地球にとっては
「我々の目的はただ一つ…地球を救うことだ」
「畜生…だからって我々人類を絶滅させるだなんて…!」
「当然だ。この青い星にとっては、貴様ら人間が一番の癌なのだ」
膝まづく男の前で、銀色のスーツに身を包んだ謎の発光体が高らかにそう宣言した。傷だらけのこの男…地球最後の人類となってしまったミラーは、今まさに絶望の淵に立たされていた。
2年前に起こった、突然の宇宙からの襲来。終末の訪問者は、瞬く間に全人類を恐怖のどん底に陥れた。巨大UFOがニューヨークの空を埋め尽くし、大陸が泡立たんばかりの熱線が大地に降り注いだ。残念なことに彼らは、人類の科学力を圧倒的に上回る叡智を持っていた。人々は瞬く間に蹂躙されていった。そして2年後、必死の抵抗虚しく、とうとう人類は最後の日を迎えることとなった。
「勘違いしないでほしい。我々は地球をこよなく愛している。宇宙に輝く青い海。生命力溢れる緑。ここまで美しい星は、この広い銀河系を見渡しても早々見つかるものではない」
「フン…!」
まるで出来の悪いB級映画を観ているかのような気分だ、とミラーは心の中で吐き捨てた。何が「愛」だ。何故何千年も地球で暮らしてきた我々を差し置いて、他所者に「お前らが邪魔だ」などと言われなければならないんだ。その愛の中に我々人類が含まれていないのであれば、こいつらのやっていることはただの侵略だ。
目の前の発光体が、ミラーにゆっくりと胸の辺りについた触手を伸ばしてきた。
「この美しい星が、それを望んだのだ。人類を滅せ、と。見たまえ」
そういうと侵略者は、伸ばした触手からミラーの脳内に直接映像を送ってきた。そこに写っていたのは、地球のどこかの森林地帯だった。
「貴様らがかつてエンパイアステイトビルと呼んだところだ。醜い金属の建造物は朽ち果て、緑が大地を覆っている。ほら、あそこ…キリンだよ。野生生物で活気に満ち溢れ…美しい。これが地球の本来あるべき姿だとは思わないか?」
「思わないね…」
自らの運命を悟っているのか、ミラーは最後の力を振り絞って宿敵を睨みつけた。光に包まれた宇宙生命体は、やれやれ、とでも言いたげに首を傾げた。
「なら直接聞いてみるか?地球に。我々か、貴様ら人類か」
「なんだって?」
「何、我々の技術で、貴様らに『地球の声』を聞かせてやろうと思ってな」
目の前の発光体がニヤリと笑った…気がした。ミラーは眉をひそめた。
「そんなこと…できるわけが…第一、星が意思を持っているはずがない」
「貴様らの稚拙な考え方ではそうなのだろう。だが、第七宇宙ではすでに『星の声』は一般的な現象なのだ。何かを決めるときに、星の意思も聞かずその表面に住む生命だけで判断するなどと、最早一周遅れの方法なのだよ」
侵略者は何やら小さな箱のような機械を取り出した。それをかざすと、驚いたことに、ミラーの目の前に美しい女性のホログラムが現れた。
「何だこれは…!?」
「地球だよ。地球の仮の姿だ…貴様にも伝わるよう、脳波を読み取り、同種族の姿で再現している」
「そんなことが…!?」
蒼い目をした凛々しい女性に、ミラーは釘付けになった。この女性が、地球の化身…?何て美しいのだろう。ミラーは自然と涙を流していた。こんな美しい星の下に生まれて、幸せだった。そしてそれを守れなかった自分が、今更になってとても悔しかった。侵略者が笑った。
「さあ…母なる星に、その手で裁いてもらうがいい。散々自然を破壊し、私利私欲を貪り尽くした愚かなる最後の人類よ。その罪を身を持って償え」
「ああ…」
「親愛なる美しい星、地球よ。我々が来たからにはもう安心だ。直に大陸は緑は溢れ、星の命を脅かすものは無くなるだろう。人類は、その男が最後だ。我々が排除した」
侵略者はそういうと、女性にミラーから奪った銃を握らせた。この星そのものに、人類の止めを刺させる気なのだろう。ミラーは俯いた。確かに、こんなことになるまで自然を壊し、地球をほったからしにしていたのは事実だ。だが、まさか人類の終焉が、こんな形になるなんて…。
映し出された女性は、項垂れるミラーを見つめると、ゆっくりと銃の握られた右手を擡げていった。
「…一体これは何の冗談なんです?」
「すまない…」
地球の声は、怒りで少し震えているようだった。ミラーは彼女の顔をまともに見れなかった。すると、隣でニヤニヤと眺めていた侵略者に、地球は突然銃口を向けて言い放った。
「人類を絶滅させようだなんて!やっと、あの忌々しい緑をそぎ落せるチャンスだったのに!」