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うちの大学の敷地を出て、横断歩道を渡って、背の低いんだが高いんだか曖昧な雑居ビルが立ち並ぶ歩道を大学の話でもしながら歩いて、途中雑貨屋の小物を見てきゃっきゃっうふふして、交差点を左に曲がって、また大学の話でもしながら暫く歩いて、見えてきた横断歩道を右に曲がると商店街に行き着く。


普通自動車進入禁止の道の両隣に、古い店もあれば新しい店もあって、そこそこに人の往来がある小さな商店街。若者で溢れるような活気があるわけではないけれど、年寄りで賑わうほど草臥れているわけでもない、ほんとただの商店街。


元々この町はそういう所だ。


俺たちが住まう亜蔵木(あくらぎ)市の中心部はハイテクにまみれ、さながらSF小説の舞台の様に高層ビルがひしめき合い、毎日人が大群を成して道を埋め尽くす人工物のジャングル。対して端の方は建築物よりも自然が目立ち、山があれば田んぼや畑があるどこか懐かしくも開放的な、しかしやはり古臭い昔ながらの街並みが残っている。本当に同じ市なのかどうか疑わしく思えてしまうほどの差があった。


そして更にその中間に位置するのがこの町、霊ヶ(たまがや)。新しい物があれば古い物もある。北西の中心部へ行けば町は段々と近代化していき、南東の端の方へ行けば町は段々と過疎が目立っていく。

新古どちらもある。中心部にはない物があり端の方にはない物があり、そして中心部にしかない物は無くて端の方にしかない物は無い。最高と最低が存在しない中間。


まあ何はともあれ、俺たちは今、商店街にいる。昼食を取る為の目的地である中華料理屋がそこにあるからだ。素朴な商店街なのに料理店があるというのは変な話ではあるが。


「…………え」


と。


思わず、そんな言葉が出た。疑問とか不審とか通り越して、頭の中からっぽのままに出た。真琴と絵留も俺と同じく、唖然とソレを見つめていた。


目的地であった中華料理屋は、思わず素通りしてしまうほどにこじんまりと、そして目立った外観を全く持たない店だった。右隣が目に痛いほど色彩溢れるアイスクリーム屋で、左隣がこれでもかと装飾を施したクレープ屋のため見劣りした訳でなく、本当に目立たない。

ただの灰色の壁に、質素な木製の扉が付いているだけ。ただそれだけ。何の建物なのか言われないと絶対にわからないであろう外観。


……何だか、普通の人間には認識できない、別次元に繋がっている空間に迷い込んだ気分。実際ここだけが異様な空気に包まれている、主に見た目から。看板らしきものが扉の上にあった事に、今更に気付いた。表札よりも存在感がない。


【太極拳】……いや、拳法の名前をそのまんま付けるんじゃないよ。というか今更だが、甘ぁい商品を売ってる店の真ん中に中華料理屋ってどうよ。何か狙ってんの?てか狙ってんの?嫌がらせか?アイスで服がベトベトになった思い出への逆恨みか?


「まぁよ、みてくれはこんなんだが、味は確かだ。俺が保証する。――何を隠そう俺は美食家だから!」


いきなり何を言い出すんだコイツは。てきとうに付け加えたの丸出しだぞ。


「灯元先輩、この前ファストフード最高って言ってました」


「ああ、僕も聞いた。ダブルチーズを考案した人にサイン貰いたいって言ってたね」


「んっ、俺も知ってる。毎日一つは食べないと手足が震えて死神が見えるとかなんとか」


「あーはいはいごめんなさいでしたあ!この店の外観にお前らが引いてたのが悔しかったんですよお!あとそんなもんで禁断症状に陥らねぇよ!」


悔しいからと言ってもそれは無いと思う。墓穴を掘って更に話が沈んでゆくだけだ。


「比劇、悲劇」


「やめろ!この程度のちっぽけなものを劇にすんな!なんて貧しい劇だよ!てか劇じゃねぇ!」


あーうるさい。キャンキャン吠える比劇を無言で押しのける。ぐおっ、待て、無視すんな。と言われたのを無視。

何時までも呆けて立ち尽くす訳にもいかないので、俺は真相を確かめるべく、若干の緊張を持って太極拳の扉を開いた(拳法を習いに来たという意味ではない)。


「――おっ」


そして扉を開いた瞬間には、香ばしい匂いで心がときめいた。


店の中は、外観とは裏腹に――普通だった。どこにでもあるような普通の内装。客席、キッチン、天井の角に小さいテレビ。取り分け趣向を凝らしたようでもない、敷地が狭いけど頑張ってますという雰囲気の店。昔ながらの中華そば屋という様な。雑多な物は置かれておらず、隅々まで綺麗に掃除されているのか目立った汚れは見当たらない。第一印象、意外と清潔。


横幅が狭いので必然的に、席は奥の方に向けて伸びたカウンター席のみ。上から見下ろすならば“L”の形。入って右側に少し空いた空間は会計用のスペースのようだ。

物が無い代わりにか、壁にはポスターがいくつも張り付けてあった。ここの店主はブルース・リー推しらしい。……あ、隅っこにジャッキーもいた。個人的にはジェット・リーが好きなんだが一枚も無い。ちょっと悲しい。


「……――あいヤ、お客さんネ――いらっしゃいませアル!」


四人全員が店の中に入り終えると、キッチンからぴょこんと少女が生えてきた。俺たちが客だとわかり、漫画みたいな拙い日本語で迎えてくれた。……嘘臭っ。


「あいヤ、また泣きべそ坊主カ。ホント最近よく来るネ」


「ロンさんの飯がうめぇからだよ。あと泣きべそ坊主はやめてくれって言ってるじゃねぇか」


ロン……(ロン)、かな。最近入り浸ってるだけあって、比劇はロンという名の少女と知り合い同然に話していた。というか、彼女がここの店主らしい。あとやはり嘘臭い。


……この少女、もといロンさん。女性ではなく少女と表現した通り、見た目が完全に小学生である。直立してるのにキッチンから胸までしか出てない。

長い髪をお団子にして、あどけない顔して、コックの格好して――まるでおままごとに付き合わされてるみたい。しかし比劇がさん付けしているあたり、信じられない事にどうやら年上らしい。それと料理人ならちゃんと帽子かぶれっ、そして嘘臭いっ。


「泣きべそ坊主は泣きべそ坊主でいいネ。あんなに豪快に泣いた奴は初めてでアルからして」


なんだ今の発音!やっぱりわざとか!?


「だってかれぇんだよ、あのマーボー。本場どころかインドすら飛び越えてるぜ、あれは。てかロンさんは辛くねぇの?」


「はあ……わかってないネ。失礼な奴ネ。オマエにマーボーはまだ早いだけアル。マーボーとは本来、あれくらいの辛味があってこそ素材が強調されて一つの完全なるマーボーとなるネ。泣きべそ坊主なにもわかってないネ」


「いや、辛味しかなくて素材の味もくそもないんだけど……」


「なっ――。中華バカにするカ!オマエ鬼子カ!許せないアル……もう、オマエが頼んだ料理には何であれ豆板醤ぶち込むネ」


「や、やめてくれロンさん!それだけは……っ!」


ツン、と腕を組んでよそを向く少女に泣きつく大学生。そんな姿がそこにはあった。


――どうでもよかった。



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