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赤い蜘蛛

作者: 佐藤コウキ

 いつものように会社で仕事をしていると、視界の異常に気が付いた。

 右目の中央に何か赤い物が写っている。

 よく見ると、それは赤い蜘蛛だった。いつの間にか私の右目に入り込んでしまったらしい。

 それは赤く透き通っていて、じっと動かずに視界の中央に陣取っている。そのため細かい文字などが良く見えなくなっている。

 五十年も生きてきて、こんなこと初めてだ。うっとうしいと思う。だが左目は異常がなかったので仕事には差し支えない。私は騒がずに荷物の出荷作業を続けた。

 まあ、そのうち出ていくだろう。そう考えながらたくさんのダンボール箱をシャッター前に運んだ。

 しかし、翌日になっても蜘蛛は居座っている。さらに二日が経過し三日目になってもそれは動く気配はなかった。

 なんの対応もせずに一週間が過ぎた。

 その朝、起床した時に右目に違和感があった。その視界がかすんで白っぽくなっていたのだ。

 よく見ると、赤い蜘蛛を中心として放射状に白い糸が張り巡らされている。どうやら目の中に巣を作ったようだ。

 今まではそんなに不都合はなかったが、こうなってしまっては視界も限られてしまい、右目は見えないも同じこと。蜘蛛の巣の隙間からようやく風景が覗けるくらいで全体的にぼんやりとしか見ることができない。

 何も悪ことをしていないのに、どうして私がこんな目にあうんだよ。

 いくら優柔不断な私でも、ここまで来てしまっては焦らないわけにはいかない。

 会社を休んで病院に行くことにした。

 社長に症状を告げると、快く休みを許可してくれた。

 その人も成人病のために数年前から薬を飲み続けている。似たような状況に同情してくれたのだろう。

 右目から見える風景は雨の日のフロントガラスを見ているようで、車のワイパーをかけずに豪雨の中を走っているようだ。テレビを見ても、すりガラス越しに何かが動いているような感じがおぼろげに把握できるだけ。

 それに片目だけだと距離感がなくなる。立体感もなくなり、人ごみの中を歩いていると他人と衝突しそうになる。

 病院の待合室で蛍光灯を見上げると、蜘蛛が体液を排出したようで、右目の視界が全体的に赤くなっていた。まるで部屋の中に夕日がさしているようだ。

 診察になって、若い医者は「重症ですね」と私に告げた。

 やはり悪いのか。そりゃそうだよな。

「普段の生活が不規則なのでしょう。それに食事も偏っているからですよ」

 思い当たる節がたくさんある。

 うつむいている私に医師が決めつけるように言った。

「これには眼球注射が一番です」

 眼球注射! うわー、そんなことをしなければならないのかよ。

「放っておくとさらに症状が悪化しますよ。眼球注射です。さあ、すぐに注射しましょう」

 なぜか医師は楽しそうだ。

 医者の言うことには逆らえない。小さな部屋に連れていかれて電動リクライニング式のイスに座らされる。麻酔をしてから右目に器具をセットされ眼球を固定された。

 治療が終わり、右目に眼帯をして治療室を出る。会計窓口で一万円札を数枚出して病院を出た。

 やれやれ、ひどい目にあったな。

 翌朝、アパートの部屋で目覚め、私は眼帯を外してみた。

 赤い蜘蛛はいなくなっている。

 医者の言うとおり注射の効果はてきめんだった。蜘蛛が出ていっただけでなく、視界一面に張ってあった白い巣も少しずつ溶けだしていき、三日もすると視界は元に戻ったのだ。

 まだところどころに白い巣の残骸が残っている。それは後遺症ということで仕方のないことだと医師は言っていた。

 まあ、とりあえず良かった。これで普通の生活に戻ることができる。

 それからの私は、二度と蜘蛛が近寄ってこないように脂肪の多い食事を避け適度な運動を心がけるようになった。

 若いころとは違う。歳を取ったら、それなりの努力をしなければ健康を維持できない。

 やはり人間は健康が一番だ。それを痛感した今回の出来事だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 目の中に蜘蛛…… ゲゲゲッ!? なんてキモい……と、思っていたら、眼球注射ですと?! 痛そうデスね
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