼は父親の強権を発動しスタンの首根っこを
ひっつかむと、ズルズルと自宅まで引きずっていった。
「父上、そんな試練初めて聞きましたよ! ハクレン様助けてえぇぇぇぇぇっ!」
「スタンとやら、まあイエルスも死ぬまではやらんだろう。まあ頑張れよ」
「そ、そんなあぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げながらイエルスに引きずられてゆくスタンを、ハクレンはクスクスと笑いながら見送った。その後
リットル家の敷地からは、毎日のように彼の悲鳴が聞こえてきたそうな・・・・
「ハクレンさまー、遊びにきましたよー」
「おお、スタンか道中無事だったか」
「はい、問題ありません!」
あれから5年の歳月が過ぎた。スタンは幼年学校を優秀な成績で卒業し、この春から士官学校へ入学する
ことになっている。その後イエルスの猛特訓により、アイアンウルフやそれより上位の魔獣相手でも問題なく
倒せる腕前に成長した。それ以降、彼はこうしてハクレンの住まう神殿にちょくちょく遊びにくるようになった
のだ。ハクレンも普段はあまり人の訪れることのない森の奥に引きこもっていたので、ちょうどいい暇つぶし
と思っていたらしい。
「これ、お土産です。今王都で流行っているシュークリームですよ」
「お、いつもすまんのう、ささ、茶も用意してあるでな」
「はい、ご馳走になります!」
ハクレンも初めて会った時はまだ雛鳥のようだったスタンが、成長する様子をまるで弟を見守る姉のような
感情を抱き始めていた。将来は間違いなく父イエルスのような立派な大人になることだろうと。
「なるほどなあ、ラティスの坊もずいぶん民のことを考える政を行っているのか。ずいぶん成長
したもんじゃのう」
「ははは、陛下のことを坊呼ばわりできるのは、ハクレン様だけですよ」
ハクレンが坊や扱いしているのは現王であるラティス・ラミアール、魔導技術の開発に力を入れ、王国の
生活水準は彼の治世でずいぶんと上昇した。現在は辺境の民でも王都とそう変わらないインフラが整備
されているのだ。
「ほほほ、あやつも幼い頃は”ハクレンしゃまと結婚するー”などとぬかしておったぞ。この前建国式に出席
した時その話をしたら、あわあわしておったがの」
「うわあ・・・・」
「・・・・まあ、宰相からも”陛下、幼少の頃は他にも女官たちにおれのおんなになれ、などと声をかけて
おりましたなあ”とバラされ、王妃から睨まれておったぞ」
「なんか、聞きたくなかったですよそんな話!」
現在は賢王と讃えられるラティスだが、過去には黒歴史が存在していたようだ。ともあれ、そんな話題が
引き金となったのか、スタンはふとハクレンに踏み込んだ質問をする。
「ハクレン様は、今まで結婚されたことはなかったのですか」
「スタンよ、なぜそのようなことを聞くのじゃ」
すっと目を細めるハクレンにスタンは気後れしたものの、すぐに彼女を見据えて答える。
「はい、ぼくが大人になったら、ハクレン様と結婚したいからです!」
ハクレンはその言葉に威圧を弱めた。
「そうか、まあそなたが魅力ある大人になったら、考えてもよいぞ」
「本当ですか! ぼくハクレン様に認められるように頑張ります。約束ですよ!」
「ははは、わかったわかった、約束しようぞ」
この時ハクレンはスタンの言葉を、ラティス同様子供が年上の大人に抱く憧れを、恋愛感情と勘違いして
いるものだと思っていた。しかし彼女はまだ気がついていない。あの日、自分を救ってくれたハクレン、
満月に照らされたその神々しい姿に魅了され、スタンの心はほとんど彼女への思慕の念で埋め尽くされて
いるということを・・・・