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佐藤は自分が作成した将来予測のソフトに自分自身の予測を試みて、
残された人生がそれほど長くないという結果が出たことから、本人は薄
々予感はしていたようだが、改めて行く末を模索し直そうとしていた。
「何よりも平々凡々の後半生であると言われたことが許せなかった」
「それで、仕事は何が適職だと答えたんだ?」
「デザイナー」
「ほう、結構当っているじゃないか」
彼は、おれと同じ学校に来る前は美術大学に進学した。だから彼が手掛
けた初期の頃のアプリでは、何もかも独りで創り上げるしかなかったの
で、キャラクターも自分がデザインしてそれが意外にも評判が良くて、
今も引き続き使われていた。佐藤は、
「将棋とか囲碁にはルールがあって複雑だけれどもただ勝つための選択
は限られているだろ。ところが人間はそうはいかない。能力がないのに
希望したり、優れた能力があってもそれを生かそうとしなかったり、た
とえば経済力が単純に幸福をもたらしてくれるとばかりは言い切れない
。つまり、何が勝ちであるかは人それぞれ違うんだよ」
「うん、分る」
「それともう一点は社会そのものが変化するので、いくら好きな仕事で
あっても仕事そのものが無くなっていることだってある」
「IT革命ってまさにそれだよね」
「つまり、将棋なんかはいくら時代が変わっても升目の数は変わらない
けど、社会はそれが増えたり減ったり、それどころか新しい駒が作られ
たりするんだから」
「それってフレーム問題ってやつだよね?」
「なんだ、知ってるんじゃん」
「まあ、一応業界人だからね」
「過去のデータから未来を予測するということは、分り易く言えば後ろ
を見ながら前に進むようなもんだから、ぶつかってからでないと何が起
こったか解らないんだ」
「つまり、フィードバックできても新しいことを生み出すことは出来な
いってことだろ。たとえば、イチゴ大福のような商品を考え出すことは
出来ない」
「まあイチゴ大福くらいならイチゴも大福も既にデータがあるもんだし
、プログラムさえ上手くすれば多分新しいものだっていくらでも作れる
と思うけど、たとえば納豆大福だとか、ただ俺たちがそれを美味いと思
うかどうかは別だからな。いくら新しくたって不味かったら誰も新しさ
なんか感じないしさ」
「つまりAIが選択したものを人間が選択するとは限らない」
「だって人の嗜好って一つじゃないからさ、将棋は勝つことの一つしか
ないけれど」
そして、
「AIは新しいものを作れないって言ったけどさ、人間だってそうそう
新しいものを作り出しているわけじゃないからね。イチゴ大福にしたっ
てそのコラボが新しいだけでイチゴも大福も前からあるからね」「それ
まで何一つデータがないものを新しいと言うなら、たとえば青色LED
のようなものは、たぶんAIは作れないと思う」
「何かの本にAIは哲学と芸術だけはできないと書かれていたけどさ、
それじゃ哲学も芸術もデータのない分野かというとそうじゃないよね」
「うん、たぶんそれなりに作れると思う。ただ、芸術とは何かと問われ
てもそもそも定義できないものだから、たとえば自然が作り出す風景だ
って芸術だとも言えるし、そういう意味で言えばAIにだって表現する
ことはたぶん可能だよ。ただそれが人を感動させるかどうかは怪しいと
思う。仮に芸術とは人間によって創作されたものと定義すれば、AIに
は人間の感情は存在しないんだからどれほど奇抜な作品に目を奪われた
としても心を奪われることはないと思う」
「じゃあもしAIが感情を持ったとしたら?」
「コントロールされるかもしれない」