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黒探偵 スカルフェイスのザギ

――さあ、来いよ。


 ラヴェルの調べを口ずさみ、深紅の薔薇を花器に挿してゆく。

 この器を見つけた時から、きっと赤い花が似合うと思っていた。花器の透き通る白と薔薇の瑞々しい赤のコントラストは、想像以上の美しさだ。

 花一本一本にまで拘りぬいた。幾つもの店を巡り、手に取り吟味して買い求めたのだ。最高の花器には、最高の花しか似合わないのだから。

 そう、この作品の主役は花器なのだ。美しく愛らしいこの花器から更なる輝きを引き出し、至高の美を完成させる為に薔薇を生けるのだ。


 脳内で鳴り響くボレロ。単調とも思える終始変わらぬリズムを身体で刻むうちに、それは喜悦の震えに変わってゆく。幾度も繰り返すメロディーが、次第に熱を帯び激しくなると共に、脊髄の中をグツグツと快感の炎が昇ってゆくのだ。

 素晴らしい出来だ。

 薔薇を手に取り花器を撫でる度に、下腹部が焼けるように熱くなるのが堪らなく、いい。ぷすりと薔薇を挿せば、尾てい骨の底からガツンと歓喜が突き上げる。


――この芸術を解する同志よ。出て来るがいい。見ているだけで満足できるのか?



『只今入ったニュースです。本日早朝、東京都Z区のX公園で女性の変死体が発見されました。遺体には薔薇が添えてあり、警察は首都圏で起きている連続殺人事件との関連があるとの見方を……』


 テレビ画面の中で、女性アナウンサーが頬を強張らせていた。

 先程まで、側溝に落ちた子猫が無事救出されたニュースを、にこやかに伝えていたのだが、突然に手渡された原稿を見るや表情を一転させ、声の震えを抑えつつ読み上げたのだった。


「ナイス・チョイス、マッドアーティスト。丁度、薔薇の盛りだしね……」


 佐木涼介は目をギョロリと開き、口角を吊り上げた。

 ベッドから起き上がり、すぐ脇のローテーブルの前に移動する。同じ内容を繰り返すばかりのテレビには、もう見向きもしなかった。

 鼻歌を歌いながら膝を抱えて三角座りをし、素早く二台のパソコンを立ち上げた。

 一台ではニュースの検索をかける。速報が一つ上がっていたが、文面はテレビと大差ない。時間さえ経てば情報は増えるだろうが、佐木はそれを待つ気はなかった。

 もう一台のパソコンで、いつも愛用している犯罪情報満載のデータバンクにアクセスする。部外者である佐木が認証されないのは当然なので、そこは裏からこっそりと入らせて頂くのだった。

 パチパチと片手でキーを打つ間に、反対の手でニュース検索したパソコンを某巨大掲示板に切り替えた。犯罪ネタに群がる物好きな連中が『花師』について語るスレッドをロムるのが日課だった。


名無し:20**/05/26 07:05:04

 来たー花師っ!

名無し:20**/05/26 07:05:11

 うおおすげ!久しぶりの家元降臨!

 この半年は充電期間ってやつかね花師再始動

名無し:20**/05/26 07:05:16

 マジかX公園!誰か写真載せないかな

名無し:20**/05/26 07:05:29

 今度はバラかバラバラ殺人だけに

名無し:20**/05/26 07:05:34

 草

名無し:20**/05/26 07:05:56

 これで4人目警察ムノーすぎんだろが


 下らない書き込みばかりだ。時間が経てば一連の情報を纏めたり考察する者が現れ、次に同調と反論の舌戦が始まるのだが。

 佐木は、それをいつも嘲笑いながら眺めている。たまに慧眼の持ち主が現れるのが、面白く目が離せないのだ。

 とは言え、今は速報を受けて騒いでいるだけなので、掲示板は一旦放置し、不法アクセスした犯罪データの宝庫に目を移した。ここならマシな情報があるだろう。

 画面に現れた文字を眺めて、ニタリと舌なめずりした。


 警察庁広域重要指定事件『東京・横浜連続バラバラ殺人事件』


 通称『花師殺人事件』だ。

 被害者の遺体はいずれも著しく損壊され、無数の花を突き刺されていた。遺体を生け花に見立てているのか、切断された頭部と手足も、花と共に奇怪な形で胴体に生けられ(・・・・)ていた。

 酸鼻極まるおぞましい犯行。犯人は常人の神経など持ち合わせてはいないのだろう。誰が言いだしたのか、この異常者は『花師』などと呼ばれて世間の注目を浴びているのだ。


 佐木は最新情報を求めてハッキングしたのだが、お目当てのモノは見当たらなかった。欲しかったモノ、それは今朝発見された被害者の写真だ。

 彼の密かな趣味は遺体写真の収集なのだ。遺体であれば老若男女は問わない。グロければグロい程良い。加害者の嗜虐性を眺めるのが、楽しくてならないのだ。これは絶対に口外できない嗜好だ。

 最近は花師のおかげで、佐木のコレクションはかなり充実している。が、今日はまだお預けのようだ。

 仕事が遅いんだよ、と舌を打ったところで、スマホの着信音が鳴った。

 近藤。

 発信者名に佐木は思い切り眉をひそめる。もう侵入がバレたのかと、またチッと舌を打った。


「ども、先ぱ……」

『おいザギ! 見たか!』


 挨拶抜きで、野太い怒鳴り声が耳を殴りつけて来た。いつもながらやかましい男だと、頭を掻く。


「……何をですか」

『ニュースだ! 花師がまたやりやがった!』

「ああ、見ましたよ」


 ハッキングの話ではなかった。ふうと小さく息を吐いている間も、電話は大声でしゃべり続けていた。


『クソッ、非番なのに呼び出し食らっちまった』

「いいじゃないですか。先輩、仕事の鬼なんだし」

『あのなあ! 俺に休むなって言うのか!』

「呼び出したのは、俺じゃありませんって」


 ヘラッと笑うと、ギリギリと歯ぎしりが聞こえてくる。

 近藤は事件となれば真っ先に飛び出して行く、バカのつく熱血漢なのだ。聞こえてくる雑音から察するに、今だって車で現場に急行中なのだろう。形だけの愚痴など吐いてないで喜んで仕事してればいい、と佐木は思う。


『なあザギ、協力してくれよ。一年前の幼女誘拐事件も、お前の助言のおかげで犯人を挙げられて本当に感謝しているんだ。今度もお前の考えをぜひ聞』

「いやいや、先輩」


 佐木は素早く遮った。

 あれは自分が推理した犯人像を少し話しただけのことだ。なのに近藤は、花師のプロファイリングをやれなどと言うのだ。素人に無茶を言うなと思う。それに、今更警察に協力する気はない。


「俺は関わらない方がいいんですって。ほら、何かの拍子で俺の名前が表に出たら、不味いっていうか、ねえ?」

『大丈夫だ、心配いらん』

「なんなんですか、その謎の自信は。俺は先輩らの心配をしてるんですよ?」


 うんざりして鼻をほじりながら答えた。

 懲戒免職になった人間が捜査に関わったと世間に知れたら、困るのは警察の方だと言ってやってるのに、単細胞の近藤には問題意識がないようだ。

 佐木は、窓ガラスに映った自分の顔を眺める。頬はこけ、落ち窪んだ眼窩の中で、目玉がギョロリと光っている。ほとんど肉は無い。髑髏だ。元警官とは思えない容貌、というかこれは犯罪者の顔なのだ。

 免職前はこうじゃなかったのに、と頭をポリポリと掻き、まあいいかと伸びをして再び掲示板を眺めた。


『いいかザギ! 俺は知ってるぞ。お前がこの事件にめちゃくちゃ興味持ってるってな。知りたいんだろう、犯人のことが。知りたくて知りたくてうずうずしてるんだ』

「いやぁ、それほどでもぉ」

『お前、警視庁のコンピューターに不正アクセスしてるだろ!』

「げっ」

『お縄にされたくなかったら、俺に協力しろ!』

「古いなあ、いつの時代ですか、お縄って。それに、勝手にそんな取引していいんですか?」

『つべこべ言うな!!』


 耳が痛いから大声を出すなと言おうとした所で、佐木の身体が固まった。

 掲示板に現れた画像に目を奪われていた。

 無言で張られた一枚の画像。

 その衝撃。その悪意。

 一瞬の間をおいて、悲鳴が文字となって書き込まれてゆく。スレ民たちの叫喚だった。


「……例の掲示板見て下さい、今すぐ」


 喉がヒリヒリと張り付いて、佐木の声は低く掠れていた。

 電話の向こうで近藤も異変を察したようだ。


『今、見れねぇ。何があった?』

「被害者の画像が公開されて、あっ、また!」


 話している間に、二枚目三枚目と画像が上がってくる。喧しいスレ民がついには沈黙してしまう程、無残な遺体の画像だった。

 そしてソレが、警察の内部資料の流出ではない事に、佐木はとっくに気付いている。薔薇が生けられたソレは、鑑識が撮影したものではあり得なかったのだから。


――花師だ。


『なんで……!』

「近藤先輩。宣戦布告ですよ、これは」


 食い入るようにグロテスクな画像を見つめながら、佐木は唇をキュッと吊り上げる。心臓が早鐘を打ち、久々の昂ぶりに武者震いしていた。


――あんた、すげぇ面白い……


『おいザギ。何笑ってんだ!』

「え?」


 無意識に笑っていたらしい。それ程に興奮していた。花師への興味が俄然強まっていた。

 近藤の手前、懸命に笑いを飲み込む。だが次の瞬間、盛大に吹き出してしまった。

 新たな画像が上がってきたのだ。

 今度は遺体ではなく、微笑みを浮かべる少女だった。髪をかき上げるしぐさをした少女の画像が、狂ったように何度もアップされてくるのだ。

 佐木は画面に張り付き、笑い続けた。


「ハッハッハ! ナイス・パフォーマンス!」

『ザギ?!』

「先輩、これは犯行予告かも、ですよ。いや、それとも次の作品・・製作中・・・って言いたいのか……」


 絶句する近藤の気配に、佐木はニヤリと笑う。


「最高だ。来いよ花師、遊ぼうじゃないか……」

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