06
有無を言わせない命令に、シルヴィは思わず足を止めてしまう。薄れていた疲労が一気に体へのしかかった。
舌打ちがこぼれる。虚空であった場所から声が聞こえてくる非常事態の中にあって、シルヴィはその正体に気づいていた。
人間にできないことを当たり前のように行ってみせ、さらに人語を解するものは、この世に二種類存在する。
一つは全知全能の神。そして、二つめは、
「天使か……」
上下する肩を気力で押さえつけ、シルヴィは呼吸の合間に言葉を返す。憎々しげな口調なのは、行く手を遮られたという理由だけではない。
見上げるようにして睨みつけた先には、金髪碧眼の男が浮遊していた。背中からは白鳥を思わせる純白の翼が生え、同様に汚れの一切ない白い衣服をまとっている。
〈悪〉とは正反対の色を持ち、正反対の役目をもつ存在──天使。
悪徳の具現化によって発生するようになった〈悪〉から人間を守るため、神によって創られたものだ。白い翼は飛翔のための器官ではなく、純潔の象徴として天使の背中にあるだけで、現に浮遊している天使がはばたく様子は見せていない。
「序列四位〈主天使〉の一柱。三日前に発生した〈悪堕ち〉の破壊を任として下界に降りている」
天使は坦々と自己を語る。
肩で息をしながらも、シルヴィは口角をつりあげて苦笑。深く呼吸をして息を整え、天使をまっすぐに見据えた。
「教会もないような村で育った私が、序列なんて言われて理解するとでも?」
「〈悪堕ち〉くらいは理解しているだろう、人間──否、〈悪使い〉」
言って、天使は表情を変えずに首をかしげる。
人間と関わることの多い天使は、両者の間で交わされる会話を円滑に進めるため、人間の容姿や行動を徹底して模倣している。