『もしも』から始まったパラレル転生
―――世界は分岐する。
世界は常に分岐を繰り返して、その数を増やしている。今自分達が過ごす世界もその中の一つだ。
例えば十字路にいるとする。そこから『もしも』右に行ったら、左に行ったら、前に行ったら、後ろに行ったら。これで世界は四つに分岐する。そこから『もしも』道の真ん中を歩いたら、右を歩いたら、左を歩いたら。さらに世界は三つに分岐する。たったこれだけのことで世界は十二に分岐する。
こうして世界は分岐を続けている。
こんな『もしも』の数だけ分岐する世界を人々は【並行世界】と呼ぶ。
―――『もしも』現代世界で科学だけではなく、魔法も発達していたら。そんな世界も存在する······のかもしれない。
*
(熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い熱い痛い熱いっ!)
俺――佐藤岬は血が脇腹から流れ出る感覚を遠くに感じながら地面に這いつくばっている。
(なんで、こんなこと······なったのかね······)
いや、そんなことはわかってる。刺されたんだ、通り魔に。
ここら一帯はそんな物騒な場所じゃなかったはずだけどなあ······。
もう既に俺を刺した通り魔はこの場にいない。
この場所はブランコと鉄棒しかないほど小さな公園だ。小さい頃ならポロポロと子供がいたはずだが、最近では過疎化で人がいない。そんな誰にも見つからない場所で今の俺に待っているのは『死』のみだ。
ただの気まぐれだったんだ。
高校三年生になって周りが進路でバタバタしているなか、俺は午後の授業がめんどくさいから、という理由で仮病を使って早退してきた。
早退して早く学校を出たから遠回りをして帰ろうとして、ふと小さな頃に遊んだこの公園を思い出したから足を運んでみた。
そこで帽子をかぶって、マスクとサングラスをかけた人にいきなり脇腹を刺された。
(あー。意識がぼうっとしてきた。それに心無しか寒くなってきたし、だんだん暗くなってきた気が······。)
不思議と今も迫ってくる死に対する恐怖がわかない。だけど『もしも』―――
『もしも』学校を仮病で早退しなかったら。
『もしも』回り道をしないで帰っていたなら。
『もしも』この公園に寄らなかったら。
そこで俺の意識は冥い闇に落ちた。
*
「おぎゃぁぁぁぁ!!」
(赤ん坊の泣き声?どこから?っていうか俺って死んだ······よな?)
「元気な男の子ですよ!」
暗い世界の中でそんな女の人の声が聞こえる。もしかして、俺はまだ死んでいなくて走馬灯でも見ているのかな?
「生まれてきてくれてありがとう。これからよろしくね、岬」
どこか聞き覚えのある、しかし知ってるより若く聞こえる声を聞きながら、また俺の意識は暗い闇に落ちた。
*
「岬!今日は高等部の始業式でしょ!起きなさい!」
暗い闇の海のなかから、俺の意識は浮上する。
聞き覚えのある、しかし覚えのある声より若い母さんの声。
見覚えのある天井。小学生――いや、この世界では小学部か――で怪我してしまった左手の傷。全てが覚えのあるものだ。
「もう十六年経ったのか······」
俺はアノ時確実に死んだ。今でも体から血が流れ出る感覚を鮮明に思い出せる。
だけど、次に意識が戻ったら俺は一歳の頃に戻っていた。
初めは走馬灯だと思った。だけど全ての感覚は、これを夢でも走馬灯でもないと俺に告げた。
そしてひょんな事から始まった二度目の人生を俺は生きている。だけどここは――
「降りてきなさぁい!」
「行くよ!」
俺はベットから降りて大きく伸びをしてから部屋をでて階段へと向かった。
俺が踊り場に着くと同時に動き出した階段。まるでエスカレーターである。だけど機械仕掛けではない。
そうここは――俺の知っている世界ではない。
*
《魔法科学》
それがこの世界で発達した概念である。前世では空想の産物であった魔法がこの世界では当たり前のように存在している。
魔法によって自動で動く階段。魔法によって人を察知して開く扉。魔法によって宙を浮いて走る車。
この世界の便利な品は全てに魔法が関わっている。
「―――ので、皆さんはこれからの日本を担う若者となるのです。それを心掛けてこれからの生活を過ごしていきなさい」
今日は母さんが言っていたように、魔導学園の高等部の始業式に参加している。
魔導学園とは、計十二年間で魔法と一般教養を学ぶ場であり、小学部、中学部、高等部から成り立つ。
「岬!教室戻ろうぜー!」
「岬君行こう!学園長の話しは長すぎるよねー」
学園長の話が終わると同時に、俺と同じ黒い服を基調として赤のラインの入った制服を着ている二人が声をかけてきた。
一人は小学生からの付き合いの鏡宮翔太、もう一人の女生徒は中学生からの付き合いの高峯美南である。
「あいつか?」
「あぁ、色無しってやつだ」
「よく高等部まで進級できたよな。てか、本当に色無しっているんだな」
ふとそんな声が聞こえてくる。
色無し。このことで俺は前世とは違って周りから距離を置かれている。
しかし、翔太と美南はそんなことは関係ないと前世と同じように付き合ってくれる。
「また言っているやつがいるのか······。岬、気にするなよ?」
「高等部まで進級できる無属性使いなんて岬君だけだから!」
「いや、俺は全然気にしてないから逆に気遣われると困るんだよな······」
個人に魔法の適性属性がある。
火、水、風、土、雷の五元素に光、闇の二極素を合わせた七つの属性から一つ以上の属性を持って生まれてくると言われる。
だが、たまに属性を持たない、俺のような人間がこの世界では生まれてしまう。
そのような人間のこの世界では、魔法に適性のないもの――『色無し』と呼ぶ。
「むしろよく無属性でここまでこれたと自分を褒めたくなるよ」
「ほんとにな!逆にどうやったら無属性でそこまでできるんだ?」
「気合い」
「精神論なの岬君!?」
気合い、などと言ってしまったが俺には適性が無いのではなく、無いことが適性だと思っている。
これもこことは別の世界で育ってきた影響なんだと思う。
それから翔太と美南とくだらない話をしながら三階にある『1-A』と書かれた札のある教室まできた。言わずもがなここが俺の教室だ。
「お前らはやく座れー。今日は編入生が来ているぞー」
「まじ!?女!?男!?」
「どこから来た子!?」
俺達がそれぞれの席に座ると同時にやってきたクラスの担任である木村遼也先生が気怠げな声を上げながらドアを足で開けてはいってくる。
「それに対するお前らの反応もテンプレかよ······。それにしても高校で転校してきたやつなんていたか······?」
編入生の報とともに素性を聞くのはまるでテンプレじゃねえか。
それと、この世界は前世と同じ流れをしている。だけど、転校生なんて来なかったはずだ。
「とびっきりの美人だぞー」
「「「うおっしゃああああ!!!!」」」
発狂する男子生徒を尻目に木村先生は廊下に目を向けて頷く。
そして、当然みんなの視線は入口にむくこととなる。
―――パリーンッ!
そんな俺達の意表をつくように入口と反対側にある窓が割れた。えっ!?なにごと!?
「安心してっ!ボクが全ての窓の破片を外に飛ばしたから!」
スタッ!と綺麗な音をたてながら教卓の上に着地したのは黒髪紅目の俺たちと同じ制服を着た女生徒だ。
「いや、心配するところはそこじゃねぇよ!?」
「いいツッコミをするね君!······見つけた」
俺を見ながらニヤリとするボクっ子。そのままボクっ子はクルリと周りながら俺の目の前まできた彼女は俺の顔をじっと見つめてくる。
「やっと見つけた。ボクと同じこの世ならざるもの」
「なっ!?お前は······」
「いいねえ。決めたっ!君をボクのダーリンにしようっ!」
「はっ!?」
言葉と共に目の前の少女は指を鳴らす。それと共にゴゴゴッと轟音が鳴り響く。
「なっなんだ!?」
「編入生なにをした!?」
「み、皆外っ!」
一人の生徒の言葉に誘われみんなが外に目を向ける。俺を目を向けたがあまりのことに思考が停止してしまう。
「し、城······?」
なんとか振り絞った声が静かな教室にこだまする。外には学園より大きな西洋風の赤黒い城が浮かんでいた。
「お、お前はなんなんだ······?」
俺の声に黒髪の少女は瞳を紅く光らせて笑みを深くする。
「ボクは大日本魔国第二十五代魔王、ミサキ・ウルス・トウジョウ。ダーリンの名前は?」
ただの日本じゃない······?もしかしてこいつもなのか!?俺の口は自然と名前を言うために開く。
「佐藤······岬」
「同じミサキだね!ますます気に入ったよ」
『もしも』魔法のある日本で、『もしも』俺と同じように、違う世界の日本で育った人間が、『もしも』出会ったら。
そんな『もしも』の世界で魔王を名乗る少女は笑みを浮かべる。




