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指先一つで世界最強!~指弾王子の最初の一歩~

「さ、着いたぞ( なつめ)

「……かーちゃん、ちょっと怒ってたね」

「心配してくれてんだよ。本当は連れてきたかったんだけどな」

「早く治るといいな……」


 そうだな、と言いながら、村山要( むらやまかなめ)は、棗と呼んだ少年の頭をぐいと撫でた。顔を上げた先には大きく「Decopin Tournament 2019 東京大会決勝戦」と書かれた看板がそびえ立っている。


「棗、今日はかーちゃんの分も応援してくれよな」

「うん、ちょー応援してるから! 絶対勝ってよね!」

「おう、任せろ!」




「さあ、今年もいよいよ決勝戦を残すのみとなりましたデコピントーナメント。前回初出場で準優勝、ネパールの代表マガール選手、対するは前大会、前々大会において3回連続優勝、今回3連覇がかかります、日本代表現チャンピオンの村山要選手の最終決戦が、いよいよ1時間後と迫ってまいりました!」


 東京にほど近い丘陵地帯の一角。収容人数6万人を超えるドーム球場に、実況アナウンサーの声が響き渡る。梅雨入りしてはいるものの、雨もなく、日も沈んだというのに蒸し暑いばかりだ。


「さぁ、今宵最大最後のカードまであと1時間と迫ったわけですが、ここで選手の紹介をいたしましょう……」

「ノンタイトルとはいえ、まだ試合は続いてるってのになぁ……」


 挑戦者控え室では、メーンイベンターの村山要が気の抜けた声でぼやいていた。

 今大会は日本がホストとなるため、決勝トーナメント戦以外の試合は、国内リーグ戦となっている。後輩達の頑張っている姿を観るのが大好きな要にとって、消化試合のような扱いを受ける若手に対しては、申し訳ない気持ちであった。


「でもとーちゃん、しょうがないよ、全日本のリーグ戦はいつでも見られるんだから」

「同じ試合なんて1つもねえよ、棗。だからこそ面白えんだ、この」


 要は岩と見まごうばかりの自らの拳を棗と呼ばれた少年に向け、中指を親指で止める。


「でこぴんってやつは、な」


 軽く放たれたように見えた中指だったが、その風圧は、1メートル程離れた棗の前髪を逆立てた。


「さぁ! とうとうやって参りました、デコピントーナメント、いよいよ最後のカードとなります! 競技種目はフリーダム。規定時間10分の間に、相手の額へのフリック、デコピン攻撃を成功させたら1本。先に2本を取った方の勝利となります!」


 実況によるテンションの高いルール説明が終わると、入れ替わる様にリングアナウンサーからのコールが始まった。


「それではこれより、デコピントーナメント、フリーダムクラスの決勝戦を行います」


 ここまで一気に流したリングアナウンサーは、大きく息を吸い込んだ。


「んんん青ーコーナー、世界フリーダムクラス1位、ネパール代表、マ! ガァァァァーーーーーールゥゥゥゥウウウ!!」


 青コーナーの後ろからは怒号にも似た歓声が上がる。青コーナー後ろの花道にスポットが当たり、深い紅色のガウンを羽織った挑戦者、マガールの姿が浮かび上がった。ネパール人にしては大柄なその男は、眼を爛々と輝かせ、不敵な笑みを浮かべている。

 リングに立ったマガールがその身を隠していたガウンを取ると、観客席からは感嘆の息が漏れた。

 ネパール代表、マガール、24歳。見事にビルドアップされたその身体は、秘めたポテンシャルを否応なしに魅せつけていた。


「続きましてんん赤ぁコーナー! 世界フリーダムクラスチャンピオン、むぅらやまぁぁぁ、かぁなぁぁめぇぇえええ!!」


 棗は一瞬、自分の耳が聞こえなくなったのかと思った。

 それほどの歓声が、青いガウンを身に纏った要の身体を包み込む。要は右腕を大きく突き出し、それに応えるように悠々とリングに向かって歩き出す。


――あれが、おれのとーちゃん。20年間無敗、史上最強と言われる男。


 身体が一気に熱くなる。

 これが、世界一。

 その暴風のような熱は、まだ10歳の少年に、いつかおれもと思わせるには充分だった。


「両者中央へ。互いに正々堂々と戦うように」

「カナメ、コノヒヲ、マッテタ」

「俺もだよマガール。……楽しもうぜ」


 要とマガールは軽く握手を交わし、それぞれの陣営に戻る。それを追うように、戦いのゴングが鳴った。


「ファイッ!!」


 ゴツ。


 レフェリーの声が消え去る前に、リングの中央では、石で石を叩き付けるような鈍い音が小さく響いた。


「……い、いきなり! 互いにいきなり、そしてきょぉぉぉれつなフリックだ! カウントは? なんと同時!! 互いに1ポイントずつ入ります!!」


 おそらく、観客の大半は、何が起きたか分からなかっただろう。

 約6メートル四方のリングの対角に散った二人だったが、ゴングが鳴ったと同時に、リングの中央で互いの額に、その鍛え上げた中指を弾き出したのである。

 防御は一切考えない。

 ただ一瞬でも早く、相手の額を撃ち抜くことだけを考えた、ファーストブローであった。


「さぁ、リング上ではレフェリーが両者を離し、仕切り直しとなります。両者ダメージはないようです。この一撃は挨拶代わりだとばかりのチャンピオン、お互い様だと挑戦者。コーナーに移動し、レフェリーが……今、「ファイッ」再開しました……と今度は打って変わって静かなスタート。両者互いを窺いながら、ゆっくりとリングを回ります」


 観客席、最前列に座る棗は静かだった。ただひたすらこの死闘を、1秒たりとも見逃すまいと、その幼い眼を爛々と光らせて観ていたのだった。


 でこぴん。子供の罰ゲームだったそれは、1950年代、世界有数の危険な格闘技、Decopinとして生まれ変わった。

 競技スタイルは3種類。主にインターハイや公式競技などで行われる片手を使うワンハンド、両手を使うボスハンドは、交互に相手の額をフリック(弾くこと)を行い勝敗を決める。額には衝撃を計測する装置をつけたヘッドギアを装着し、極力怪我がないように配慮されている。肩から上での回避行動はある程度認められているが、指の届かない位置にまで頭を下げるなどの行為は禁止だ。

 だが、今行われているフリーダムは全く別物の競技である。選手はリングの中を自由に動き回り、隙を窺いつつ、時間内に指定された回数のフリックを成功させるか、相手を行動不能にすれば勝ちとなる。額以外への故意の打撃、武器の使用は禁止だが、防御・妨害行為、フリックのための掴みや絞め技は認められている。

 このフリーダムルールが追加されたことにより、デコピンは一躍メジャー格闘技として認知されることとなった。日本ではプロ団体はないものの社会人リーグが存在し、要は過去20年の永きに渡り、頂点の座に君臨していた。


「……さぁ、泣いても笑ってもこれが最後、第3ラウンド2ー2の最終ポイント決戦となります!!」


 リング上では互いにラウンドを取り合った2人が、最後のポイントを奪うために壮絶な戦いを繰り広げていた。




 そして4年に1度の宴が、今年もまた幕を閉じる――。




 試合が終わり、観客も帰った会場から出た要は、すっきりとした顔をしていた。一方数歩遅れて歩く棗の顔は、眼の周りが赤く腫れ上がっている。


 2-1、優勝・マガール。

 今大会の最終結果である。


「いやあ、負けたなぁ! あの野郎、めちゃくちゃ強くなりやがった。……棗、もう泣くなって。とーちゃんだって負ける時はあるさ」

「……さいきょうだって、言ったじゃないか……」


 要は一瞬声が詰まったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべ、その大きく分厚い手を棗の頭に乗せた。


「……そうだな。約束、守れなかった。ごめんな……棗っ!!」


 急に叫んだ要は、棗の身体をすっぽりと覆うように抱きしめた。

 その直後、ぱん、ぱんと、乾いた破裂音が2回、夜の森に鳴り響いた。


「て、めぇ、誰だっ!!」

「……て、てめえが悪いんだろうが! 負けたおかげでこっちは大損したんだ!! この偽チャンピオンが!!」

「……の野郎っ!!」


 要は瞬時に立ち上がり、発砲してきた相手に向かって駆けた。万が一にも棗に当たらない様、自分の身体を完全に射線に入れている。怯えた相手が1発、2発と銃弾を撃ち込むが、要は一切それに取り合わず、間合いに入った瞬間、その剛指を弾いた。

 気絶し、倒れる暴漢を眺めつつ、要の意識は段々と薄らいでいく。霞んでいく視界に、駆け寄ってくる棗と警備員の姿が映っていた。


 裏賭博を行っていた暴力団の犯行。ニュースサイトがこぞってトップ記事にしたその事件はしかし、やがて人々から忘れられていった。


――それから10年。


 物語は、再びあのリングアナウンサーの声から始まる。


「……みなさま、お待たせいたしました。只今より、プロデコピンリーグ第1期、第1試合を行います!」

「さぁ! さぁさぁ! いよいよ、いよいよです! あの忌まわしい事件から、早くも10年という歳月が過ぎました」


 リング上には屈強なシルエットの男が2人、静かに佇んでいた。が、その纏う雰囲気はこれからの死闘を感じさせ、ただ相手を睨む眼光のみが鋭く光っている。


「今、リング上にはこの記念すべきプロ第1戦、あの男の遺伝子が帰ってきた! 新たなる戦いの火蓋が今!! 切って落とされようとしております!!!」


「んんあぁぁおぉぉぉおおおコーナーー……!!」


 耳をつんざく大歓声に一際響くコールの中、男はその腕を大きく振り上げ、そして。


「むぅぅらぁぁやぁぁまぁぁぁぁ!! なぁぁつぅぅぅめぇぇぇぇぇぇ!!」


――伝説が、始まる。

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