サルラの花畑にて
連投失礼します。
ちょっとシリアスが続きますがご容赦ください。
翌日の14時、オードリューとアズサはサルラの花畑を背にして立っていた。
サルラの花畑とは文字通り、サルラの花が咲き乱れる花畑だ。このサルラの花はジャムにするととても美味しく、また、美容にもいいということでも有名だった。 それを考えるならこの花畑の花も根こそぎ摘み取られてもおかしくないのだが、この花畑は公有地、つまり国の土地であり、それゆえにこの花を摘み取る者は国から許可を得た者だけとされている。それ故に、花畑には観光に来たにしては無粋な服、役人の制服を着た者が何人か立っている。
シェドゥール王国は基本、地方は地方貴族に管理を任せているが、全てを任せずに土地の一部は国が管理していることが通常だ。これは地方貴族の横暴の予防と、もし横暴が行われた場合すぐに国が把握出来るために行われている。
そのサルラの花畑の入口の前でオードリューは右手で金の懐中時計を開き、時間を確認した。
「指定された時間まで、あと約10分だな」
「そうですか」
左手で口髭を撫でながら時間を告げるオードリューに視線を向けることなく、アズサはドルトルが来るであろう方向を見据えている。
それから数分後、ドルトルは流石は国王陛下と言わざるおえない優雅な足取りで二人の前まで歩いてきた。
オードリューもアズサも跪こうとしたが、それをドルトルに止められた為、二人は立ったままでドルトル話すことになった。
「すまない、遅れただろうか?」
「いえ、約束の時間5分前です」
「そうか、よかった」
済まなそうに詫びるドルトルにオードリューが首を横に振って答え、その答えにドルトルはほっとしたように笑う。
それにオードリューは笑みを返したが、アズサにはそんなやりとりを続けるつもりはなかった。
「それで、お嬢様に隠れてオードリューさんを呼び出した理由は何ですか」
「アズサ!」
不躾なアズサの態度にオードリューは批難の声を上げたが、それをドルトル自身が制した。
「よい、オードリュー。そうだな、私もお前達も此処に世間話をしに来たわけではない。それにしても、やはり君も来たのか……」
すこし困ったように眉を寄せるドルトルにアズサは胸の中が熱くなるのを感じた。それは彼女のアンナ=サンタマール専属使用人兼護衛の吟持がそのドルトルの言葉を許さなかったのだ。
「他の貴族の皆様はどうだか存じ上げませんが、サンタマール家での専属使用人とは、お仕えしている方の一番の使用人であり、その方に関しての判断はその専属使用人に任されています。いくら、オードリューさんがサンタマール家執事長といえど、アンナお嬢様の専属使用人はこの私、アンナお嬢様の情報に関して知る権利は私が上です。陛下がお嬢様に隠れてオードリューさんと会う以上、お嬢様に関係がないとは思えません。ならば、陛下の話を聞く権利は私にもあります。というか、私こそ知るべきです」
ドルトルはアズサの言葉に驚いたようにオードリューを見た。
その視線の意味に気がついたオードリューは頷き、アズサの言葉に続けた。
「はい、アズサの言うように我がサンタマール家では専属使用人に力があります。そのため、専属使用人になるためには色々な条件があり、それをパスしたものだけがなれるのです。アズサはそれを見事パスし、お嬢様の専属使用人になりました。故に、陛下がお話になる内容がお嬢様に関係するのであれば、私よりもアズサの方に聞く権利があるでしょう。私は亡き旦那様の専属執事でしたから」
「なるほど、地方の貴族は面白い制度があるのだな。いや、サンタマール家だから・・・なのかもしれないな」
アズサはドルトルの言葉に首を傾げ、オードリューは表情こそ出さなかったが指先がピクリと動いた。それに隣に立っていたアズサが気がつき、そっとオードリューを見上げた。
(オードリューさん?)
オードリューはいつもなら気がつくアズサの視線に気がつかず、ドルトルをじっと見続けている。
ドルトルはオードリューの視線に気がついているがそれを気にすることもなく、アズサに申し訳なさそうな目を向けた。
「アズサ、知らなかったとは申し訳なかった。確かにアンナを誰よりも大切にしている君に言わないのは誠意が足りなかった」
アズサはドルトルの謝罪に驚き、先程までの怒りを忘れて首を左右に振った。
「い、いえ。わかっていただけたなら結構です」
(お嬢様がいなくても、私のようなものに謝罪するのですね。まあ、一応、い・ち・お・うお嬢様がお好きになった方ですからね、それくらいの紳士でいただかないと)
「ただ、国政にも関わってくることだからな。この場に人が増えるのは歓迎できなかったんだ。許してくれ」
「え?」
(国政?アンナお嬢様に関係することが?)
「……」
ドルトルのその一言にアズサは胸の内が騒ぎ出し、オードリューは顔を蒼くさせていた。
ドルトルはそんな二人の様子に気にした風もなく花畑に足を向けた。
「さて、話をしたいのだが、誰にも聞かれたくない話だ。花畑に入ろう。ああ、安心してくれ、人払いは済ましてある」
ドルトルの言葉に数秒固まっていたオードリューとアズサだったが、さくさくと花畑に入っていくドルトルの後を追って花畑に入っていった。
ドルトルは何処にも隠れるところがなく、周り一面が花、花、花というような花畑全体が見通せるところまで歩いてくるとその足を止めた。
「此処なら盗み聞きされることもないだろう」
そう言って振り返った彼は、国王ドルトル=シェドゥールだった。
(先程と雰囲気が別人です・・・一体これから何を話されるつもりでしょう)
(まさか・・・あのことでは・・・いや、まさか)
アズサはドルトルの出す威圧感に耐えながら、これから話される内容に不安を掻き立てられていた。
何故なら、ドルトルがこのような佇まいになったことから、彼はアンナを好きな一人の男として話すのではなく、国王として話をするつもりなのだと察したからだ。
そして、オードリューはドルトルが話す内容に見当がついていた。ただ、彼はそれがどうか違っているように内心祈りを捧げていたが・・・その祈りは届かなった。
「君達はトッキシン草を知っているか」
「は?」
アズサは物々しい雰囲気で発せられるその言葉が理解できなかった。なぜなら、それは彼女にとってただの薬草の名前だったからだ。
その為、最初は馬鹿にされているのかと勘ぐったが、あまりに真剣な態度で聞いてくるドルトルにそれは違うだろうと否定した。
「知っています。というか、この地方の者なら誰だって知っています。レザン山にしか生えない、腹痛によく効く薬草です」
(レザン山・・・懐かしいですね。薬草を採っては街の医者達に卸したり、お嬢様とよく山菜採りをしたり、専属使用人になるために修行をしたり、色々したものです)
レザン山は没落するまでサンタマール家が管理しており、アズサにとって思い出深い山である。
「それだけか?」
「え?」
つい懐かしい名前に昔の思い出を振替っていたが、ドルトルの声に我に返り、彼を見た。ドルトルは何かを探るように自身を見ていたが、アズサにはその瞳の意味が理解できなかった。
しかし、その瞳も自身の前に現れた黒い背中によって見えなくなった。
「オードリューさん?」
「アズサは何も知りません。そして、陛下ならご存知とは思いますが、お嬢様も何もご存知ないのです」
「なるほど、その口振りだとお前は知っているようだな、オードリュー=ドトールテート」
「……はい」
アズサはオードリューの項垂れるような声に内心驚いていた。
(旦那様がお亡くなりになった時にしか聞いたことのないような声を出している)
いつもサンタマール家執事長の誇りを胸に抱き暮らしているオードリューとは思えなかった。
アズサの驚きを余所にドルトルは話を続けた。
「では、これは知っているのか。サンタマール家当主の事故死には疑問点がある」
「「?!」」
ドルトルのその一言は二人を驚愕させたが、特にオードリューの反応は激しかった。国王ドルトル=シェドゥールの胸ぐらに掴みかかったのだから。
「どういうことですか?!旦那様はやはり事故死ではなかったのですか!」
「ぐっ」
掴みかかられたドルトルはそれを避けることなく受け止めたが、首を絞められているらしく苦しそうな声を出した。
しかし、オードリューはそれに全く気がつかずドルトルの首をガクガクと揺さぶった。
「お答えください! 陛下!」
「ぐぐっ」
「オードリューさん、それではお答えできないと思います」
オードリューはアズサの的確な突っ込みにも気がつかず、ドルトルの首を絞め続ける。流石にドルトルの顔が青白くなってきたので、これは流石に不味いだろうと思ったアズサは強硬手段に出た。
「落ち着いてください」
ゴスッ
「ぐふっ」
躊躇なくただ少しの手加減を加えて、アズサはオードリューの腹部に一発の拳をめり込ませた。
その瞬間、オードリューの手がドルトルの胸ぐらから手が離れた。
「落ち着いてください、オードリューさん」
「……お前はどうしてそうすぐ手が出るんだ」
「すぐ、拳が出るオードリューさんに言われたくないです」
「はあ、はあ、死ぬかと思った・・・」
二人が言い合っている間にドルトルは肩でしていた息を整え、最後に一度大きく深呼吸をすると二人に向き直った。
「オードリュー、君は私を殺す気か?」
「も、申し訳ございません、陛下! 旦那様のことだったのでつい・・・」
自身が何をしていたのか気がついたオードリューは顔を青ざめさせて、90度腰を折ってドルトルに頭を下げた。
そのオードリューの姿にアズサは見事な直角だと感心し、ドルトルは呆れたような、納得したような瞳を向けた。
「もうよい。しかし、なるほど、お前は当主の専属執事だったな。アズサといいオードリューといい、サンタマール家の主愛は凄まじいな」
「「それは当然です」」
オードリューとアズサはドルトルの言葉に誇らしげな顔で二人同時に頷き、ドルトルの目を丸くさせた。
「……呆れを通り越して感心するな」
ドルトルの小さな呟きは二人には聞こえていなかった。
「さて、話を戻すが亡きサンタマール家当主イオルド=サンタマールは王都からこちらに帰ってくる途中、まだ王都の門を潜る前に馬車の事故によって亡くなった、ここまでは知っているな」
神妙に頷く二人にドルトルも真剣な頷きを返し、話を続けた。
「君達のところにはまず、彼の事故死のことを知らせる手紙が届き、その後、彼の遺体と事故の経緯を示す書類が送られてきたはずだ。君達はその事故の書類の内容を覚えているか」
ドルトルの問いに答えたのはオードリューだった。彼は顎に手をやりながら書類の内容を思い出した。
「確か、馬車の車輪が古くなっているのに気がつかなかった為、走行中に車輪が割れ事故になったと記されておりました」
「ふむ、確かに表向きはそうなっている」
「表……向き?」
ドルトルの言葉に首を傾げたのはアズサだった。
ドルトルは彼女の視線に眉を八の字にさせると言いづらそうに、しかし、しっかりとした声色で続けた。
「私が調べさせたところ、その車輪には故意に亀裂が入れられてあったそうだ。つまり、サンタマール家当主イオルド=サンタマールは殺された可能性が高い」
「殺された!?」
アズサの驚愕の叫び声が花畑に響き渡った。
「アズサ、人払いしてあるとはいえ、何処に目があるかわからない。そんな声は出さないでくれ」
アズサはドルトルの注意にハッとなって声を抑えた。そして、ふと、オードリューが静かなことに気がつき、彼の方を振り返った。
(旦那様のことなのに、オードリューさんが静かだなんておかしいです)
そして、オードリューの顔を見た瞬間、アズサは全身に鳥肌が立つのを感じた。
そこには目をギラギラと光らせ、拳は血が出るほど強く握り、髭や髪は逆立ち、血が出るほど唇を噛み締めて体を震えさせているオードリューがいたからだ。
今のオードリューなら、どんな野生の獣でも尻尾を巻いて逃げるのではないかと、アズサは頭を過ぎった考えに場違いだと自身を諌めた。
ドルトルも一瞬、オードリューのあまりの怒りように言葉を失ったが、すぐに気を取り直して話を続けた。
「彼が殺された原因だが、私はトッキシン草であり、またトッキシン草が唯一生えるレザン山だと私は睨んでいる」
アズサはその一言に数秒固まった。理解ができなかったのだ。
「・・・ちょっと待ってください。トッキシン草は確かによく効く薬草ですが、そこまで効能があるわけじゃありません。ある程度痛みをとってくれる程度です。それがどうして旦那様の死につながるんですか」
ドルトルは自身に向けられる無表情に困ったような顔を返した。
「それには私が答えよう」
アズサは横に視線を向け、未だ苦しそうな悲しそうな表情のオードリューが自身を見ていることに少しだけ彼女の眉が動いた。
「・・・別に無理に話せとは言っていません」
俯きながら小さな声ででもしっかりと伝えるアズサにオードリューは苦笑を禁じえない。
(優しい子に育った)
彼女は知っていた、未だにオードリューが旦那様であるイオルド=サンタマールのことを思い出すと胸に鈍い痛みが走り、彼のことを口にする度に涙が出そうになることを。
そして、それを知られていることをオードリュー自身も知っており、それが彼女がイオルドのことを彼の前で口にしない理由であることもよくわかっていた。
「いや、聞いておきなさい。これはアンナお嬢様にも関係することなのだから」
オードリューがそう言うやいなやアズサの俯いていた顔がパッと上に持ち上げられ、彼女の薄桃色の瞳がオードリューに向けられた。
「アズサ、よく聞きなさい。これはサンタマール家でずっと守られてきた秘密であり、本当なら私達は知りえないはずのものだ」
アズサはオードリューの言葉にギョッとした。自身が知ってもいいのかと問う瞳にオードリューは力強く頷いてみせた。
「旦那様が殺されたと知らされた今、これはアンナお嬢様を守る上で知らなければならない知識だ。だが、このことは絶対に口外してはならない。もし、口に出すようなことがあれば私がお前を殺すことになる」
「……分かりました。墓場まで誰にも話さず持っていきます」
神妙に頷くアズサにオードリューは満足そうに頷くと、彼は言葉を続けた。
「アズサ、トッキシン草はな、最悪の毒薬にすることができるんだ」




