記憶違いの転生魔王 - クラスメイトの助命に必死です
暗転――
「みんな、動かないで! 席を立ってはダメ!」
若い女性の声が響き渡る教室。廊下に繋がる扉のガラス窓、バルコニー、その全てが唐突に暗闇に覆われたのだ。昼間だというのに光源は教室の蛍光灯だけ。
『停電? 先生パニックで草生えるw』
『外が暗くなった。撮影?』
鈍感なのか、この事態にも教室にいた生徒達は大した動揺もせずに校則で禁止されているスマートフォンを取り出し早速SNSに投稿を始めていた。ネットに繋がっているからこその平常運転なのかもしれない。
そんな中、高井勇麻は、突然訪れた怪奇現象について考えを巡らせた。
(皆既日食? そんなニュースはなかったよなぁ)
中3になったユウマは背も低く、声変わりすらしていないという事が悩みだった。長い前髪が切れ長の目を隠し不健康そうな青白い肌からは陰気なオーラーが溢れている。クラスの中では目立たぬ弱者という存在だ。
(カズヤは……笑ってる?)
ユウマは、唯一の友達とも言うべきカズヤが俯いたまま満面の笑みを浮かべ身体を振るわせている事に気が付いた。
「お、緒川君! 座って! 三崎さんも座りなさい!」
だが、「どういう事だろう」と深く考える前に教室に響いた声に気が逸れる。
「な、何……緒川……君?」
身長190cmという巨躯を持つ緒川|ツルギが突如担任の指示を無視して立ち上がり、ユウマの方へ向かってきた。そして、その後ろを生徒会長でもあり校内一の美少女でもある三崎カレンが付いてくる。そして二人はユウマの前に並び、
―― 跪いた。
「「陛下、凱旋の時が来ました」」
ユウマは気が付かなかったが、その後ろでカズヤが驚愕の表情を浮かべていた。
***
教室ごと異世界転移。
ユウマはそう説明を受けた。
漆黒の闇に包まれていた教室はいつの間にか、大きな広間の中央に移動していたのだ。その広間の奥は数段の段があり3メートルくらいの体格が必要と思われる巨大な玉座が設置されている。
「はぁ」
玉座の上に置物のように正座しているユウマは盛大に溜息をついた。
「ねぇ……本当に人違いじゃない?」
「「はい、間違いありません。陛下はこの帝国を統べる魔王陛下なのです」」
ユウマの前には紅い髪の美少女と土下座をしている銀色の肌と大きな角という異形の大男がいた。
自らユウマの臣下と名乗るカレンとツルギの変わり果てた姿だった。
「三崎さん……」
「昔のようにカレンとお呼びください」
「か、カレン。本当に僕が魔王なの?」
「はい、間違いありません」
そう答えるカレンは襟ぐりが大きく開いた黒が基調のローブ姿に着替えている。黒髪は紅く染まりポニーテールは解かれていた。細い腰元には髪色と同じ色のベルト紐を付けてた姿から妖艶さが漂う。じっと見つめるユウマの視線に気が付いたのかカレンが頬を染めた。
「これが帝国宰相カレンの真の姿でございます」
「コスプレじゃなく?」
「違います!」
可愛く口を尖らせるカレンからユウマは視線を土下座をしているツルギに移した。
「そっちは緒川……君……だよね?」
「軍将ツルギです。陛下」
銀色の肌に筋肉の鎧。側頭部からバッファローのような巨大な角が生えている鬼は、頭を下げたまま答えた。
「ツ、ツルギ……せめて顔を上げてくれ……ないかな」
以前よりも更に迫力を増したツルギにユウマは戦きながらも声を絞りだした。だがツルギは一層床に頭を擦りつけ、
「どうか、死罪を……」
と言った。
どうやら学校でのユウマに対する日頃の仕打ちを悔やんでいるらしい。
「帝国法では他の者どもと合わせて死罪が相当です」
他の者――ここにはいない担任とクラスメイト35名のことだ。異世界へ転移開始時点では繋がっていた通信回線も転移完了とともに切断。SNSと繋がらなくなった事でようやく騒ぎ始めたクラスメート達は「これまでの陛下への仕打ち、到底許せぬ!」とカレンに一喝され、そのままどこかへ連れて行かれてしまったのだ。
「だ、だめだよ!」
ユウマは慌てて止めようとした。
「はっ、では無罪に」
「え? いいの?」
「陛下の意思は帝国法の上にあります」
「絶対君主制なんだね……でも良かった」
「ですので影で処理しておきます」
「それもだめぇ!」
カレンがユウマの言葉に少し不服そうに口を尖らせ、今度はツルギに矛先を向ける。
「ツルギ軍将。あなたの処遇については……」
「許す! 僕が許すから。カレンも許してあげて!」
「……解りました。陛下の御心のままに」
カレンは恭しく頭を下げた。
「あの……それで本題に戻るんだけど……本当に間違いじゃないの?」
「はい……陛下、ほんの少しでも私の事を思い出せませんか?」
カレンが目に涙を浮かべながら上目使いにユウマを見る。
「ご、ごめん」
「下がれ、カレン。所詮、お前などその程度の関係なのだ。陛下、最初の臣下にして無二の戦友である、この俺の事は忘れてはいないですよね?」
カレンを押しのけるようにツルギが前に出てきた。
だがユウマは申し訳なさそうに首を振り、
「本当にごめん。僕にはコスプレをした緒川君と花崎さんにしか見えません」
と言った。
その言葉にカレンもツルギも崩れ落ちる。
「コ、コスプレ……」
「カ、カレン、全く覚えていないというのはどういう事だ?」
「解らないわ。転移をトリガーに記憶の封印が解けるはずなのに」
「それに俺が陛下を虐めていたなど……例え記憶が封印されていうようと、心から敬愛する陛下を……くっ……このツルギ、やはり死んでお詫びを……」
「もうやめてぇ!」
ユウマは自害しそうな勢いのツルギに慌てて話を変えた。
「そ、それでみんなをどこに連れていったの?」
「みんな? ああ、あのクズどもですか」
「カレン、生徒会長だったのにその言い方は……」
「クズどもを統べていたなど……黒歴史だわ……」
「陛下と同じ空気を吸うという栄誉を受けていたゴミどもだ。肺の周辺細胞だけはダイアモンド程度の価値はあるはずだ」
「そうね。なるほど……そこは気が付かなかったわ。さすが軍将。肺は防腐処理をして保存しましょう!」
ツルギのよくわからぬフォローにカレンが乗っかってきたのでユウマは慌てて叫ぶ。
「防腐処理だめ! そうじゃなくて! みんなはどこにいるの?」
「虜囚は地下牢ですが」
さも当たり前のようにカレンが答えた。
「地下牢じゃなくて、もっと良い場所は無いの! できれば丁重なおもてなしを……」
「ご安心を。丁重に繋いであります」
「そういう意味じゃなくて!」
「カレン。陛下は丁重に手足をもいでおけと言っているのだ」
「なるほど。さすがは陛下」
カレンがポンと手を打つ。
その言葉にユウマは溜息を一つ付くと、
「もう、いい加減にして!」
キレた。
「「し、失礼しました」」
ユウマの強い言葉に二人は平伏する。
「とにかく丁重に、不自由の無いようにみんなを個室……個室くらいあるよね。うん、じゃぁ、個室に案内して。あとで詳しく状況を説明するから……そう言って休ませてあげて」
「わかりました。クズどもも陛下のご厚情に涙をすることでしょう」
「クラスメイト!」
「は、クラスメイトですね。早速案内をします!」
もう一度叫んだユウマの言葉にカレンとツルギは慌てて立ち上がり、広間から出て行こうとした。だが、カレンは何かに気が付いたのか立ち止まり振り返った。
「クラスメイトという事は、担任のメスは処刑でよろしいでしょうか?」
「みんなと一緒に個室へご案内!」
「はっ!」
***
「陛下!」
しばらくすると憤激を抑えきれない表情でカレンだけが戻ってきた。
「どうしたの?」
「処刑しましょう」
「……誰を?」
「全員です」
どうやら説明を受けたクラスメートが魔王となったユウマや変貌したカレンに対し口々に文句を言ったらしい。見た目のやばさが増したツルギに不満をぶつけた者はいなかったそうだが……
「そりゃ……そうだよね。普通、こんなファンタジーを押しつけられたら、文句の一つも言うよね」
彼らの言葉は、ユウマに対して見下しているような発言はあったにせよ、当然の内容だとユウマには思えたのだ。
「殺されないだけでも涙を流して陛下に感謝すべきなのに、不満を述べるなど言語道断。八つ裂きです」
「ダメだって」
「陛下は優しすぎます!」
(いや、僕は普通の中学生なんだって)
そう思いながらもユウマはカレンを宥める。
「とりあえず落ちついて。あとで僕からみんなに説明するから。それよりも、この状況を僕に説明してくれないかな。僕の正体が魔王で異世界に転移した……という情報しか与えられていないのは僕もみんなと一緒なんだからさ」
「やはり陛下の記憶は……」
「うーん、記憶が無いという感じじゃなく、普通に別人なんじゃなの……って僕は思っている訳なんだけど、カレンもツルギもそうじゃないって言うし。なので説明してくれる?」
「解りました!」
ユウマの言葉にカレンは嬉々として何もない空間から黒板を取り出し魔王と帝国についての歴史について説明を始めた。まるで退屈な授業のように……その声を子守歌にいつしかユウマは眠ってしまっていた――




