カンニングをする生徒
「それでは、テスト開始」
俺の合図で、小学五年生の子供たちがテストを始めた。
教室を見渡してみると、一人の生徒に気がついた。
ヤマダだ。
ヤマダは隣の女子が書いてある答案用紙を明らかに見ている。
しかも、その女子はハヅキと言って、成績優秀な子だ。
そんな彼女の答案用紙に堂々と顔を近づけているのだから、一目瞭然だ。
「おい、ヤマダ」
呼びかけると、ヤマダは何食わぬ顔で俺を見た。
「どうしたんですか、先生」
平然とした態度だ。
「カンニングをしていただろ」
「してないですよ」
「俺はずっと見てたぞ」
「違うんですって。誤解ですよ」
「なにが誤解なんだ」
「ハヅキの顔に見とれていただけです」
ヤマダが言うと、ハヅキは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「おい、俺ははっきりと見てたぞ。こんなことをしていたら、家族が悲しむぞ」
「じゃあ、先生は家族を悲しませてないんですか」
「もちろん」
俺には妻と7歳の娘がいる。
いつも、笑顔が絶えない家庭だ。
「今はそうでも、この先、悲しませちゃうかもしれないじゃないですか」
「大丈夫だ。たとえ辛いことがあっても、家族で協力して乗り越えていくさ」
「乗り越えられますかね」
低い声でヤマダは言う。
何だかわからないけど、背筋がぞっとした。
「話がそれたけど、カンニングはもうするなよ」
「すいませんでした」
最初から素直に謝っておけばよかったのに。
「カンニングをしてました」
「分かってるよ。見てたんだろ」
「はい、実は見てました」
そして、ヤマダは俺にこう言った。
「おとといの夜、先生が若い女性と噴水の前でキスをしていたところを」
彼は、小さく笑った……。