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一年前の甲子園、県予選。俺たちは、代表候補と一回戦から当たってしまった。結果、5回コールドの惨敗。対戦相手から笑われ、恥ずかしかった。野球ほど一生懸命に取り組んだ物のない俺にとっては、大きな挫折だった。
それから俺は、バットが振れなくなった。
俺は、ボールを握ることができなくなった。
俺は、グローブを触ることができなくなった。
そして、野球が大嫌いになった。
あんな思いをするくらいなら、野球を嫌いになることなんて造作もない。
「嘘つき」
「はぁ?」
「野球、好きなんでしょ。嘘でもいいじゃない。無理でもいいじゃない。夢を見ることは勝手なんだから。たとえ叶えられないことだって、夢見たっていいじゃない」
「ちょっと、由良さん?」
由良の言いたいことはちっともわからなかった。
「笑われたっていいじゃない。好きなことをすることは、悪いことなんかじゃない。藍紗の馬鹿」
「嫌、馬鹿って……。由良、落ち着けよ」
なんで、由良がこんなに必死になるのかわからなかった。必死にあることすら、俺は忘れていたのかもしれない。教室中の目が俺たちに集まっていた。
「私は藍紗にずっと野球をやっていて欲しいの。藍紗、すごく楽しそうだったから」
「……泣いているのか?」
由良は俯く。俺にはかける言葉を持っていなかった。馬鹿だ。聞かなくてもいいことを聞いてしまった。
「泣くわけないでしょ」
強がりを言っているようだ。でも、簡単に『辛い』と言えるもんじゃない。どんなに、胸が苦しくても、由良の強がりを受け入れるしかないんだ。今の俺には由良を慰める資格なんてないのだから。
「……由良……」
「いいんだよ。例え、野球を好きだという気持ちが誰かを傷つけることになっても、藍紗が好きだって言う気持ちは誰にも邪魔できない」
俺は……。結局は不安なんだ。同じ悔しさを味わいたくない。思い出したくもない。逃げていた。
「……由良……」
「藍紗、野球、見に行こ」
気づけば、俺は頷いていた。