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移動チートの運び屋無双(強い) ―だいたいバカにされるけど圧勝します―

「しまった。寝坊した」


 サクヤは目を覚ますと、すでに外の森には日が差し込んでいた。

 ベッドから飛び起き、すぐさま作業着に着替える。目覚めてほんの数秒で家のドアを蹴破り、離れの倉庫の前に到着すると、そこには隻眼のいかつい男が待っていた。


「おう。遅えじゃねえか」

「うるせえ、親父! どうして起こしてくれなかった!?」

「自分で起きると思ってたからだよ。早く支度をしろ」

「くそ!」


 軽口を叩きながらも、サクヤは愛用のリアカーに次々と荷物を乗せてロープで固定していく。

 サクヤが所属する零細企業カンパニー『ナノハナ特急』は零細ながらも信頼のおけるギルド公認の配達業者だ。いくら急いでいてもお客様の手荷物はガラス細工のように丁寧に扱わねばならない――。


 よし、準備は完了。リアカーの取っ手をぎゅっと握りしめる。

 親父が水の入ったカップを手に持って横から顔を出してきた。


「いいな? こぼすんじゃないぞ」


 と言って、リアカーに取り付けられたカップ立てにカップを置く。荷物を荒々しく扱わないための、これはいわば戒めだ。


「こぼしたら晩飯抜きだ」

「わかってる。雑な走りはしねえ」

「日が沈んだあとにノコノコと帰ってきたら、それでも晩飯は抜きだからな?」

「わかってるよ。配達は時間が命だろ? 丁寧に速やかに。じゃ、行ってくるーっ!」


 こうしてサクヤは荷物を山ほど積み上げたリアカーを引いて、猛烈な勢いで集配所を飛び出ていった。親父がニヤリと笑いながらその後ろ姿を眺めていると、そこへちょうど通りすがりの旅人が声をかけてきた。


「やあ、ダンナ。あれはおたくの配達人かい?」

「ああ、そうだが?」


 こんな倉庫しかない場所に人が通りかかるなんて珍しい。それが女の子の一人旅となればなおさらのことだ。

 旅人は帽子を目深にかぶり、肌の露出の少ない長距離用の旅装備をしていたが、その背格好と声からまだ一五歳くらいの少女だと察する。しかもその可愛らしい風貌とは裏腹に、相当な修羅場をくぐり抜けていることが、さりげない身のこなしや物腰からわかった。

 少女は帽子に手をかけて、遠く見えなくなったサクヤの方を眺めた。


「あの配達人はずいぶんと荷物を抱えていたようだね。ここだと森の一帯が担当区域になるのかな?」

「あとはミカゲ山の周辺だな。あそこにも民家が点在している」

「一人で?」

「そうだな。うちは少数精鋭だから」

「馬を駆って森を一周するだけでも丸一日はかかりそうな距離。見間違いじゃなければ彼は自分の足でリアカーを引っ張っていたようだけど」


 少女は驚いた様子でもう一度確認するように繰り返す。


「あの荷物の量と距離を本当に一人で?」

「そうだよ。正直、昼頃に出発してもなんとか間に合うくらいだが……まあ、さすがにそこまで寝坊したらこの俺がゲンコツで起こしに行くか」

「信じられない。彼はいったい何者なの?」

「出来は悪いが一応俺の息子だ」

「へえ。じゃあ、あのとんでもないスペックの持ち主を、出来の悪い息子とか言っちゃうあなたは何者?」


 少女のこの問いに、親父は意味深な笑みを浮かべて腕を組んだ。


「ははは。そいつぁ企業秘密だ」


 親父の剣呑な笑顔に、少女は諦めたようにため息をつく。


「ふうん。わかった」

「おや、もう行くのかい?」

「うん。話せて楽しかったよ。面白いものが見られた」


 旅人は片手をあげてその場を立ち去りながら、端正な口端をきゅんとつり上げた。


「世の中には本物の化物ってのが実在するのね……ふふ。物見遊山ものみゆさんに【陸戦レース】を見に来たけれど、どうやら陸を駆けるドラゴンよりももっと面白いものを見つけちゃったかも」



 ~~~



 集配所を出発してから約一時間、サクヤは最初の村へと到着した。


「おう。サク坊。今日はちょっと遅かったべ?」

「ごめん! 寝坊してた。クソ親父が起こしてくれなかったんだよ」


 わいわいと集まってくる村人達に、サクヤは荷物を一つづつ手渡しながら答える。


「大丈夫か? 集配は間に合うのかい?」

「問題ないよ。いつもよりちょっとだけ頑張れば夕暮れ前には一周できる。荷物は全部行き渡った? よし。じゃあ急いでるんで!」


 そう言ってサクヤは再びリアカーのハンドルを握りしめる。その後姿におっちゃんが声を投げかけた。


「あ。サク坊。こないだも言ったけど、今日は陸戦レースの開催日だからルーザン方面の道は立入禁止だべさ。迂回路を通るんだべよー!」

「迂回路ねー! わかったーたぶん!」


 と、爆走していくサクヤに、おっちゃんは呆れたふうに頭をかいた。


「ありゃ、きっと迂回する気ねえべな」


 サクヤの去っていった方向を見ながら、おっちゃん達は埒もない話を続ける。


「ほんとサク坊は元気によく走るなー。馬を使えばいいのに」

「馬だと遅すぎるんだろ。あの走りはとても人間とは思えねえ」

「なあなあ、もしサク坊が陸戦レースに出たらどうなるかな?」

「サク坊が? リアカーを引っ張って?」

「そうだなあ。奴の足は確かに早いが、今年はドラゴンも出てくるらしいべ? さすがにドラゴンには敵わんやろ」

「んだんだ。ドラゴンは地上で最強最速の動物だべ? 人間ごときが太刀打ちできるわけがねえ。もし勝てる奴がいたら、そいつもはや神様だべよ」

「んだんだ」

「けどまあ、そもそもサク坊が陸戦レースに出ること自体がありえねえ話なんだけどな?」

「はっはっは! 違えねえな」



 ~~~



 陸戦レース。それは陸を駆ける最強の者を決定する、年に一度のお祭りだ。

 十キロにおよぶコースを一番乗りで到着した者を勝者とする、いたってシンプルな競技。陸地に設置する乗り物であれば機械だろうと動物だろうと参加は認められており、またレース中のいかなる妨害行為も自由である。

 そのエキサイティングでスピーディな展開に魅了され、会場には多くの観客が集まっていた。


 大会は王国内領地の持ち回りで行われ、今年は辺境のラークトネス森周辺に会場が用意された。いわゆるド田舎での開催にもかかわらず、例年にも増して賑やかなのは、トラキア王国第三王女マリア姫が観戦席にゲストとしてやって来ているからだ。


「見てください、姫。ドラゴンがいますよ!」


 丘の中腹にしつらえられたやぐらの主賓席では、高価なスーツに身を包んだ男が大会の熱に嬉しそうにはしゃいでいる。

 しかしその隣の席のマリア姫はつまらなそうに欠伸を噛み殺していた。


「ほら、姫あそこに!」

「あー、興味ない」

「なぜですか。せっかくここまで来たというのに!」

「そなたが半ば無理矢理連れて来たのじゃろうが。妾はもう疲れたぞ」


 やる気のない姫の態度に、男はヤレヤレとため息をつく。


「姫。我々には崇高な目的があります。煉獄の里まで【ギフト】を運べる者を探さなければならないのですよ?」

「それはわかっておる。が、そんな者はここにはおらんじゃろ。そもそもドラゴンはドラゴンの足が速いのであって、乗っている人間はただの凡人ではないか。仮に任務中にドラゴンがいなくなったらどうする?」

「乗り物が破損するのはどうにもならないリスクです。むしろドラゴンと同等に走れる人間なんてこの世にはいないでしょう」


 当然だ。

 人間がドラゴンより優れているなんて、そんな話は聞いたことがない。しかし、この話題になるとマリアは決まって首を横に振るのである。


「妾は見たことあるぞ。ドラゴンよりも足の速い人間を」

「ぷっ! またその話ですか」


 スーツ男は笑い飛ばした。

 マリアは三年前、お茶飲み友達と一緒にハイキングに出かけた時、丘の上を猛烈な勢いで駆け抜ける少年の姿を見たのだと言う。

 周りの者達はみな歓談に夢中で、少女のその言葉を信じる者は誰一人としていなかった。

 しかしあの少年は間違いなく存在し、マリアの心の中では鮮烈な印象として残されている。

 彼の走りは、間違いなくドラゴンよりも速かった――。


「妾は本当に見たのじゃ」


 むくれたマリアにスーツ男はおどけた様子で火に油を注ぐ。


「夢ですよ。ありえませんな」

「……むう」

「ではよろしい。もしドラゴンよりも足の早い人間がこの世にいたら、いたらですよ? 私は素っ裸になって街を練り歩いて差し上げますよ」


 キザったらしく笑うスーツ男を、マリアは恨めしそうに睨みつける。


「ふん。その言葉、忘れるな?」

「ええ、ええ。いいですとも。もっともそんな人間、絶ッッッッッッッッッッ対にいるわけがないでしょうけどね! どわっはっはっはー!」


 スーツ男の高らかな笑い声が響く中、レースはついに始まった。

 馬やラクダ、オートモービルや馬車達がひしめく中、スタートの合図と同時に飛び出してきたのは、やはりドラゴンを駆るキルギラス伯。他のグループが団子状態でもみ合っていると、まるで流星のような華麗な走りで先頭を突き抜けた。足を引っ張る妨害も、リタイア狙いの攻撃も届かぬ位置へと躍り出る。

 あまりに想像通りの展開に、マリアは思わずため息をついた。


「はぁ。つまらんレースじゃのう」


 しかしそのとき。場の空気がにわかに一変した。

 おおおおおっ! と、会場がどよめきマリア達もレースを凝視。そして思わず目を見張る。


「え? な、なんじゃあれは?」


 レース最後尾に突如、猛烈な勢いで爆走する謎の人影が現れたのである。

 砂煙を巻き上げながら、あっという間に最後尾グループに追いついたその人物は『ナノハナ特急』というロゴの入ったリアカーを引っ張る――たかが人間のランナーだった。

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