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「ぶえっくしょぉい!」


「ぎゃは!?……ちょっ、こら詩乃ちゃん!客に対して、って言うより真正面にいる人に向かって豪快にくしゃみする奴があるか!」


「ふがっ、ずび……。いやはや、すんません、唐突にむずむず来たもんで。きっと誰かが俺の噂でもしてるんですね、はははは、まいっちゃうなあ」


「もうっ、妬けちゃうぞっ☆――じゃねぇわよ!なに爽やかな笑顔で和やかに済まそうとしてんのよ!さっさと拭くものよこしなさい、顔が最悪的にべと付いてんじゃないの!」


「あ、はい、マティーニですね。かしこまりました」


「ぅおい!?他の客のオーダーを優先すんな!こっちの対応が先でしょ――って作り始めるんじゃねぇえ!!」


「うーさーぎーおーいし、かーのーやーまー」


「何故それをチョイス!?あたかもシェーキのリズムと絶妙にマッチしてると思いきや絶望的に何一つかみ合ってない!あなた分かっててやってんでしょ!ちくしょー、腰が抜けてなけりゃぶん殴ってやるのにぃぃぃ!」


「まぁまぁ柚子(ゆずこ)さん、飲み過ぎですよ。詩乃くんも素直に謝って下さい」


「誠に申し訳御座いませんでした」


「打って変わって九十度お辞儀!?この子あざとい!……ま、まあ、帯臣さんに免じて、許してあげなくもないけど……」


――と、こうしてcherryの常連こと柚子さんの酒乱は、片思いの相手、倣司さんによって毎度の如く治まるのであった、まる。


時刻、約十時。夜遊びやら酒飲みがこぞってアルコールを求め集まる時間なのだが、cherryは相変わらずがらんがらんの閑古鳥。いつもの光景。元々目立つ場所にある訳ではないから仕方ないのだろうけど、それでも悲し過ぎる。

常連の柚子さん以外に一人か二人がうちでの普通。柚子さんをいれて来店客五人が、俺の知る限りの最高記録だ。

けれどそれでもよいのだ、業績は抜きにして。周りに人がいては、喋りたくても喋れない情報というのがあるのだから。BARの裏向きは、一応は探偵事務所。


「……それにしても、詩乃ちゃんは私に手厳しいわね。私が一体なにをしたっていうのよ、もうっ」


「感情に身を任せた暴言の数々を吐かれました」


くしゃみの後ではない、その前からずっとだ。

童貞野郎とか酒持って来いグズ野郎とか帯臣さんを返せクソ野郎とか。来店の度にこんな事を言われている俺。


「なに言ってんの、それは愛よ、愛。客として年上のお姉さんとして、まだまだお子ちゃまの詩乃ちゃんに大人の相手ってやつを身を挺して教えてあげてんじゃないの。わかったらさっさと目の前から消え失せて帯臣さんと話させろ」


「ありがとう柚子さん。大人になんてなるもんじゃない事がよくわかりました。倣司さんは向こうの客の相手してるので我慢しやがって下さい」


「むっきぃぃぃ、むかつくこのガキ!帯臣さんの代わりにお前の子供を孕んでやろうか!」


「うわぁあ!!俺が悪かったです、ごめんなさい!!」


「マジで戦慄してガチで謝罪すんじゃないわよ!それなりに傷付く!……はぁ……。でも、まあいいわ、我慢する。詩乃ちゃんも好きだし」


面倒くさっ。情緒不安定というか支離滅裂というか。酔っ払いって本当に面倒くさっ。

因みに、俺に向けられる好意はフレンド的なものだ。むしろそうであってほしい。


「詩乃ちゃぁあん。私もっとお酒ほしいぃいー」


「はい、水」


「てんめっ酒をよこせっつってんだろうがあ!」


「だめ、水」


「うふん……詩乃ちゃん?お酒をくれたらお姉さんが、いいこと……してあげる……」


「いらん、水」


「……う、うわああぁぁん!詩乃ちゃんが私をいじめるよぉぉ!お酒飲みたい飲みたい飲みたい飲みたいぃぃぃ!」


「ふーん、水」


「んだあゴラァ!下手に出てりゃ調子に乗りやがって……。私は客だぞ?金払ってんぞ?店員は黙って奉仕するのが社会のルールとちゃうんかい。おっ?おっ?」


「…………」


「ひいっ!?し、詩乃ちゃん、ヤクザも黙っちゃいそうな睨みはやめてっ、お願いっ、恐い!」


きゃーやめてー、と手を顔の前に持ってきてガード。でも顔はふざけたように笑っている。

ほんと、面倒くさい……。















「――じゃあ、帰りますわ」


制服から私服に着替え、カウンターにある従業員用のドアを開く。もう客は柚子さんしかいない。


「はい、お疲れ様です詩乃くん。帰り道は気をつけて下さいね」


「お気遣いありがとうございます」


「ええー、詩乃ちゃん帰っちゃうのおー?やだやだー、私寂し」


「お疲れ様でした」


「いー、ってまだ喋ってる途中でしょうが!ちょっ、無視すんな!」


待ちやがれ、という酔っ払いの声を幻聴とみなして、cherryから出て行く。

勘違いしないでくれ柚子さん、俺もあんたの事は好きだぜ?フレンド的に。ただ、今のあんたは非常に面倒くさいんだぜ。















――繁華街を歩く。煌びやかな電気の光が夜を侵し、昼には見かけないような人々がたむろする、現代社会の街。

黒スーツのオジサンはとろけたチーズみたいな極上の作り笑いでお客さんの呼び込み。際どい衣装のお姉さんは持ち前のエロスでまた然り。酔いどれ課長とその部下は仲良く肩を組んで、部長の愚痴を喚きながら次の居酒屋を探して千鳥足。若いカップルもいれば親子ほど年の離れたカップルもちらほら、学生服を着たままなんて奴もいる。不用心だなあ。


ワイワイガヤガヤ。ギャーギャーキャッキャッ。ねえねえなあなあちょっとちょっとあのねあのね。


様々な喧騒はむせかえる程に五月蝿い。各々の欲望を全うする姿は虚しくて儚く、それでいて醜い。

夜は苦手だ。どうしようもなく苦と感じている訳じゃないけど、見なくていいものを見せつけられるのは仕方なく不快である。早々に立ち去りたい。あんた達が思うほど、夜は平凡じゃないんだ。――特に、俺にとっては。















んで、昨日と同じ場所に到達した。高い塀の住宅街、雑木林。

てくてくと歩く。曲がり角を右に曲がるのが帰路なのだが、今は左に曲がる。思った通り雑木林の入り口があった。そこに向かって、中に入る。


くしゃくしゃざしゃざしゃと落ち葉を踏みながら、鈴虫の羽音に包まれながら、中へ中へと進む。

すると、公園ほどの開けた場所に出た。土地神を祀っていると思われる小さな社が中心に立っている。百葉箱に似ている。小学校の頃の懐かしさに少々興奮したけれども、今はやる事があるので、ため息を吐いて振り返る。


「……気付いていたか」


「まぁね。殺気だだもれ。素人でもわかるよ」


俺は武芸に秀でた訳ではなく、むしろ漫画の中でのみ成立する流れなのだが、そうじゃなくてもわかる。だって臭いんだもん。本人には言わないでおくけど。


「……何故、また来た」


「あんたに用があったんだよ。というか、あんたも俺に用があったから、ここで待ち伏せしてたんだろ?」


「……お前、腕……何なんだ。いや、オマエは、何なんだ……!」


黒付くめの声が震える。恐怖からではなく焦燥から。不可思議なものに対する懸念から。


「別に、ただ元に戻っただけだよ。俺は、俺の体は、傷が許せないんだ」


「――やはりシンカ、お前はシンカ。……オレを馬鹿にする――シンカ……!」


「何でそうなるかねぇ……あんたとは昨日が初対面だってのに。あと、俺はシンカじゃないんだけど」


「おぉぉお前はオレを馬鹿にする為に、オレをけなす為に来たんだ!オレを、オレをオレをオレをオレをオレをオレを――!」


「……聞くつもり無いよねー。――うん、まあいい。あんたのマネする訳じゃないけどさ、見られちゃったからには保護施設にも届けてやらねぇ。消えてもらう」


俺の、しがない日常の為に。




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