出逢い
今日、エドウィン・ バーズリーの誕生会が、バーズリー公爵家の大広間で行われていた。
エドウィン・バーズリーは、若く人望があり、家柄もよくハンサムであった。
つまりは、この会には友人だけでなく、数多くの女性が身を着飾ってやって来るのである。
その見かけに惚れた者、財産や家柄を気に入った者、親の権力の為に狙う者。とにかく、様々な思惑によって女性達は近づいているのだが、彼の人柄について考えている者は一人も居なかった。
まともな人間であれば、いくら美しい女達に言い寄られても、その腹の中の真っ黒な考えが見え透いているようでは、嬉しくも何ともない。むしろ、気持ち悪くなるだろう。
その僅かにいる、まともな人間の中に、エドウィンは入っていた。
勿論、誕生会なんてものを開けば女にたかられることは容易に想像できたので、エドウィンは、友人のルバート・レヴェリッジをエドウィン・バーズリーとして身代わりにしていた。
顔はばれないのか、と思うだろうが、エドウィンを実際に近くでよく見ることのできる人間は数少ない。彼自身も、余り積極的に社交界に出たりはしないので、見てすぐに彼だと分かる者は殆どいない。さらに、ルバート・レヴェリッジとは、従兄弟の関係にあるので、尚更ばれにくいのである。
もっとも、ルバートはまともだが、女好きなので、喜んで身代わりを引き受けたそうだ。
彼いわく、『中身はともかく、美しい夜の蝶達に甘い言葉を囁いて、頬を赤く染めることができたら、それは男の誉ではないかね!』
だそうだ。
エドウィンは賛成も反対もせず、黙って聞いていた。
さて、エドウィン・バーズリーも御年28である。
幼い頃からの許嫁もいなければ、親しい間柄の女性は一欠片もいない。
しかし、彼はバーズリー公爵家のたった一人の後継ぎである。
周りの同年代の者達は既に結婚して、子供もいる。
今まで口出ししてこなかった彼の両親も、流石に焦っていた。
そして、今回の誕生会でいい女性を見つけろ、との伝言が入り、今まで身内しか呼ばなかったのを、年頃の娘を皆呼び寄せて行ったのである。
「どうだい、生涯の伴侶に相応しい素敵なレディはいたかい?」
ワイングラスを片手にエドウィンの親友、ラッセル・マリンズが尋ねる。
「いや、どこを見ても毒のある鱗粉を撒き散らしている蛾しか翔んでいない」
エドウィンは大して面白くもなさそうに、持っていたグラスを揺らすと、中身を飲み干した。
「まぁ、望みはまだ捨てちゃいけないよエドウィン君。ルバート君の所に群がっている子達以外の女性なら次はきっと・・・・・・おやおや、これはまた不思議な事だ!」
突然、無口な友人にくるくるとよく回る口で話しかけていたラッセルは、エドウィンの肩を叩いて注意を引いた。
「やあ、よく見てみろよエド!あんな地味な女がテラスにいるぜ!」
口調を変えて、エドウィンの耳元で囁くように言い、興奮ぎみにため息をつく。
エドウィンは珍しく表情――顰めっ面――をつくってラッセルから離れた。
しかし、その後、ラッセルの視線の先にある者をみて、目を丸くした。
テラスに寄りかかり、輝くシャンデリアの光を背に、月を仰ぎ見る女性がいた。
黒く艶やかな髪は長いためか、少々不格好に見えるほど、複雑に編み上げられている。
ドレスは薄翠の古い型のもので、装飾品も小さな真珠でできた首飾りだけである。
容貌も、これといって特別な美しさが有るわけでもない。敢えて書き足すとしたら、睫毛が長く、肌の色が雪のように白いことか。
しかし、エドウィンは彼女に何となく惹かれるものがあった。それは、彼女がここに来た理由を知りたかっただけかもしれないし、その闇色の瞳に表れていた気高い意思を感じたのかもしれない。
気づくと、エドウィンは、彼女の後ろに立っていた。全く意識せずに来たので、少しばかり動揺していた。自分から近づいたのに、話しかけずに帰るのは、おかしく思われる。が、だからと言って、女性になんと言って話しかければいいのかも分からない。そもそも、話しかけて、どうするんだ?
自分の次の行動を決められずに、無言で立っていると、突然、女性が振り向いた。
女性はその黒々とした大きな瞳をまん丸にしたが、すぐに口許に微笑を浮かべ、話しかけてきた。
「こんばんは。今夜は、特に月が大きく、美しく見えますわね」
それだけ言うと、クルリと背を向け、月を眺め始めた。
彼は驚きのあまり、口を開いたまま動けずにいた。
まず、女性から男性に声をかけることはあり得ない。淑女は声をかけられるのを待つのが普通だ。
さらに、話した内容が、男が女を口説くのに使う文句と非常によく似ていたのだ。どう考えても女が男に話しかける言葉ではない。
そして、彼女は何を思ったのか、自分から話しかけておいて、エドウィンには何一つ喋らせずに会話を切り上げ、背を向けたのだ。
エドウィンは、暫く呆けていたが、ワルツの曲が変わる一瞬の静寂で、我に返った。そして、不思議な女性と、その非日常な出来事に心惹かれ――酒が入っていたこともあり――女性に向かって口を開いた。
「貴女はどうして其処にいるのでしょうか」
隣に立ったエドウィンに気づいた彼女は、先程と同じ微笑を浮かべながら、遠くを見つめていた。
「どうしてって、どの紳士や御令嬢と会話しても、ちっとも面白くないからに違いなくって、Mr.バーズリー?」
もう、今度こそ驚く事はないと思っていたエドウィンは、不意討ちをくらって少しよろめいた。
そんな中でも、自分の正体を知っている彼女を警戒し、その一挙一動を決して見逃すまいと、冷静に観察もしていた。
「・・・ええ、私はエドウィン・バーズリーです。しかし」
彼は一息ついてから心を決めて、1歩踏み出すことにした。
「貴女は私の名前を知っているのに、私が貴女のお名前を知らないのは、不公平な事とは思いませんか?」
彼は目を細め、彼女の横顔を見つめた。
彼女は少しの間瞬きをしていたが、
「あら、私ったら名前も名乗ってなかったのですわね」
と言うと、コロコロと笑いながら彼の方を向いた。
「私の名前は、マリア・ヘリヴェルですわ、Mr.バーズリー」
これが、二人の出逢いであった。
恋愛を欠片もした事のない作者が書いちゃったのです。