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生まれ出づる歓び  作者: ケケロ脱走兵
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(6)

 佐藤の話を聴いていて、何故かかつて読んだ浅田彰の「逃走論」


を思い出した。いや、思い出したのは「逃走論」という題名だけで


内容は何一つ覚えていないが。それは、同期に入社した男が、彼は


就職氷河期でなければもっと大きな会社に入れるほどの難関大学を


出ていたけれど仕方なくいま俺が居る会社に就職した、が、一年も


経たないうちに辞めてしまった。入社したころは机を並べてデータ


処理の雑務をしていたが彼の頭の良さに驚かされ、こいつには絶対


勝てないと思っていると、彼の口から突然「辞める」と聞かされた


時には内心ほっとした。一年も経たずに辞職する新入社員に対して


は会社もそっけなく、新入社員だけで彼との送別を惜しむ席を設け


た。その席で彼が浅田彰の「逃走論」を語り始めた。聞き慣れない


横文字ばかりで何を言っているのかまったく解らなかったが、ただ


「逃走論」という言葉だけが耳に残った。すぐに読んでみたがそれ


でもよく解らなかった。ただ構造主義からの逃走であるらしいこと


は解ったが、では構造主義とは何かが解らなかった。


 例えば、この国に生まれてこの国で暮らしていると、誰もこの国


との関係性から逃れることはできない。その関係性への執着から愛


国心が芽生えるというのは何もこの国に限ったことではない。隣国


に於いても同じである。自分たちの国を愛すること自体は何も問題


はないが、それが関係性の乏しい他国に向けられると異質な文化に


対する嫌悪感から排他的になる。それもまた隣国に於いても同じで


ある。つまり愛国者どうしが罵り合う背景には何か構造的な仕組み


があって、それぞれの愛国者たちはその仕組みに踊らされているだ


けではないか。仮に、この国の愛国者たちが立場が入れ替わって彼


の国に生れ堕ちれば、たぶん反日運動のシュプレヒコールを上げて


いるに違いない。だとすれば関係性に感情を絡めて馬鹿げた感情論


で非難し合うよりも対立的な関係性を解体してしまえばいい。EU


の試みはまさに国家の解体に他ならない。それは、何も国家間の構


造だけに止まらず、すべての構造的な関係においても言えるだろう


。「逃走論」とは構造主義社会からの逃走なのだ。そして、スキゾ


・キッズ佐藤の言う「フレームの外へ」もまた、ひたひたとしかし


確実に忍び寄る新たな構造主義社会、つまりAIが支配する管理社


会からの「逃走論」に違いなかった。


佐藤は福島県出身で、父親は早くに亡くなって実家には母親と長


男の家族が暮らしていた。幸いにも2011年の大震災と大津波に


よる原発事故の直接的な被害は免れたが、しかし原発事故以来、科


学技術に対しては懐疑的になっていた。それまでは誰よりも「科学


の子」を自認していが、とりわけ原子力エネルギーについては「世


界を構成する物質の破壊は世界そのものの破壊で再生されない。そ


れは自然破壊なんかよりもはるかに深刻だ」と言って認めなかった


。そして温室効果ガスを排出する科学技術に対しても「欠陥技術だ


」と言い切った。そして、


「日本は近代化するために欧米の科学技術を真似たんだけど、たと


えばタモリのモノマネをする芸人はタモリを超えられないんだよね


。タモリは自分自身を超えることが出来ても」


「ええっ、どういうこと?」


「だって西欧じゃ化石エネルギーの使用を無くそうとしているのに


、日本はハイブリッドだとかお為ごかしの技術でしか対応しない。


きっと既得権益を守ろうとする財界に政界が追従しているからだけ


ど、そんなタコつぼ社会の中からイノベーションなんてぜったいに


生れて来ないさ。もちろん原発問題だって同じさ」


おれは、


「今の政財界を見ていると、目の前の財政再建にばかり捕らわれて


、新しい技術だとかそんな先のことなんか考えてる余裕なんてない


んだよ、きっと」


「だって温暖化問題なんて日本にとっては技術力を発揮できる絶好


のチャンスだったのに、原発に頼ってしまったから太陽光発電だっ


てよそに追い抜かれてしまったじゃないか。世界が変わってからで


ないと変われないんだよ、この国は」

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