第2話 運命の出会い
王国歴1875年3月、ラミアール王国王都ヨシュア郊外、1人の子どもが森の中で途方に暮れていた。
彼の名はスタン・リットル、代々優秀な軍人を輩出してきた名門リットル家の嫡男である。彼はお付きの
者の言いつけを守らず、その目を盗んで森の中に入り込んでしまったのだ。
「た、大変です旦那さま! スタン坊ちゃまが”霧の森”に入り込んでしまいました!」
「申し訳ございません。後を追ったのですが見失ってしまい・・・・」
「なに、あそこは弱いとはいえ魔獣の生息地だ! ただちに捜索隊を出すぞ!」
「かしこまりました!」
スタンが森に入ったことに気づいた従者たちはすぐに後を追ったのだが、深い森の中で足跡もなく、彼の
姿を見失ってしまったのだ。スタンの父イエルスは、即座に屋敷の者を集め捜索隊を組織した。
「ギャア! ギャア!」
「ひぃっ!」
不気味な鳴き声とともにバサバサと音を立てて飛び立つ鳥に、スタンはすっかり怯えきっていた。最初は
子供らしい好奇心と軍人一家で育ったことによる冒険心でわくわくしていたスタンだが、森の中で方角を
見失い日も暮れるにつれ、心細さの方が勝ってしまったのだ。
「あれ、この木さっきも見たような・・・・、えっ、目印がついている!」
そう、スタンはナイフで木に目印を付けながら歩いていたのだが、先ほどそれを付けた木の所へ戻って
しまったのだ。リングワンデルング-地球ではそのように言われる方向感覚を失ってしまい、同じ場所を
ぐるぐると回ってしまう行動をスタンは取ってしまっていた。これはすでに彼が遭難状態にあることの証明
に他ならない。
「うう、父上、母上ぇ・・・・」
王国軍幼年学校に通い始めたとはいえ、スタンはまだ8歳の子供だ。その場にへたりこみグズグズと泣き
始めた。しかし、スタンは遭難したことのみに考えを奪われ、大事なことを失念していた。この世界では、
”夜の森は魔獣の領域”
だということを。
すっかり夜も更け空には煌々を輝く満月が昇っている。スタンは動くのを諦めこの場でじっと夜明けを待つ
ことに決めた。
「きっと、朝になれば父上たちが見つけてくれる」
だが、彼はそれが儚い望みであることをすぐ思い知らされる。美味しそうな匂いを嗅ぎつけた者たちが、
ディナーを楽しもうを忍び寄ってきたのである。
”グルルルッ”
「えっ、一体なにっ!」
ガサガサと茂みから現れた者たち、それは魔獣であるアイアンウルフだった。初心者の猟師の練習台に
されるような魔獣だが、小さなナイフしか持たない8歳の子供が対抗できるようなものではない。
「う、うわあぁぁぁっ! くるな、くるなあぁぁぁぁっ!」
ナイフを振り回すスタンだが、アイアンウルフの群れにとってそんなものはディナーのアペリティフのような
ものだ。彼らは舌なめずりをしながらじりじりと哀れな獲物へ包囲網を狭めていった。
「はあ、はあ・・・・」
飛びかかるアイアンウルフの群れからスタンは必死に逃げ回った。しかし、彼らの追跡を逃れることはでき
ない。魔獣たちは猫がネズミをいたぶるように、スタンを徐々に追い詰めていったのだ。確実に仕留める
ために・・・・
「ぜえ、はあ、、、、もう動けない・・・・」
体力も尽きたスタンは、とうとうアイアンウルフの群れに追い詰められ、大きな木の根元でへたりこんで
しまった。
「いやだ、死にたくないよう、、、、」
スタンの視界が涙で滲む。もちろん魔獣の群れは容赦などしない。リーダー格の一頭が止めを刺すべく
飛びかかっていく。スタンもこれから襲うだろう激痛を思い、その目をつぶってしまう。
「え、痛くない・・・・」
自分に突き刺さる牙が来ないことに気づいたスタンがその目を開けると、視界に飛び込んできたのは
真っ二つにされたアイアンウルフと、その横に立つ若い女性だった。
「あ、え、何が起こったの?」
「ふう、、、、魔獣どもが騒がしいと思うたら、幼子が迷いこんでいたとはのう」
そうスタンを振り返る彼女は、月光に照らされた神々しいばかりの美女。ハクレンとスタン、後に過酷な
運命に翻弄される、2人の最初の出会いであった。